第44話 下準備
ロガ領は再び一時の平和を手にする事が出来た。
平和と呼ぶにはあまりにも儚い期間でしかなく、次の戦争までの平和に過ぎない。
帝国は今のところはまだ戦端を開く心算はないようだが、油断は禁物だ。
いつ牙を剥くか分からない。
最も、私と停戦した上層部の連中は自分達の権力さえ維持できれば現状維持でも良いと思っている可能性も無い訳ではないが。
正直、そう言う連中は好きじゃないので何れは打ち倒してやるとは思っている。
が、向こうから仕掛けてこない以上は戦うための準備にまい進するべきだろう。
水面下に、ひっそりと。
その要と言えるのがナイトランド訪問だ。
口約束では盟を結ぶという話になっているし、既に援軍を出してもらっている。
だが、明文化された確実な同盟関係の構築は必要不可欠。
ナイトランドの軍事力は何より欲しい所ではある。
無論、ナイトランドのみを当てにしている訳にはいかないが、それでも同盟を結べれば周囲の目も変わる。
強固な同盟を関係を構築できれば、ゾス帝国とておいそれと手を出せなくなる。
格下には幾らでも強く出てくるが、格が同じくなれば早々に侮った行動はしない。
そう言う意味でもナイトランドとの同盟は必要不可欠と言う訳だ。
……しかし、ここで問題が出てくる。
同盟国の軍を動かすにも、自国の軍を拡大するにも金もかかる。
特に常備軍などと言う金食い虫を維持し続けようと言うならば、毎年毎年莫大な金が消えていく。
平時ならば軍縮にも走れるが、力でゾスに対抗しようと言うには早々軍縮など出来ない。
だからと言って軍事費欲しさに重税など掛けては出来たばかりのロガの国では、その根幹が揺らいでしまう。
何より帝国の悪政と何ら変わりなくなるのだ。
だからテス商業連合をはじめとした貿易国に使者を送り、融資の話を持ち込んだりもしている。
特にテス商業連合は商人が牛耳る国であり、裕福な国でもある。
だから融資を受けられる可能性は高いが、下手すると国を経済的に乗っ取られる可能性もある。
ここに対しても交渉ごとに長けた人物を使者として立てねばならない。
その人選にも悩んでいた私に交渉の使者として名乗り出る者があった。
叔父ユーゼフがテス商業連合との交渉を買って出たのである。
かつて奴隷制度をゾス帝国に導入しようとした叔父上だが、今ではそんな事をしようとは思っていないと再会して以降初めて見るくらい力強く言った。
だから、名誉回復の為に交渉事を任せてもらいたいと。
いったい何が心変わりさせたのかを問えば、出て行ったはずの娘が孫を連れて一時とは言え近くにいる、その事実に心が奮い立つのだと熱弁するのである。
ウオルと接するうちにこのまま腑抜けていられないという意思いを強くしたのだと。
だが、そうなるときっとテス商業連合は奴隷制度導入をロガに持ち込もうと叔父上に働きかけるだろうと懸念を伝えると叔父上はにやりと笑った。
或いはそれこそ逆に金を引っ張り出せる要因になるだろうと。
この手の交渉ごとにキレイもキタナイもない。
利を得えられるか否かだけだ。
そう伝える叔父上はまっすぐに私を見て言う。
後ろめたさと怯えから私を真正面から見れていなかった男が、そう言うのである。
……ならば、やらせてみるのも悪い物ではないだろう。
弁の立つ者を補佐に付ければ、テス商業連合との交渉事にも優位に立てるのではないかと思われた。
少なくとも、私が赴くよりは良い結果を得られるだろう。
そこで私は幾つかの条件を付けてならば、お願いしたいと申し出ると叔父上は全て受け入れた。
……人間と言うのは、変われば変われるモノなのだろうか?
そうである事を期待したい。
さて、交渉事を任せてしまえれば、私はナイトランドとの同盟を結ぶことに注力できると言うもの。
いつごろ伺うかをフィスル殿を通してはナイトランド側と日程を詰めれば、後はナイトランドまで私がどう向かうかが問題になって来る。
ナイトランドには出来れば秘密裡に向かいたいのだが、さて、どのルートを使うのが良い物か。
陸路でならば馬車に乗っての旅路だ。
馬で五十日ほどかかる旅程だが馬車ともなればさらに時間はかかるだろう。
顔を晒しながら馬で行くよりは安全だが、行き帰りを合わせて大分長い事ロガを開ける事には不安がある。
一方で今の時期ならば季節風の影響もあり海路の方が陸路よりも早くナイトランドに辿り着けそうだが、海路は海路で問題が多い。
ゾス帝国の沿岸警備部隊が展開している場所もあるし、治安の悪化で海賊が増加の傾向にあるようだ。
テス商業連合とロガの地の間は比較的安全な航路のようだが、例えばロガからナイトランドへ向かうと言うのは少し危険かもしれないと船乗りたちは言っている。
ガト大陸は東西に長い大陸、海路を使うとなると沿岸部を進む航路を選択する事になるだろう。
その方が補給もしやすく、嵐も避けやすいからだ。
だが、同じ理由で海賊がはびこる場所もあると言う。
そこを突破しなくてはぐるりとガト大陸を一周する羽目になると言う。
それこそ時間がかかりすぎる。
そして何より海路を行くには運に左右され過ぎるのだ。
順風が吹けば二十日と掛からずにたどり着けるだろうが、運悪く嵐などで海が時化ればその倍以上はかかる。
単に足止めを食らうだけならば良いが海上で遭遇した場合、そのまま海の藻屑と消える可能性がある。
海路を行くのは大きな賭けだ。
嵐が起きれば船は何処に行くかもわからないし、私は海戦の指揮を執った事はない。
接舷できれば白兵戦に持ち込めるが、そこに至るまでは船乗りたちを信頼して任せるより他はない。
……だが、そうだな……これはいつもの戦とあまり差が無いようにも思えた。
私は結局、他者を信頼し用いる事で王と言う地位まで登ったと言いえる。
ならば、陸路でも海路でもあまり関係は無いような気もしてきた。
私一人ならば適当に決めてしまっても何とかなると思えただろうが……仮初とは言え婚約者を連れて行くのだから慎重に考えなくては。
如何に彼女が自分より強かろうが、それは関係はない。
私が如何にして守るのかも考えなくては。
そんな事を考えていると、私の執務室の扉がノックされる。
入る許可を与えるとフィスル殿がナイトランドの方で船と馬車を用意した旨を伝えて来た。
「船と馬車?」
「そうだよ、国賓に万が一があってもいけないしね。両方使う方が安全に、かつすばやく移動できるからね。それにロガ王も忙しいでしょう? この陸と海の複合ルートが一番予測がずれにくく早い」
複合経路とは思いつかなかった。
そしてナイトランドがそこまで気を使ってくれることも予想外だった。
「そうでなければ、私が態々ここに居続ける意味もないでしょうに」
思わず思った事を告げると、フィスル殿はそう言って肩を竦めていた。
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