第51話 布石

 帝都に戻る最中に起きた出来事は、些細な、それでいて重大な意味を持っていた。


 グレッグとの和解は些細な事だが、誰かが私を殺したがっている事実に加えて、そいつがかなり精度の高い情報網を持っている事実が浮き彫りになった。


 グレッグは子供と言う存在に運命を見出したようだから大事には至らなかったが、これが恨み骨髄と言う状態だったらどうなっていたか。


 黒幕の望み通り私は死んでいたかもしれない。


 ……黒幕……ギザイアなのか?


 わずか数年で私とグレッグの関係性を調べ上げ、グレッグが今どこにいるのか探り当てられるほどに情報に精通している?


 ……ないとは言えない。


 もう、あの女は其れほどの力を得てしまったと言う事か。


 と、なれば……今回の帝都への召喚も罠の可能性が高い。


 ローデン領を私が受け取る事に不満があるのだろう。


 ……しかし、ローデンか。


 あの地は私にとってなんなのだろう?


 そんな事を考えていると、ブルームが私の方へ馬を寄せてくる。


「良かったんですかい?」

「グレン殿の事か?」

「今はそんな名前でしたねぇ」


 ブルームは私を売った企みには乗っていなかったが、グレッグの元部下だ。


 見間違う筈はない。


 そして、その時の所業を良く知っているからこそ、見逃して良いのかと問うてきたのだろう。


「軍律違反者など、先程の場所にはいなかっただろう?」

「……大将がそれで良いんなら、何も言いませんがねぇ」


 相変わらず人が良いって言うか、何と言うかと文句を言いながら離れていく。


 年々口調が崩れていくんだよなぁ、こいつ。


 別に舐められている訳ではないので、特に咎めもしないが。


 ……私に何かあるとこいつらにも害が及ぶからな、気を引き締めないと。


 そう決意を新たにして、一路帝都へと向かった。


※  ※


「すると、僅か一年足らずで三勇者一行は魔王と停戦合意に至ったと? 直接ナイトランドに乗り込んで?」

「余としては討伐を望むが、この際は停戦でも良い」

「これは……凱旋将軍並みの待遇が必要では? 神殿に無理を言った手前」

「皇帝たる余の言葉、無理とは言わせん。が、確かに功績をあげた者には遇せねばなるまい」


 ……誰だこれは。


 そう言いたかったが私は懸命に言葉を飲み込む。


 目の前にいるのはロスカーン陛下で間違いはない。


 だが、何と尊大な物言いをする事か。


 その顔に浮かぶのは滅びたその日に垣間見たボレダン族の族長が浮かべていたような、節制とは無縁な日々を表す相。


 嘗て見せていた才気や悔悛の欠片は既になく、どこまでも自我を肥大化させたような化け物がいるばかり。


 そして、似た様な相を浮かべているのは陛下一人では無かった。


 コンハーラやザイツと言った八大将軍の一部にも似たような相が浮かんでいる。


 漁色と飽満の限りでも尽くしている様な、退廃の匂い……いや、権力の腐臭が立ちこめている。


 僅かに二年。すでにお亡くなりになられた皇太后様からお叱りを受けて、陛下が立ち直ったと思った矢先のたったの二年でこうまで人は堕してしまうのか。


 他の八大将軍は乱れ始めた帝国の治安を守るために奔走しており帝都に居ない。


 そうなると止める者がいないためか、一層に退廃に拍車がかかっているようだ。


 宮殿に至るまでにその退廃の爪痕をいくつも見つけてしまった私の気分は真っ暗だ。


 ……私は先帝に対して何と申し開きをすれば良いのか。


 或いは未だに眠り続けておられるレトゥルス殿下に何とお伝えすれば良いのか……。


 そして、民衆の為に何を成せばよいのか。


「調整は貴様の得意な所。勇者一行のもてなしはロガ将軍に任せよう」

「……誠心誠意努めさせていただきます」


 だが、今ここで陛下に異を唱えた所で私が排斥されて終わりだ。


 今の命令はそこまでおかしなものではなかったし、受け入れざる得ない。


 例え、ギザイアの影が色濃く見え隠れしているにせよ、確証が何もない以上は下手に手を出せない。


 ギザイアと言う存在をここまで育て上げてしまった事自体が私の罪であろう。


 あの時に斬り殺しておくべきだったのだ、有無を言わさず。


 だが、今となっては後の祭りだ。


 ともあれ、命令を受け入れて、行動を起こさなくてはいけないが、その前に私は幾つかの布石を打っておくことにした。


 慣れ親しんだ部下達に万が一の場合にも害が及ばないように。


 それと、私が将軍職を首になっても良いように。


 まずは伯母上に挨拶の手紙を送り、次にゼスやブルームたちの異動人事を執り行う。


 アニスは体調不良と言う事だったから、体調回復後に別隊に復帰させるように手続きを取る。


 既に帝都ホロンは私にとっては死の都だ。


 些細な手違いで私は死ぬだろう。


 それほどまでにギザイアの手は長くなり、目と耳は多数にある。


 そう感じられるだけの才覚は私にもあったようだ。


「勇者一行をお迎えに行かなくて良いので?」

「まだ早い。せめて帝国領まで戻ってもらわねば……。それはそれとして、リチャード、お前はどうする?」

「どう、とは?」

「負け戦濃厚だぞ、私の立ち位置は」

「このリチャードがおらねば、更に濃厚ですぞ」

「……すまんな」


 リチャードと言う存在が実力行使から私を守っている。


 そのことに感謝と申し訳なさを覚えリチャードに謝罪の言葉を告げると、老いた竜人は何をいまさらと肩を竦める。


 ありがたい事だ。


 それに、コルサーバル卿モイーズ殿にも深く感謝せねばなるまい。


 この様な雰囲気の帝都の中で、彼は私の為に危険な橋を渡ったのだから。


「あまり弱気になりなさいますな。若は帝国の両翼の一翼。堂々と振舞いなさいませ」

「……気圧されては元もこうもないか」

「ええ」

「……情報を集めなくてはな。帝都について、勇者について、そしてギザイアについて」


 私の情報網は既に分断されているだろう。


 ギザイアのそれが新たに君臨しているはずだ。


 だが、分断されても有益な情報はある。


 そいつを集めて、組み立て、反撃の武器にせねばなるまい。


 出来るか、ベルシス?


 出来る、出来ないではなく、やるしかない。


 やるしかないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る