第57話 過去と今

 見捨てられないからついていくと言ったコーデリア殿の顔は、にっこりと笑っており、ある意味無礼な物言いだったのだけれど、私は怒るでもなくただただ唖然とした。


 ――左目から凄まじい痛みが走り抜け、全身を駆け巡り手足ががくがくと震える。


 結局、三勇者はそれぞれも理由で私と共にロガに行くことになった。


 シグリッド殿はカナトスには戻れないし、カナトス王に私が亡命するならば手を貸せと言われていたらしい。


 残るリウシス殿には共に行動する理由はなく、別れるものと思ったが付いてくると言う。


「なに、女性陣が将軍に手を貸すのに、俺が行かないとなれば色々と面倒になる」

「……それは命を賭ける理由になるのか?」

「俺は見てくれがこれだ。行動に不備があると見れば攻撃したがる連中は多い。あまり誹りは受けたくはないんでね」


 そう言うものかと首を傾ぐと、コーデリア殿が笑いながら言った。


「リウシスも将軍が見捨てられないんだよ」

「……。あのな、コーデリア。お前もう少し言葉選べよ。流石に気易いだろう、見捨てられないとか」

「えー。でも、他に言葉が浮かばないし」 


 リウシス殿が沈黙の後に言葉遣いを正したが、コーデリア殿はけらけらと笑いながら答える。


 これから戦に巻き込まれると言うのに緊張感とは無縁な様子に、私は感心して良いのか、呆れれば良いのか分からずにそっと天を仰いだ。


「コーディが行くのであれば私も参らねばならないでしょうね」

「さて、非はどちらに在るのかは部外者のワシらには一概に何とも言えん。だが、これほどの戦力差がある戦いならば劣勢の方についても三柱神はお咎めすまい」

「帝国の双翼の片方が反旗を翻す、か。こいつは詩の題材になりえる」


 コーデリア殿の仲間達も付いてくる気いっぱいなようで、そんな事を言っている。


 あの、きっと伯母上には碌な備えはないし、マジで劣勢なんですけど……。


「これがロガ将軍の人徳ですかな」


 我々を見張っていたと言うか、警護していたと言うべきか迷うがロギャーニ親衛隊の一人がそう告げる。


 いや、これ絶対そんなんじゃないから。


 そんな事を思いながら、ふとある人物について思い至りそちらに視線を向けた。


「フィスル殿はどうなされる?」

「戻っても良いけれど、将軍を放っておくとメルディスとジャックが面倒だからついていく」

「……それは負けが濃厚な側についてくる理由になるのか?」

「濃厚なの? 噂のカルーザス将軍が出てきたら不味いでしょうけれど」


 感情の薄い喋り方で淡々とした様子のフィスル殿と、そのお付きのまったく喋らない影のような存在はこんな状況でも泰然としている。


 これが将魔と呼ばれる者の心構えからなのか、単なる素なのかさっぱり分からないが、見事な物だ。


「ああ、でも私は戦わないよ。観戦武官くらいに思っておいて」

「まあ、それが妥当か。武官殿に良い報告ができると良いんだがね」


 フィスル殿が戦わないと言えばさもありなんと頷きを返す。


 そんな事をすればナイトランドまで参戦したのかとまた戦が始まてしまう。


 ――手足から熱が奪われていくように感じ、旗竿を取り落としそうになる。


 ――それは駄目だと力を籠めると存外に力が出ることに気付いた。


 結局、私たちがロガの地に向かい、着いた頃には既にロガの地では徹底抗戦の構えに入っていた。


 伯母上は私が追放されたと聞くと即座に帝国に弓引くことを決めたらしい。


 それは可愛い甥っ子(?)が理不尽な仕打ちを受けたからだけではなく、皇帝かそれを操る者の狙いがロガの血筋を絶やすためだと知ったためだと言う。


 その情報を持ち帰ったのが、ガラルだった。


 彼はギザイアの手により投獄され、獄死した仕立て屋に弟子入りしていた。


 師が獄中で謎の死を迎えると一人でその謎を追ったそうだ。


 その過程でその恐るべき事実をつかみ取ったと言う。


 或いは、故意に掴まされたのかも知れない。


 自ら反乱を起こしたと相手に口実を与えるために。


 それに気づかぬ伯母上でもないだろうに。


 私の思惑をよそに兵を率いて勇者と共にロガの地にたどり着いた私を、ロガの者達は歓呼を持って迎えてくれた。


 そこには、半ば自棄ともいえる色も含まれていたが、ここで立たぬわけにはいかないと言う覚悟も感じられた。


 その事からも伯母上がこのロガの地で二十年に及ぶ善政を敷いて来たのだとうかがい知れる。


 悪政を敷いていればこれ幸いと裏切りが続出しただろうに、ロガの地は一つにまとまっていた。


 ロガの主要都市ルダイにたどり着くと、立派な若者が兵を従えて私たちを出迎えた。


「ああ。おぼろげに覚えている。久しぶりですね、ベルシス兄さん」

「……その髪色……アントンか?! いや、大きくなったなぁ……」

「大きくなったはないでしょう、俺はもう二十六ですよ?」

「最後にあったのが六つでは、そう言う感想にもなるさ」


 懐かしいなぁと笑うと、アントンは少しだけ笑った後に言い難そうに口を開く。


「……親父が迷惑をかけて、申し訳ありません」

「叔父上のやったことを君が負い目に感じる必要はない。親の罪が子にも適用されるような連座制は我が国には存在しないのだから」


 私は笑みを浮かべたままそう言い切る。


「それに、叔父上も反省されたのだろうから、もはや気に掛ける事ではない。それよりも、至急伯母上と今後の事を打ち合わせないと」


 私の言葉にアントンは大きく息を吐き出して、周囲の兵士たちは驚きに目を瞠った。


「噂に聞きしロガ将軍の寛容、ですね。助かります」

「打算でもあるんだよ、なんせ親族で争っている場合じゃない」

「そういう事にしておきましょう。伯母上はこちらです」


 アントンがそう告げると、彼に従っていた兵士たちは私に対して居住まいを正した。


 伯母上の元に向かう道すがら、物怖じしないフィスル殿が問いかける。


「叔父さんと何があったの?」

「ああ……家督をめぐって争いと言うか……」

「父がベルシス兄さんを恐れて刺客を放ったんですよ。リチャードが全て打ち倒したと聞いてます」

「竜人、仕事しているね」


 フィスル殿がリチャードを褒めると、リチャードがまじまじとフィスル殿を見やった。


「若者は柔軟ですな」

「ジャックが頭硬いんだよ」


 あの爺らしいとリチャードが自分の事を棚に上げて笑う。


 と。


「で、将軍はその叔父を許すのか?」


 中々突っ込んだ質問をリウシス殿が放った。


 そして、私がそれに答える前に何故かコーデリア殿が笑みを浮かべて言い切った。


「それがロガ将軍だからね!」


 何故、君が言い切るの? そんな問いかけが喉まで出かかったが、その笑顔を見ているとそんな事がどうでも良い事に思えて……。


 ――その笑顔が不意に掠れて消えた。


 ――白昼夢から覚めたように私ははっとする。


 ――赤く染まった視界、激しい激痛、ブルームの悲痛な叫び。


 ――随分と長い事、夢を見ていた気がするがきっとほんの一瞬でしか過ぎないだろう。


 ――帝国を道連れに自殺しようとしているのか、単なる阿呆なのかは知らないがこの騒動の元凶たる皇帝に、ギザイアに目にもの見せてやるまでは死ねるか……。


 ――私は己の左目を貫いていた矢を抜きながら叫ぶ。


「ベルシスは死なず! 聞け、将兵よ! 我が身を矢が射貫いたが、我は倒れず。そして……っ!」


 ――旗竿を頼りに立ち上がると私は矢じりが貫いている私自身の眼球を食らい、叫んだ。


「これで我が身は何一つ欠けず!! ベルシス・ロガはここにあり!! 依然として、変わらずにっ!!」


 ――この叫びが戦局に転機を齎す。

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