第39話 ベルシスの戦法

 私の戦法は至ってシンプルだ。


 バーレス城砦に立てこもって、敵が臨戦態勢で陣を敷く状態を維持すると言う物だ。


 カナトスの白銀重騎兵は城塞攻めには威力を発揮しないし、通常、砦を攻めるなんて敵より多い兵力を持つものがやる物だ。


 とはいえ、今回指揮する兵数全てが城塞内に入り切る訳もないのでこちらも外に布陣を敷かねばならない。


 そこに襲い掛かれば、城塞にいる兵士達で打って出て敵の王都を一路目指すだけだ。


 向こうが帝都を目指した所で後詰のセスティー将軍と戦わねばならず、徒に伸びた補給線の脅威を知る事になるだろう。


 私は以前入手したカナトスの古い地図に、間者を放って調べさせた現状を書き写している。


 王都までのルートならば、いくつも頭に叩き込んでいる。


 もし、優れた戦術を駆使する敵ならば、この地図は罠の可能性もあるのだろうが……。


 だが、こいつは手に入れて十年以上経っているし、正しいかどうかを私が確認しない訳はない。


 カナトスは仮想敵だ。


 この十年以上の時を使って、間者を送って地形や難所、城塞の位置の割り出しを続けていた。


 継続は力、と言うわけだ。


 最初のうちは労力の割には小さな実入りでも、将来的に大きな実入りが期待できるならばやらない手はない。


 こと、戦となればなお更に。


 地の利を知る事は補給路の割り出しを容易にし、私も兵士も生かすのだ。


 しかしながら、当然カナトス側も帝国の地図は手に入れているだろう。


 手にしていながら、バーレス城砦を経由しなくてはいけない。


 バーレス城砦は交通の要所に建っているから通らざる得ないのだ。


 国力に勝るゾス帝国がここを抑えない手はない、そして城塞の一つでも建てるのは当たり前。


 私はテンウ将軍にもパルド将軍にもその利は説いたし、地図の貸与も申し出た。


 だが彼等は、武名に拘ってか有効活用しなかった。


 カルーザスに迫りたい一心の為か、有効に活用されなかったが。


 会戦は戦の華。


 カルーザスの如き活躍が出来れば下手に戦を長引かせるよりは、会戦に訴え雌雄を決した方が被害が少ない。


 だが、誰しもカルーザスの如き戦い方をできる物ではない。


 私などは早々に彼には至らないと判断を下して別の戦い方を模索したが、若いテンウ、パルド両将軍はそうは思わなかったのだろう。


 こればかりは、当人たちが諦めて別の道を模索するより他はない。


 他者が下手に言った所で意固地になるだけだ。


 そして、意固地になればなるほどに兵が死んでいくのである。


 ……困ったものだ。


 だが、さしあたり問題なのは、私がカナトスに勝てるかどうかだ。


 私が勝つためには会戦に応じず、徹底的に守りを固めて敵の補給路を脅かす作戦に徹する事だ。


 地味な戦い方だが、私には性に合っている。


 合ってはいるが、それで悠然と待ち構えているほどには私は肝が太くない。


 だから、打てる手は色々と打つのだ。


※  ※


「そうか、ここに重騎兵の何人かを捕らえていると言う事か」

「はい、そうです」

「では、解放しろ」

「はっ?」

「言伝を持って帰ってもらわねばならん、数名ならば戻った所で大して意味はない。解放しろ」

「りょ、了解いたしました」


 バーレス城砦にて立てこもりの準備を進める傍ら、テンウ将軍、パルド将軍との戦いで捕虜となった白銀重騎兵が捕らえられている事を知った私は、彼らを解放することにした。


 兵に指示を出せば、怪訝な顔をされたが伝令代わりだと伝えて解放させることにした。


 しばらくすれば、四人の男たちが私の前に引き立てられてきた。

 

「今回の戦、非はどちらに在るのか明白である。我らは攻めてはおらず君たちは攻めて来た。その一点においても明らかに非はカナトスにあると言える。国王アメデも負傷したと聞く、これ以上の争いが何を意味するのか。君たちは祖国に戻り、老いた王と若き王子にその様に伝えるが良い。それでもなお戦うと言うのであれば、私も私のやり方で戦おう」


 彼らにそう告げた後に講和の条件を書いた手紙を渡す。


 半分は挑発であり、半分は本気の和平交渉の第一歩だ。


 二度も会戦に勝利していると考えているカナトスが講和の条件を飲むとは思えないが、飲んで和平がなるならばそれは良い。


 講和の条件は簡単で兵をひく事、今後は侵攻しない事、捕虜を解放する事、そして賠償金を支払う事の四つしかない。


 さて、私の発言と講和の条件をどう捉えたのか分からないが、解放された四人の重騎兵たちは複雑な表情を浮かべて私の前から退出し、数日のうちにはカナトスに帰された。


 それから数日後、カナトス側から返答が届く。


 兵をひく事と捕虜の解放はやぶさかではないが、賠償金は認められないとしていた。


 侵攻についても一言も書いていない。


 舐められたものだ。


 だが、この返答が届いた後も表面上はわが軍は何ら動きを見せなかった。


 ただ、カナトス側の補給線を徹底的に洗い出していた。


 輜重隊が一つ壊滅するたびに前線の兵士はその分地獄に引きずり込まれる。


 略奪を行おうとすれば兵を割かねばならず、各個撃破の良い的だ。


 例えバーレス城砦から兵を引きずり出すために略奪を行おうとしても、後詰のセスティー将軍の部隊が動くだけで私は徹底的に動かない。


 その時、彼らはどうするのだろうか。


 ……そもそも、圧倒的兵力差のある戦いを何故今更行うのか。


 カナトスの稼働可能兵数はほぼこのバーレス城砦付近に集まっているが、セスティー将軍の部隊と合わせても帝国は三分の一も集まっていない。


 略奪を行うべく帝国に浸透するなどと言う行いを彼らがとれば各個撃破の憂き目にあうだけ。


 声望は下がり、民からは怨嗟が響くだけの行い。


 しかし、物資が届かねば軍を維持するために略奪すら行わねばならない。


 どんな手を打つのか知らないが、私は私の戦い方を展開するだけだ。


「さて、そろそろだな。夜陰に紛らせて、カナトス内部に部隊を浸透させろ。そして補給線を徹底的に荒らして回れ。だが、農村などには手を出すなよ。物資が足らなくなれば、カナトス兵が自ら荒らすだろう」


 自国の村とは言え、徴収と言う形で物資を奪い続ければ反乱の芽は幾らでも育つ。


 それに……ご自慢の白銀重騎兵の兵装を整えるのに幾らかかっているのやら。


 既に重税を掛けているのならば……国ごと飲み込むことも可能かもしれない。


 ……まあ、まずは補給線を荒らす部隊が上手く浸透できるかどうかだ。


 夜陰に紛れて数日に分けて二千近くの兵士を城塞からカナトスに送り込む。


 その間にカナトス側がその動きに気付いた様子はなかった。


 かつて戦い敗走したベルシス・ロガが、今度は城塞に閉じこもっていると侮っているのだろう。


 そう思わせるための講和の申し入れでもあったのだから、まんまと乗ってくれた。


 十年より前の若造のままと信じてるのならば信じているが良いさ。


 ……最も、今戦うのは国王アメデではないから、そんな予断は無いのかもしれないが。


 どちらにせよ、カナトスに兵は無事に浸透した。


 策の半分はこれで成った訳だ。


 残り半分の成否は、私が時期を逃さなければまず大丈夫だと思うのだが……。

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