第38話 カナトスの再挙兵
国葬が終わってからの一年は自分でもどうかと思うが、いまひとつ覚えていない。
仕事は一応こなしていたが、アニスやゼスから発破をかけられる日々だったが、何かを率先した記憶が薄い。
唯一、私が率先して行った仕事はカルーザスに八大将軍筆頭の座を譲ったことだ。
カルーザスは私こそが筆頭にふさわしいと留意していたが、ロスカーン陛下もカルーザスが筆頭となるよう告げれば、彼はそれを受け入れた。
私はそれからしばらくは腑抜けていたわけだが、メルディスよりカナトス王国の王アメデが再婚したことを教えられて、漸くスイッチが入った。
他国の王が再婚したからと言って、別段気にすることはない。
普通ならば。
アメデが再婚相手としたのは、国の繋がりを強化するために他国の貴族を迎え入れる訳でもなく、自国の地盤を固めるために有力者の娘を迎え入れた訳でもない事が、引っ掛かった。
アメデが再婚相手に選んだのは、バルアド大陸の訛りがあるまったく見知らぬ美女だそうだ。
女好きとも聞いていたからそんな物かと最初は思ったのだが、どうにも引っ掛かるのがバルアド訛りと言う事実。
カナトス王妃がなくなる少し前、バルアド大陸の謎めいた大国オルキスグルブより凶手が放たれたとらしいという情報を手にしていた私には、単なる偶然とは思えなかった。
これはメルディスも同様のようで、何とも居心地の悪さを吐露した。
「偶然かもしれん。だが、偶然ではないかもしれん」
「様子見とするしかないが、何かしらの備えはした方が良い」
「……漸く戻ったな、長い間腑抜けていたから切り時かと思っていたが」
「一度に主君を三人亡くしたようなものだ、ショックはでかいさ。ただ、まあ、腑抜けている時間はもう終わらせないとな」
メルディスにそう告げると、彼女はうむと大きく頷いていた。
そして、不意に言葉をひそめた。
「今代の皇帝は、少し遊びが過ぎないか?」
「徐々に良くなる。ご当人は帝位を継ぐ気もなかったようだしな。むしろ、悪い虫をご自分に集められていたようだからな」
「元はどうであれ、朱に交われば何とやらだぞ?」
「それはそうだが……大部分とは手が切れているようだし、皇太后さまもご尽力くださるのだから問題あるまい」
私の言葉に、だと良いがなとメルディスは肩を竦めた。
カルーザスを見出した方だ、多少は遊んでも大ごとにはなるまいとこの時は考えていた。
そう、大丈夫だろうと考えていた。
まさか、カナトス王の再婚相手が、数年後には帝国皇帝の皇妃になるなんて考えもしていなかった時期だ。
ともあれ、漸くスイッチの入った私はいつもの仕事を懸命に続けた。
ぼんやりと仕事をこなしていた時間を取り戻そうとするように。
しかし、再びカナトス王が戦端を開く事で私が計画していた幾つかの仕事は中止を余儀なくされた。
カナトス王国が侵攻を開始したと報告を受けたロスカーン陛下は激怒したが、カルーザスをカナトスに向かわせることは出来なかった。
カルーザスはバルアド大陸のゾス領に赴き、総督を兼任していたからだ。
そこでテンウ将軍に討伐を命じた。
古参貴族の家柄でもないのに八大将軍になったテンウ将軍、パルド将軍に対して多くの貴族は懸念を抱いていた。
だが、ロスカーン陛下はその辺に頓着していなかった。
していなかったが、一度私に問われたことがあった。
「八大将軍の家柄で無い者が将軍になって、ロガは気にしないのか?」
「ダヌア卿の推挙であれば実力は確かでしょう。純粋な戦いとなればあの二人は、カルーザスには及びませんが私より有用でございます。それでも陛下は気になされますか?」
「そうか、お前は変わった男だな、ロガ。……それと、だ。パルドもテンウも姓を名乗らない。またカルーザスも姓を名乗らせる訳にはいかん。そうなるとダヌア卿、ロガ卿とお前たちが呼び合うのもちと考え物だと思うのだが?」
「これは失念しておりました。なれば、八大将軍は実力主義、これより名前に敬称を付け呼び合うように致しましょう」
「……何と言うか、変わった男だな、お前は」
そんな会話をしたその日から、私の提言と言うか、提案は採用された。
確かにカルーザスだけカルーザス卿と呼ばれていたので気になる所ではあった。
帝位を継ぐつもりのなかった第三皇子だったとはいえ、ロスカーン陛下は結構、細かいところ見ているのだと感心したものだ。
テンウ将軍はその戦いでカナトス王アメデを負傷させ、勝利を手にするかと思われた。
だが、天はカナトスを未だ見放しはしなかった。
前の王妃の息子ローラン王子とシーヴィス王女が父に代わり軍を率いたのだ。
ローラン王子は十八歳、シーヴィス王女に至っては十五歳、若輩と侮ったテンウ将軍は二人の若者の指揮する軍に敗れた。
テンウ将軍が劣勢と聞いた時点でロスカーン陛下はすぐさまパルド将軍を後詰として向かわせた。
だが、パルド将軍はカナトス白銀重騎兵の突撃力を侮った。
なまじ騎馬民族であるカナギシュ族との戦闘経験がある事が災いしたのだ。
敗北の一報を聞いたロスカーン陛下は一度玉座のひじ掛けを叩き、怒りを発散してから私に告げた。
「……思いの外役に立たん。ゴルゼイ将軍を呼べ!」
ゴルゼイ・ダヌア将軍を呼ばれては北西部が手薄になると判断したので、私はやんわりと自身の提案を口にした。
「北西部の守りが薄くなると騎馬民族どもの動きが活発になります。陛下好みではないでしょうが、私が赴きカナトスと決着を付けましょう」
「ベルシス、お前がか? テンウ、パルド両名に劣ると言っていたはずだぞ?」
「純粋な戦闘では劣ります。が、それ以外ならば相応の経験があります。派手に戦に勝つと言う方法ではないですが……」
「テンウ、パルド双方はカナトスより多数の兵を揃えていた。それでも勝てるか?」
「決戦を急かされなければ」
「……やってみろ、ベルシス」
御意と告げて私は兵の編成に取り掛かった。
私がカナトス相手に勝つには決戦はしない、ただ相手の補給路を抑え込むのみ。
そう決意して、私は久方ぶりの戦場に向かう事になった。
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