第14話 対比としての白と黒

 久しぶりに出会ったコーデリアの言葉に感じたのは、彼女との距離……言わば溝だった。


 だが、それだけではなくどこかしっくりとこない違和感めいたものを微かに覚えた。


 言っている事は理解できなくはないし、相当苦労したようなので権力を求める方向性に向かっていてもおかしくはない。


 だが、そう言う資質の者達……いわゆる権力志向の者達とは何かが違う。


 私はそれが何か分からずにコーデリアを隻眼で凝視すると、彼女はどこか困ったように身じろいだ。


 途端。


「夫婦水入らずのところ悪いが、二人とも来てくれ」


 そう、マークイが部屋の外で声を掛けて来た。


 どうやらテサ四世陛下がお呼びのようだ。


「行こうか、コーディ。陛下に君を紹介しないとな」

「なんて?」

「私の妻ですって」


 そう告げてウィンクをしようと片目をつむって見せたつもりだったが、生憎と両目をつむったのでただ単に瞬きをしただけになった……。


※  ※


 私たちが向かったのは会議室だった。


 テサ四世陛下を始めとしたカナギシュ王国の重鎮たちと一部将校、それに見慣れない軍服を着た男が一人に、質素な服装を纏った整った顔立ちの中性的な男が一人。……そして、懐かしい顔が幾つか。


 見慣れない軍服の男はローサーンの第二軍団の長か。


 すると、質素な身なりの中性的な男はカゴサの民の代表者と言った所だろうか。


「これはロガ殿、お忙しい所にお呼びだてして申し訳ない」

「陛下、何度も申しておりますが私にお気を使わぬように……」


 テサ四世陛下は私に対して過分に礼を尽くそうとする。


 正直、周囲の目が痛い。


 まあ、国王陛下に礼を尽くされてふんぞり返っている参謀なんて見た事もないけど。


「アンジェリカ、ベルちゃんがダメだって。私物化にあたるので協力できないって」

「あら。それは残念ですね。そう言う訳で議題の一つが消えてしまいました」


 いきなりコーデリアがそんな事を言えば懐かしい顔の一人であるアンジェリカが肩をすくめて悪びれもせずに告げる。


 途端に幾つかの席から安堵めいた息がこぼれた。


 ……テサ四世陛下との会話中にそんなやり取りを始めるのは実にコーデリアらしくない。


 かつての彼女は確かに空気を読まないところはあったが、このような場面では一定の礼儀を見せていた。


 それに、幾つかの席からこぼれた安堵の息は何をあらわしているのか。


「ふむ。実のところアンジェリカ司祭よりカナギシュ神殿の長が逃亡したゆえ、自分をその座に推挙願えないかとの提言があったのだが」


 テサ四世陛下の言葉に私も密かに嘆息をこぼす。


 コーデリアが言っていたことが本気だったと分かったからだ。


 それから、何食わぬ顔で周囲に問いかける。


「実際に神殿の長は逃げ出したのですか?」

「どうやら事実のようだ」


 そう答えたのは情報部を統括するセオドルだった。


 本当に逃げたのかと思うとがくりと肩の一つも落としたくなる。


「信仰の要が逃げたとあっては由々しき事態。誰かふさわしき人物を神殿の長に据えると言うのは間違いではなかろう」


 そうテサ四世陛下が告げる。


 確かに陛下の言うとおりではあるのだろう。


 そして、正直に言えばその要がこちらと意志疎通が容易な相手であればこれに過ぎることはない。


 そういう意味でアンジェリカ殿が適任と私などが考えるのはあり得ないことではない。


 だが、いかに私ベルシス・ロガの古い知己と言えども性格もよく分からない女司祭に神殿の長に据えるなど出来ないと考える者もいて当然だ。


 そもそもに、私が本物である保証などどこにもない現状を考えればこのような会議の場に呼ばれること事態が異様なことだ。


 例えばアンジェリカ殿の一件についても反対するのは神殿勢力ばかりではないだろう。


 国を憂いる者であれば大がかりな詐欺や犯罪を恐れるだろうし、自己の利益のみを求める輩であれば、自身の利が損なわれることを恐れる。


 そんなものはいつの時代でも変わりがない。


 ……だからこそ引っ掛かりを覚える。


 コーデリアやマークイ、それにアンジェリカ殿やドラン殿が気付かぬはずがない。


 時を幾百年隔てていようとも、人間と言う奴の本質にそれほど大きな違いがないことを。


 そうであるならば、本当に神殿の長などと言う座を求めていたらこれほどストレートに要求したところで無駄だと気付いていないはずがない。


 結局、私が覚えた違和感とはそういう類いの物だったようだ。


 そう、権力志向の者はおいそれとその野望を人に語らない。


 返って求める権力が遠ざかるからだ。


 コーデリアだけならばそこに思い至らない可能性はあるが、アンジェリカ殿やマークイがそこに思い至らないだろうか?


 それは無いように思う。


 であれば、実のところ彼らは欲していないのじゃないか? 神殿の長などと言う立場を。


 私がそのように思考を巡らせていると、その様子を見てか含み笑いが聞こえてきた。


 末席に座っている情報部のヴィルトワース少佐だった。


 もし、私が考えている通りであるならば……彼女のように優れた情報部員ならば、コーデリアたちの思惑を読み取ることは容易いだろう。


「何を笑われますか、少佐?」

「対比としての白と黒を。白が黒を演じることは難しいでしょうに」


 私の問いかけに意味深な物言いをしてから、彼女は私へと視線を投げ掛けて言葉を続けた。


「それでも効は奏しています、どうしますか?」

「灰色を白く見せる行為は、一件上手くいっていてもどこかで齟齬そごが出ると思いますがね」


 その言葉にヴィルトワース少佐はコロコロと喉をならすように笑い。


「やはり役者であれば一流ですね、ロガ殿は。そうでなければ正に……。だからでしょうね、部下たちも貴方は大変面白い人物だと言っている」


 少佐の言葉にカナギシュの重鎮が口を開いた。


「情報部風情の人間が口を挟むな」

「良い。君はヴィルトワースと申したか。情報部の知見から導きだしたベルシス・ロガの評価をローサーンやカゴサの方にもお聞かせしたい」


 テサ四世陛下がある意味とんでもない発言をした。


 この会議の議題は一体何なんだ?

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