第12話 夜戦の恐怖
図らずとも籠城に似た状況になってしまった。
一軍団ずつ釣り上げてという私の目論見は消え去り、挟撃される可能性がある旨を主だった面々に伝える。
「敵が何処から来るのかを見定めて、迫る方角以外から逃げ出すという手はいかがでしょうか?」
「主将であるセスティー将軍が、丘陵地を包囲している可能性もある。完全包囲するだけの人員はいないだろうが、半包囲ならば可能だろう」
ゼスの提案に私は首を左右に振り伝える。
連携など出来ないと侮った敵が見事に連携を駆使して私の命を狙っている。
最早、昔日の三将軍とは別物と言う訳だ。
死の危険に晒されていると言うのに、私はそこが少しだけ嬉しかった。
彼らは見事に成長している。
それに引き換え私はどうであろうか?
「中々に士気の上がる材料はないな」
リウシス殿が肩を竦める。
確かにそうだ。
もしパルド将軍の軍が坂道の途上であれば、合流を果たした今であれば全軍をもってパルド将軍に戦いを挑んでも良かったのだが、殆どは登り切った今その機は逸した。
登り切ってしまった以上は高所の優位も、高きから低きに流れる運動エネルギーを生かした突撃も出来まい。
幾つかある高所と事前に掘っていた堀と伏せた兵を有効に使うしかない訳だ。
幸いパルド将軍はこの地形、見通しの悪さに慎重さが働いたのか、全軍が上り切るまで坂道の頂点付近で待機を維持している。
「……兵を伏せながら戦うしかないな」
「どうするんだ?」
「まずは敵の足を止めなくては……。アントン、ロガの軍旗はいかほどある?」
「多めに用意してありますが……」
どの程度だろうか? 全軍の三倍とかはないよなぁ……。
ともあれ、やるしかない。
「丘と言う丘に軍旗を立て、かがり火を焚きまくれ。何なら兵を伏せても良いが決して敵が近くを通っても、命令あるまで攻撃するな」
「え?」
「夜陰に紛れられる夜だけに有効な手段だ」
頭上を見上げると既に夜半過ぎ。
後数刻の内にある程度の戦果を上げねばならない。
「無論すべての丘に兵を伏せてはいけない。軍旗を立てかがり火を焚いているだけの無人の丘も用意せねばならない。兵がいるのかいないのか分からない事こそが肝要だ」
そこまで告げれば、足止めの苦肉の策であると皆が気付いたようだった。
「すぐに行動に当ってくれ」
「惑わせるだけか?」
「いや、今は夜だ。以前伝え忘れていた夜戦と言う奴の恐怖を教えてやろうと思う」
「恐怖?」
「同士討ちさ」
私の首と言う餌を美味く駆使してパルド将軍とテンウ将軍の軍をぶつけるつもりだと皆に伝えた。
起伏の険しい見通しの悪いこの地形で、夜であればこそ可能な一手だ。
そう伝えるとリウシス殿が呆れたような視線を投げかけて言う。
「将軍って奴はそんなに次から次へと策が出てくるものなのか? 入念に準備した策がご破算になっても全くめげずに次の手を良く思いつくな?」
「そりゃ、そう言う風に戦い抜くのが将軍の仕事だからな。戦史に名を残す偉大な将軍たちも言っている。戦場の七割は霧の中と同じ、どれ程入念に下準備をして策を立てても必ず突発的な出来事で邪魔される、ってね」
私がそう言うと勇者たちは感嘆とも呆れともつかぬ声を上げた。
※ ※
さて、幾つもの丘が連なるこの地形、少数とはいえ高所に我らの旗が靡く様がかがり火で浮き上がればパルド将軍の率いる軍団の動きは鈍くなった。
明らかに我々が手を食わえた堀などを発見すれば、慎重にならざる得ないのは当然だ。
一方で、パルド将軍とは逆のロガ領へ続く街道より姿を見せたテンウ将軍の軍団はその動きを止めることなく、入り組んだこの地形に入り込んでくる。
それは、兵の分散も意味していたがテンウ将軍の頭にはきっと挟撃せねばという使命感で頭がいっぱいなのだろう。
旗ばかり立ち並ぶ丘を当初は警戒していた様子だったが、次第に警戒が雑になり進軍速度を上げている様子が見て取れた。
……夜戦とは恐ろしい物だ。
歩兵が松明を持ち規律正しく行進している時ならば気づかないかもしれないが、夜の闇は深く濃い。
ローデンの西に広がる平野を夜に馬を走らせたあの戦いが思い起こされる。
平野であっても馬が障害物に躓いて倒れるという危険性は多い。
それはどれほど熟達しようが人間の視力では闇の中の障害物を見極めるのが至難だからだ。
そして、この丘陵地は平野の比ではなく障害物が多い。
当然我らも堀を掘り、馬防柵を設置してある。
騎馬の行軍速度は一気に落ちるし、場合によっては騎馬自体が使い物にならなくなるだろう。
それでも挟撃せんとテンウ将軍が先を急ぐのには、訳がある。
「ロガ将軍がいたぞ、追え!!」
彼らの目と鼻の先に明かりを掲げ、私が数騎の騎兵を従えて走っているからだ。
私と言う餌が補足できそうな距離にいるのだから、多少の被害が出た所で追うだろう。
私を殺すか捉えれば戦は終わりだ。
無駄に兵を死なせずに戦を終わらせることが出来れば、これに勝る戦功はあるまい。
その思いは利用できる。
「そろそろ馬防柵がある箇所だよっ!」
「これで三つめか……となると、あと少しの筈……っ!」
傍らで馬を走らせるコーデリア殿が周囲をうかがいながら私に知らせる。
そう、戦力差では劣勢であり、軍事的才能は彼らに比べて乏しい私の利点は、今は地の利。
軍団に先んじてアルスター平原を訪れていた私は何度となく昼間の内に下見を繰り返した。
そして、工兵と共に罠を作り、どう通れば安全なのかのルートを頭に叩き込んである。
それあればこそ、丘陵地のかがり火と掲げる明かりと言う乏しい光源で自分たちがどこを走っているのか把握できるのだ。
本当はもっと楽に勝つための下準備だったが、やはり地形や立地を覚え込むことは戦には有効だ。
これも十四才時の経験が生きている。
「……前から誰か来る」
不意に鋭くコーデリア殿が告げる。
私は脳裏にカルーザスが強襲を掛けてきた先日の出来事が思い出され思わず身を固くしたが、それは杞憂だった。
「将軍!」
「シグリッドさんだ」
前からの人影はシグリッド殿だった。
パルド将軍の足止めに当たっていたシグリッド殿と合流できたと言う事は……。
「陣はすぐそこです!」
「仕上げと行くか……」
報告と共に前方にパルド軍団と思われる光源を見つけて私は小さく呟くと、大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「ロガ軍よ! 敵を討てっ!!」
叫びながら、私を含めた数騎の騎兵は明かりを消して、一際入り組んだ脇道へと逸れる。
明かりなく真の闇が支配するこの道を走るのは正直恐怖そのものだ。
入念に何があるのかをチェックしたとはいえ、見落としがあれば落馬して命を失うかもしれない。
手綱を握る手は汗でびっしょりと濡れているが、私はともかく走り続けた。
そして暫く走っていると、徐々に周囲の様子が見えてきていることに気付く。
夜明けが近い。
背後では、テンウ将軍とパルド将軍の軍団同士が一部とは言えぶつかり合う音が響いた。
急がねば……。
今、あの混乱した状況下に攻撃を叩きこまねばならないのだ。
丘陵地でじっと身をひそめていた弓兵と魔術兵の攻撃を。
その攻撃が完成してこそ、初めて確実な打撃を与えることが出来るのだ。
まだか、まだかと兵たちが伏せている場所へ急ぐと漸く待ちに待った光景が視界に飛び込んできた。
ロガの旗の下に集結した弓兵と魔術兵の姿を。
「敵は想定地点三で同士討ちを始めたっ! 至急、足を動かし奴らに迫り、射程に入ったと思えば攻撃を加えろ!」
「了解であります、将軍!」
そう告げて弓兵や魔術兵たちは目的地に進んでいった。
空が白み始めた頃、同士討ちの愚に気付いたであろうパルド、テンウ両将軍の軍団が右往左往している最中、彼らに攻勢魔術が突如としてさく裂し、追い打ちを掛けるように矢の雨が降り注いだ。
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