第48話 再びローデンへ

 ナイトランド軍を国外に追い払えたが、いつまた侵攻が始まるか分からない。


 こちらから攻めようとしても、ガルザドレス、パーレイジ、カナトスや他の諸国の領土を通過しなくてはならず、調整に時間がかかる。


 そして、一度調整に入ればその動きはナイトランドにすぐに知らされるだろう。


 ならば、不可侵条約は結べずとも停戦合意には至っておきたい。


 そう考えて、如何にかメルディスなどの個人的な繋がりを通じて行動を起こしたかったのだが……。


 葬儀が立て続けに三つも続いてしまい、中々身動きが取れなかった。


 亡くなったのはレグナル卿……八大将軍コンハーラの父親にして当初は敵対していたオーブリー殿が亡くなったのだ。


 財政に強かった父上を亡くして、今後の苦労を思うといけ好かない男ではあるがコンハーラを哀れに思った。


 だが、彼は清々した様子で蓄財を浪費し始めていた。


 大きな別宅を建てるのだそうだ。


 一代で成り上がったレグナル家も、息子の代で没落するかもしれない。


 更にコンラッド・ベルヌ卿が亡くなってしまった。


 私とカルーザスにとっては師と言えたかただ。


 元八大将軍筆頭の葬儀にしては、親族も少ないせいか質素でわびしい葬儀だった。


 或いは、故人を偲ぶにはこれで良いのかも知れない。


 神殿で神の御許に向かえるように神官が祈り、ご遺体を墓に収めた後は、同じく参列していたカルーザスと故人の思い出話をしながら酒を飲んだ。


 その時にカルーザスが気になる事を言ってた。


「ベルヌ卿が言っていたのだが」

「うん」

「お前の扱いが悪くなった時は注意せよと仰っておられた」

「私の扱い?」

「ベルシス・ロガは仕事を任せ、功績に報いれば限りなく忠誠を捧げる。だが、一度その逆の事が起きれば、彼は即座に出奔する、とな」

「……」


 中々痛い所を突いた評価だと思った。


 バルアド総督、ローデンを含む北西部警備は要職ではあるのだが、どうにもここ数年の陛下は私を疎んでいる事は察せられた。


 こちらに非があればそれも当然なのだが、私は仕事ぶりを変えた訳でもない。


 いや、腑抜けていた時期はあったけれども……。


 ただ、その時期以外は仕事に励んできた。


 なのに、これ以上私の状況が悪化すればどうなるか? それは私自身も分らない事だ。


「先日お会いした際は、これで良くなると良いがと告げておられたが」


 イーレス様に諭されて以降、陛下は以前の様に戻りつつある。


 私にも帝都での仕事があるので、ローデンの警備は部下にやらせ、帝都に留まるように告げられた。


 受ける印象が変わった所為か、心なしか顔色も良くなったように思える。


 ゴルゼイ将軍が療養し、老いからくる力不足を理由に職を辞された時も、ねぎらいのお言葉をかけておられた。


 何よりギザイアとの婚礼も検討し直すと告げて、今は白紙状態とも聞く。


 遊び人気質ではあったが、そこまで外れた行いをするお方ではなかったので、以前のように戻られたと言える。


 税制を以前の様に戻して、低所得者向けの麦の配給も同様に戻すと宣言されると、帝都は漸く安堵した空気が流れていた。


「私もそれを望んでいるよ」


 ベルヌ卿の望みは、私の望みと同じ。


 きっとそれはカルーザスも同じであろう。


 だが、立て続けに起きた最後の葬儀が、帝都に暗雲を引き戻した。


 皇太后イーレス様のご逝去である。


※  ※


 イーレス様のご葬儀から数カ月たった。


 ナイトランドとの停戦合意も未だ結べず、私は1カ月ほど前にローデン行きを命じられ、三日前に漸く着いた。


 一時感じられた希望は、今はもうない。


 ゴルゼイ将軍の後釜としてザイツ・カールツァスが将軍に返り咲いた。


 コンハーラと合わせてギザイアのシンパが八大将軍にも二人いる事になる。


 カルーザスは帝都防衛の任につき、バルアド大陸での任務が長いトウラ・ザルガナス卿がバルアド総督となった。


 トウラ将軍と言えば、私が総督就任時に教えてくれたことがあった。


「オルキスグルブの巫女はまやかしを得意とするが、そいつを破る作法と言うのが砂大陸にあったそうだ」

「あったと言う事は、今はない?」

「ガールム王家に伝わっていたと言うから国の滅びと共に消え去ったと言われておる……が」

「が?」

「王族が生き延びたともいう。風聞の域を出ないが」


 それは面白いと返した記憶があるが、トウラ将軍がその様な話をしていたことが今でも妙に印象に残っている。


 砂大陸の浅黒い肌の老人と会話していたのを見た事もあるから、その辺から得た風聞なのだろう。


 ともあれ、彼は任期では私を上回っているにも拘らず、偉ぶった所がない人だった。


 私やカルーザスをバルアド総督にするよりは、彼を総督にした方が良いと思ったものだが、当人はファルマレウス殿下の死に責任を感じているようだった。


 ……共に戦っていて守れなかったという思いが強いのだろう。


 その彼も漸くバルアド総督に就任したと言うか、せざる得ない状況になった。


 任期が長いのはトウラ将軍、次いでザイツ・カールツァス、私、カルーザスの順である。


 ザイツ将軍は帝都を離れたがらないというし、私は北西部の守りがある。


 カルーザスはナイトランドとの戦いの切り札となれば、おいそれと帝都からバルアドになど向かわせられない。


 若い将軍たちには流石にまだ荷が重いし、コンハーラは論外だ。


 紆余曲折を経て、バルアド総督に関しては漸く正しい人事が成されたと言えた。


 一方でローデンに着いた私は、大火災の傷跡を癒すべく奮闘しているガレント・ローデン殿の手助けや、妙に動きを示しだしたカナギシュ族に対する対策などやるべきことは多かった。


 帝都の状況と言うか、帝国の先行きが不安な所はあったが、今は目の前の問題を片付けねばならない。


 カルーザスらと密に連絡を取り合えれば良いのだが、アニスが体調を崩しており帝都にいるが、その後任の魔術師すらまだ配属されていない。


 仕方なく北西部の問題に注力していたある日、カナギシュ族の族長から内密の手紙が届いた。


 そこには、盟を結びたいという俄かには信じがたい事が書かれていた。

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