第37話 ゾスの嵐

 季節は春半ば。


 新緑が目に眩しい時期に、ゾス帝国は冬に突入した。


 第十一代皇帝バルハドリア陛下が崩御なされた。


 御年は六十八歳、五十年に渡る穏当な治世が終わりを告げた。


 国中が国葬の準備に勤しむ傍ら、バルアド総督であり次期皇帝であらせられるファルマレウス殿下の状況がおもんばかられた。


 思ったより長引くバルアドでの戦いにカルーザスを投入しようという提案が貴族院よりなされ、ファルマレウス殿下には帝都に帰還していただく運びとなった。


 第二皇子のレトゥルス殿下は国葬の準備と兄であるファルマレウス殿下の戴冠の儀式の準備を推し進めており、寝る暇もないといった様子だった。


 一方の私も、陛下の崩御のショックを癒す間もなくカルーザス派兵の為に準備やらに忙殺されていた。


 或いは、この忙しさが慰めであったかもしれない。


 カルーザスも同じような物だと思う。


 いつも以上に寡黙に派兵の準備を行っていたから。


 そして、あと一週間もすれば船の手筈も全て整うという時期に、最悪の一報が届く。


 ファルマレウス殿下、討ち死にの報が。


 ※  ※


 バルアド大陸での戦いの相手、コレスト王国はゾス帝国がバルアドに領土を求めた時からの友好国であった。


 そのコレストがガト大陸のゾス帝国に感冒が流行ったと見るや、バルアドへのゾス領へ侵攻を企てた。


 だが、ゾスとコレストでは戦力差が歴然としており、一時は押されもしたが反抗作戦を開始すれば、瞬く間に敵の前線を押し上げ、コレスト王国の中枢付近まで攻め入った。


 その頃に陛下の崩御の報が入ったためか、ファルマレウス殿下は百年以上は続く友好を取り戻そうと停戦を呼び掛けた。


 コレストはそれを受けたが、残念ながらそれは罠だった。


 とはいえ、特に危なげもなく奇襲を仕掛けて来たコレスト軍を撃退した所で、事件が起きた。


 バルアドに駐留していた八大将軍の一人ハドウィン卿が突如離反、斜め後方より殿下の軍に襲い掛かり、その戦いでファルマレウス殿下は討ち死にした。


 ファルマレウス殿下討ち死にの一報が届くや否や、貴族院はハドウィン卿討伐を軍部に提案し、軍部はそれを受け入れた。


 今ならば今一人の八大将軍ザルガナス卿がバルアド駐留部隊を率いてゾス帝国領の半分は守っている。


 その地を橋頭保としてカルーザスに一軍を指揮させ、バルアドに上陸させる事が決まった。


 そして、ファルマレウス殿下の葬儀は第二皇子レトゥルス殿下が皇帝に即位する戴冠の儀を執り行ってからという事も決定された。


 あまり接点はなかったファルマレウス殿下であったが、いつぞや態々私を訪ねて来られた際の事を思い返すと、目の前が真っ暗になった心地だった。


 それでも私はショックを受けている暇はない。


 カルーザスもまた、同じであり、彼はバルアド大陸へ向かって兵を率いて向かった。


 しかし、事態はこれだけでは終わらなかった。


 カルーザスがバルアド大陸に上陸を果たしたとされる初夏。


 レトゥルス殿下が倒れられた。


 心労が祟った物と当初は思われたが、殿下の容態を見た医師がこれは毒物による毒殺未遂であると言い切った。


 どうも、ガザルドレス王国付近に群生するツタ上の植物を煮出して、その汁を沸騰させると生成される毒物であるそうだ。


 レトゥルス殿下は意識を失ったまま目覚めない日々が続いていた。


 その様な情勢であればガザルドレスが、ゾスの混乱を好機とみて暗殺者を差し向けたと貴族院は判断し、ガザルドレス王国討つべしという機運が高まる。


 だが、戦を起こすにも皇帝は必要だ。


 そこで、今の今まで碌に政治に係る事が無かった第三皇子ロスカーン殿下に白羽の矢が立てられた。


 ただロスカーン殿下には全く実績と呼べるものが無かったので、皇太后イーレス様が政治的な補佐を行う事も決定された。


 当初は渋っていたロスカーン殿下であったが、お母上であり、先帝バルハドリア陛下の第二夫人であったイーレス様に諭され、第十二代皇帝への即位を了承された。


 ゾス帝国建国より二百三十一年、第十二代皇帝ロスカーン陛下が誕生したのである。


 バルアド大陸におけるゾス領での反乱も僅かに一カ月ほどで鎮め、逆賊ハドウィン卿を討ち取ったカルーザスが単身戻った秋に、戴冠の儀が執り行われた。


 これによりバルハドリア陛下の国葬、ファルマレウス殿下の国葬が漸く執り行われたのである。


 そして、これより六年後に、私がゾス帝国を追われることになる。

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