第49話 和睦
カナギシュの昨今の動きは統一感はない。
ボレダンを打ち破ったあの一件から十五年以上経ち、ローデンより西に広がる平野は名実ともに彼らの物として周囲には認知されている。
カナギシュ族が当初の目的は果たしたのは明白だが、どうにもこの成功で思い上がったのか、帝国に手を伸ばそうとする向きがあった。
だが、ゴルゼイ将軍の国境警備に抜かりはなく、以前のような金で買収される輩も今はいない。
結局、カナギシュ族の勢力はガト大陸北西部に広がる平野より広がる事はなかった。
それがカナギシュ族の一部には不満らしいと言う噂は聞いているが、もう一方で親帝国派閥の誕生も噂されている。
その噂を聞いた時に、私は西方諸国の、騎馬民族の男と駆け落ちしたという従妹のアネスタを思い出した。
彼女がもしかしたら働きかけをしているのではと一瞬思ったが、それが一大勢力となるにはあまりにも早すぎる。
よほど中央に近しい所に輿入れしたのならばともかく、部族の一員になっただけではこんな動きは起こりえない。
その考えに至れば、私は自分の考えに苦笑を浮かべるしかできなかった。
我が従妹殿がきっと、幸せに暮らしていると信じたかったのだろう。
或いは叔父上譲りの
親族にはどうも甘くなりがちだなと自分を戒めていた時に、カナギシュ族族長のファマルより盟を結びたいという意が伝えられた。
それも内密に、だ。
裏があると考えたくもなろう。
なにせ、あのファマル・カナギシュの申し出だ。
ボレダン族に平身低頭でぜいたく品を渡し、女すら差し出して機嫌を窺う素振りを見せながら、淡々とボレダン族を打ち破るために策を巡らせていた男だ。
あれから十六、七年かそこらの月日が流れても、彼が族長の座にとどまり続けている事からも非凡な男だと容易く推測できる。
そんな男が何故に私と盟を結ぼうというのか?
ボレダンの一部を助けた私に意趣返しを計ろうとしている、そう言えない理由はない。
それでも、私はその話の乗る事にした。
少なくとも、話し合い自体には応じる事にしたのだ。
戦なんていつでもできる、そいつを回避する手段を一切講じないのは寝覚めが悪すぎる。
戦となれば死ぬのは私や兵士達のみならず、戦と無縁の連中だって死ぬかもしれないのだから。
私が話し合いに応じる旨を伝えると、話はとんとん拍子に進み、一ケ月と経たずにファマルと会談する日時まで決まった。
ボレダン族の生き残りであるゼスは最後まで危惧していたが、私は彼を説き伏せる形で事を進めた。
私としても帝都で暗躍するギザイアに対して、攻勢を仕掛けたいという思惑があったからだ。
そして、ファマルとの会談の日、私は驚愕の真実を知る事になる。
※ ※
「わしは判断が付かなかった。懐柔の為に将軍が親族を用いたのか、ただの偶然だったのか」
ファマル・カナギシュはそう告げて、蓄えた髭を撫でつけながら告げた。
私の背後に立って対峙するようにファマルを睨みつけていたゼスすら、呆気に取られていた。
「しかし、ロガ将軍の顔を見て悟ったわ。これは天の采配じゃて」
「……そう言うしかありませんな」
私はきっとアホ面を晒していた事だろう。
アネスタが駆け落ちした相手がカナギシュ族の族長の息子となれば、アホ面晒すしかないだろう。
「それにしても、ロガ領にご子息を向かわせるとは思い切ったことをなさったものだ」
「それだけわしはお主を恐れたのだ、ベルシス・ロガ将軍。策をことごとく見破られ、下手をすれば負け戦にされかねない策を講じたお主をな」
牝馬の件か。
あれはローデンの民より教えてもらった知識だったが、騎馬民族を震え上がらせるには十分だったわけだ。
そして、ファマルは敵を知るために息子をロガ領へと向かわせ、学ばせた……。
だが、流石のファマルも息子がロガ家の娘を嫁にして戻って来るとは思っていなかった様だ。
当たり前だが。
「……それで、アネスタは元気にやっておりますか?」
「ウォラン共々、並みの騎馬民族以上に馬を駆っておるでな。馬の扱いで負ける輩もおるほどだ。……やはり財が流れ込むのも善し悪しだ、腑抜けも増えおる」
「しかし要求のみは肥大する?」
「ボレダンと同じ末路をたどり始めておる。今では将軍の後ろでわしを睨んでおるボレダンの小僧ほどの乗り手は少ないじゃろうな」
ボレダンとの違いはファマル自身はぜいたくに溺れておらず、しっかりとした自制心を働かせることが出来ている点か。
それは顔色や引き締まった体を見れば分かるが、そうではない輩も増えてしまったと言う事だろう。
「馬に乗らない輩はカナギシュとは言えん。……わしはセヌトラ川以西の平野の覇を確立したかった。だが、それがカナギシュ族の衰退に拍車をかける事になろうとはな」
ファマルが盟約を結びたいと思うようになったのは何も息子が親帝国派になったからではない。
ガト大陸北西部に広がる平野を得て以降、西方諸国からカナギシュ族に流れるぜいたく品がカナギシュをゆっくりと殺しているという事実を認めざる得なかったからだ。
西方諸国に同化してはゾス帝国と事を構えるなど出来るはずもない。
だが、ボレダンがそうであったようにぜいたく品はカナギシュの生活を西方諸国のそれにゆっくりと変えていった。
統制を強めようにも、一度覚えたぜいたくの味はおいそれと忘れられるものではなかった。
そして、更にぜいたく品を求めた者達が西方諸国に反帝国の急先鋒として焚きつけられる事態になれば、ファマルは自身の選択が誤りだったと認め、方向転換を図らざる得なかったのだ。
「将軍と盟を結び、族内の問題に集中したい。聞けばお主らも似た状況と聞く」
ファマルは帝都が混乱している事すら掴んでいた。
盟を結ぶのが双方にとって悪い話ではない筈だという言い分は、十分に理解できる。
問題があるとすれば……。
「後は、そちらが信じるかどうか」
ボレダンを嵌めたカナギシュ族の族長、さてどこまで本気なのか、どこまでが嘘なのか。
頭を悩ませる必要はあったのだが、私はファマルを見やって告げた。
「信じる必要はない、ただ双方に益があるのならば盟を結ぶのは吝かではない」
「しかし、問題はある。盟を結ぶとして対外的にはどう公表するつもりだ? この場合、盟を秘密裏に結んでいるだけでは意味がない」
ゾスとカナギシュが和睦したと対外的に伝える必要があるが、ただ事実を告げても西方諸国や反帝国派が黙っていないだろう。
何か一ひねり加ええる必要がある。
「なれば、互いが策を進行させているというニュアンスで伝える必要がある」
「例えば?」
「私がカナギシュ族の武威を恐れて和睦を申し出たと言うのはどうか?」
「……わしはその和睦を受け入れる振りをしていると説明すれば良いが、そちらはどうするのだ?」
「油断させるための策の一環とでも」
互いが互いを策に嵌めようとしての行動であるとしておけばよい、そう言うとファマルは一つ笑って頷いた。
真実を全て話す必要はないのだ。
同陣営の敵に対しては。
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