第29話 魔境
私は、カルーザスの昇格を阻む貴族連中の説得と、出来たら後宮の改革を行う事になった訳だが、どいつもこいつも話にならない。
貴族とは貴族院に参加している、或いは参加資格のある古くからゾス帝国に仕える家々の事だ。
あるいは、多大な功績を上げた平民が貴族になる事もないではなかったが、そう言った平民上がりの貴族の方が貴族と言う地位を守るのに汲々としているのは良くある話だ。
貴族院は陛下の政務を補助する役割で、陛下の言葉に沿って法を定めたり、派兵を決めたりする。
この貴族院のある一派が、カルーザスの昇格を、否、動向を手厳しく批判するのだと言う。
その一派とは、貴族院でも最大派閥を形成するアルヴィエール家を頭とする一派だ。
彼らの説得を試みた私は、最初の一カ月でこれが長い時間を掛けねば成しえない大きな仕事であることを悟った。
僅か一カ月で私は連中のしたたかさと陰険さに疲れを感じている。
私を抱き込もうと硬軟織り交ぜた攻勢は、恐ろしいの一言に尽きた。
今の所、暗殺を試みる輩はいない様だが、幾つかの誹謗と幾つかの嫌がらせ、そして数多の罠が襲い来るようになった。
いわゆるハニートラップ等だ。
宮中のメイドに絡む輩を追い払ったら、それがすでに敵の策だった、などと言う事がザラに起きる。
それでも靡かないとなったら、今度はロガ領に対する商業的な嫌がらせが始まった。
どこかで感染症が起きたので交易都市ルダイを経由する生鮮食品の流通を一時停止するなどと盛り込んだ法が貴族院を通った。
別派閥の貴族がどこで感染が起きているのかと質問したらしいが、それには答えはなかったらしい。
陛下が法案の審議をやり直す様に指示してくださらねば、どうなっていた事か。
そんな法案騒ぎの後、息をつく暇もなく次は醜聞が帝都を飛び交った。
曰く、私とカルーザスは肉体関係があると言うのだ。
恋人の為に私があくせく動いていると。
酷い話である。
この様な嫌がらせが続くと、私の胃の方がキリキリと痛みを訴える。
堪らない……。
だが、私は知っている。
これらは私の命を奪うほどではない事を。
戦場で、カナトス王アメデに追われた時に比べれば、或いは人質としてボレダンに囚われた際にカナギシュ族に奇襲を受けた時と比べれば、辛くないとは言えないが耐えられない事もない。
だが、このまま言われ放題では面白くはないし、帝都での暮らしが、ここまで過ごしにくいものとなるとは予想もしていなかった。
それでも、それでも私はカルーザスを昇格させねばならない。
それが帝国兵の戦死者を減らすことにつながるからだ。
優れた将軍が指揮する方が戦死率が低くなるのは当然である。
私は自身の予断と言うか、ミスと言うか、それで兵を損なったばかり。
そんな私がまずやるべきことは、兵の損耗を減らすことに努める事ではないか。
そう思うからこそ、私はカルーザスを昇格させたいのだと言う事が、私の中の答えなのだと悟った。
だから、私は刺し違えても貴族院の最大派閥アルヴィエール家の一派を駆逐しようと決意した。
※ ※
今の所、命は奪われないが、陰湿な攻撃が続いている。
慣れない宮中の戦いだったが、相手が私に手本を示してくれている。
カルーザスの昇格を厭う彼らが。
陰湿な攻撃を私も展開すればよいのだ、それに戦場で学んだことを加味するだけ。
一派とみるから対処できないのだ。
一人一人を各個撃破すると言う兵法の常道に則る事にした。
それにはまず味方が多く必要だ。
味方……それは貴族院の貴族を意味するのではない。
陛下がよくおやりになっている手法を私も真似る事にした、その為の人材が必要だった。
それも口の堅い、信頼できる者達が。
宮中で暮らす私の挙動は監視されているだろう。
そこで、私は風聞にショックを受けて寝込んだ振りをした。
リチャードにも話を合わせるように言い含めて、病気療養のために宮中に上がれない旨を陛下に伝える。
そして、自分の家に閉じ籠った、振りをした。
ちなみに、この家は北西部より帰還した際に購入した物だ。
いつまでも宮中の一室を借りる訳にはいかなかったからだが、こうやって一息つける場所があるのはありがたい。
しかし、事を成すにはアルヴィエール家の息のかかった使用人を招き入れねばならない。
しっかり監視できていると思わせながら、裏をかき続けなくてはならないのだ。
こいつは中々に骨が折れる。
それでも、私は絶対にやり遂せて見せると誓い、事を進めた。
帝都の下町に赴き、字の読める少年少女と接触して、密偵を頼んだり、アルヴィエール家やその派閥貴族の部下や使用人に金銭が必要な者を見つけ、その性質を見極めてから声を掛けたり。
あるいは私に対してそこはかとない好意を抱いていると思われる貴族とひそかに接触して力添えを願ったり。
そんな事を繰り返しているとあっという間に一年以上の月日が流れた。
思った以上の長丁場だったが、今までの行いが実り漸く成果が得られそうだ。
既に派閥貴族の幾人かの弱みは握っている。
私を誘い出すための撒き餌かと思われたが、慎重に、慎重に調査した結果、本当に彼らの弱みであることが知れた。
それで分かった。
なるほど、彼らの私に対する誹謗や醜聞は、ある意味写し鏡だったのだと。
信頼できる密偵達が運んでくる情報に私は天を仰ぐ。
男女を問わない不義密通、公金横領、派閥内の上下関係や派閥外に対する嫌がらせなどなど、突けばどれも蜂の巣を突いたような騒ぎになりかねない。
故に私は、さらに三ヶ月の時間を費やして、手に入れた情報を元にアルヴィエール派閥に属する者達を切り崩して、遂にはアルヴィエール家が何故にカルーザスの動向に神経をとがらせるのか、権力に近づけさせないのかが分かった。
カナトスらが攻めてきたあの時より既に一年と半年もの時間が経過していた。
時の流れの速さを実感しながらも、漸く私は反撃を開始したのである。
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