第22話 コーディとベルちゃん
ウオルを送り届けてから、私は執務室に戻った。
その後ろから所在なさげにコーデリア殿が付いてくる。
執務室の扉を開けて、彼女へと振りむいて問いかける。
「話があるのだろう?」
「……うん」
「どうぞ」
頷く彼女に入室を促して、私は先ほどまで自分が座っていた長椅子に腰を下ろした。
杯に残った蒸留酒を飲み干して、彼女が何を話し出すのかを待つ。
「ねぇ、将軍」
「なにかな?」
意を決したように口を開いたコーデリア殿を見つめ返す。
その緑色の瞳には強い意志が宿っているように輝いて見えた。
「将軍は、アタシの事どう思う?」
「難しい問題だね。魅力的な女性だとは思っているよ。ただ……」
「ただ、何? 卑しい身分から勇者に成り上がった? それとも、守れなかった村娘の妹?」
その言葉に怒りでも滲んでいればまだ良かった、その言葉がどのような感情から発せられたのか理解できるからだ。
だが、彼女の言葉は静かな海の様に穏やかに思えた。
これが一気に荒れる可能性も考えれば、海の例えは我ながら秀逸だと思う余裕はあったが。
「前者はない。後者は少し思っている。いや、例え誰であっても守るべき者に守られた感覚を何と言って良いのか分からない、というのが妥当な所か」
「……将軍の所為じゃないでしょう?」
「それはない。帝国がきっちり動いていれば、野盗が跋扈するような状況になっていなかったはずだ。その責任から逃れるつもりは無い」
私の言葉に未だにドアの前に立っていたコーデリア殿の顔が顰められた。
「将軍が責任を感じても、お姉ちゃんは帰って来ない」
微かにあった酔いはその一言で消し飛んだ。
いずれ来るであろう時が来たことを私は悟る。
彼女は我々の、帝国の舵取りを誤った我々の所為で肉親を亡くしたのだ。
いかにその性質が明るく朗らかであったとしても、一言いいたくもなると言う物だ。
「そうだな、それは承知している。私が責任を感じようとも犠牲になった者は誰も帰ってこない。だが、だからこそ、責任の所在をぼかす訳にはいかない。取り返しのつかない事をしたからこそ」
「だから、皇帝を討つの? なりたくもない王様になって。戦いたくもない人たちと剣を交えて」
「……それだけではない。私自身が生き残りたいという思いはある」
「……本当かなぁ?」
訝しい様子でコーデリア殿は私の顔を見据える。
少し予想していた展開と違ってきている。
私は自分の無策をなじられるのではないかと思っていた。
或いは、怒りをもっと直接的にぶつけられるのではないかと。
だが、彼女はどちらかと言えば私の身を案じているように思えて、少し居心地が悪い。
「死にたいなんて思ってない」
「そうだね、意味もなく死にたいとは思ってないみたいだけど……。でも、もしアタシが責任取って死んでって言ったら仕方ないとか言いそうだよ?」
私は死にたくないからと足掻いてきたつもりだ。
だが、負い目を感じている張本人からはそうは見えていなかったと言う事か?
……もし、本当にそう要求されたらどうするだろうか?
多分、事が終わるまでは待ってほしいと頭を下げるだろう。
しかし、それ以上に足掻くだろうか?
身から出た錆、これを受け入れる事がロスカーンと私の違いだと考えるかもしれない。
「王様ってさ。それはそれ、これはこれで動ける人じゃないと行き詰るんじゃない?」
……なるほど、彼女の言いたいことはこれか。
「王には向かない、と?」
「向かないって言うより、押しつぶされそう」
ドキリとした。
彼女の緑色の瞳は、私の心の奥底までも見抜いているかのように思える。
「賢者と呼ばれる者は学のあるなしでは決まらない、いかに本質を見抜いているのか……か」
「アタシも賢者と言ってくれるの?」
少しだけ可笑しげにコーデリア殿は微笑んだ。
「君の慧眼には恐れ入るよ。確かに王になればその責任の重さは今の比ではない。押しつぶされてしまうかもな」
「ウオル君との会話でも言ってたけど、将軍は誰かの所為にしないために内に抱え込みすぎていると思う。……もっと、誰かを頼っても良いと思うんだ」
自身に信用が無いから行ってきた事だが、逆に言えば周囲を信用していない事にも繋がりかねないか。
「……頼るのは君でも良いのかな、コーディ」
少し間をおいてそんな言葉を投げかけると、コーデリア殿は慌てたように目を白黒させた。
「そ、そこでアタシに振るの?!」
「賢者の言は値千金だと思うがね?」
先ほどまでの会話に引っ掛けてそう言いやると、彼女は天を仰ぐ。
暫く天を仰いでいたがこちらに視線を向けると、その口元にはにまりとした笑みを浮かべていた。
何か反撃の糸口でも掴んだかな?
「友達としてなら、良いよ?」
「確かに部下に頼るよりは友人に頼る方が世間体は良いな」
「そう言う話じゃなくて……。まあ、良いや。それじゃあ、将軍がアタシを呼ぶときは、コーディね。で、アタシが将軍を呼ぶときは……んー……ベルちゃん?」
はい?
ベルちゃん?
「そ、それを……まさか、人前で呼ぶ気か?」
「駄目かな? アタシはそう呼びたいけど」
ええぇ……マジですか?
ベルちゃんって、ベルちゃんって……。
王に成るとか成らないとかよりも何か大きな問題に感じるのが我ながら可笑しいが、私は即答できずに視線を彷徨わせた。
そんな私を見ながらコーデリア殿は笑いながら言った。
「無理ならいいんだけど」
「無理――ではないから困っている」
そう告げて、彼女の緑色の瞳を見据える。
「分かった、コーディ。その呼び方を許可しよう、他ならぬ友人の頼みとあらば」
意を決して放った言葉に、コーデリア殿はにこりと笑みを浮かべて力強く頷いた。
この一場面においては私の予想通りの反応で、その笑みを見れて良かったと心底思った。
まあ、皆の前でベルちゃんと呼ばれることになった翌日にはすぐに後悔しかけたが……。
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