第43話 祭りの最中
それからが祭典の準備に大忙しとなったが、実は金銭面はそれほど苦労はしなかった。
カルーザスの支援もあったし派手好きのロスカーン陛下も、面白いと興味を示されたからだ。
そうなって来ると問題はその他の部分だ。
帝都凱旋式には兵士の士気向上とボーナスの支給がつきものだが、今回は平和の到来を祝う祭典である。
凱旋パレードを行わないという手段も考えられたが、パレードは行い少額だがボーナスも支給する事にした。
低所得者向けに食事を用意するのも凱旋将軍の役目だ。
数年前のカルーザスが帝都凱旋を行った際は私がその辺りを一手に引き受けた。
つまりは、今回も前と同じだ。
感冒による被害で停滞した経済も今では立ち直りつつあったことも幸いして、これも大して苦労はなかった。
では何が問題かと言うと三柱神の神殿との協議が一番の難問だ。
宗教的な行事に大国の金が入り込むと自主性が損なわれると言うのである。
また、勇者を選び出す祭りは通常は祭りの為に勇者役を定め、儀式の終わりをもって勇者と言う役割を終える一種の祭祀者であるが、此度は違うと言うのだ。
三柱神の大司教、司祭たちがこぞってある啓示を夢で見た為に、真の勇者を選ばねばならないのだという。
十五年前から繰り返し見られる夢の啓示は、今回選ぶ勇者は大きな使命を与えられた者達であることを意味している。
ゾス帝国内部で勇者役を見つけるという従来の祭りと意味が異なると言うのだ。
これは正直困った。
三十年に一度の奇祭くらいにしか考えていなかったが、今回に限っては神の託宣により勇者を選ぶのでどの国の者が勇者となるのか、どのような使命が与えられるのか分からない。
確かに、そんな状況では軽々しく祭りなど行えない。
こいつは困ったなと思いはしたが、平和の祭典と言う形で三柱神の勇者を選ぶ祭典とは別の物として縮小して行うより他はなさそうだ。
ここで無理を強いても神殿側に不信感しか残さないだろう。
長い協議の末にその事実を漸く知らされた私は、そのような事情であれば致し方ないと引き下がる事にした。
思い付きに過ぎないし、私の凱旋式という色合いを消すために利用しようとしただけだから、利用すんなと三柱神に言われたと思っておこう。
そう考える私に、協議を担当した神官たちは申し訳ないと逆に頭を下げるので返って恐縮してしまった。
ともあれ、ゾス帝国が戦争状態から解放されたという名目で私の凱旋式は行われる事になった。
※ ※
普段はまとう事のない派手な鎧を身にまとい、疲れを隠さずに葡萄酒の入った杯を呷る。
パレードとかパーティーとか、疲れるんだよなぁ……。
そんな事を思いながら城のテラスで明かりが煌々と灯る帝都を見下ろす。
楽師が曲を弾き、歌い手が何やら歌う声がかすかに聞こえる。
それに合わせて貴族たちが踊ったりしているんだろう、ご苦労な事だ。
それに、ゼスやブルームも美女を相手に酒でも飲んでいるのだろう。
私はそう言うのは疲れる性質なので、逃げ出したわけだが……。
アニスは息子の世話があるので早々に帰った。
そこに少し引っ掛かりを覚えている……男女差、こいつは実は侮れないのではないか?
女性と言えども家庭の事ばかりでは優秀な人材が浪費されかねない。
とはいえ、子供には親が必要だろうし……うーん。
なんか、妄想世界でもそんなのがあった気がするが……。
等と考えごとにふけっていると不意に声を掛けられた。
「こんな所におったか、探したぞ、凱旋将軍殿」
「……メルディス」
ナイトランドの八部衆が一人、影魔のメルディスが着飾った姿で私の前に姿を現した。
だが、キセルは手放せないようで杯の代わりにそいつを持っている。
「主役がこうも早く姿を消してはパーティーが盛り上がらんのでは?」
「カルーザスも似たような時間に会場を後にしていたからな。メルディスはどうしたんだ? パーティー会場で情報源でも漁っているかと思ったが」
「
「私の時には自ら来たではないか」
そう言うとメルディスは双眸を細めて、狐耳をぴんと伸ばした。
これは、機嫌を少しばかり損ねただろうか。
「お主はちっとは自分の立場と言う物をだな」
そこまでメルディスが告げた所で、私たちに声がかけられた。
「お楽しみのところ、失礼いたします」
「誰が楽しんでおる、誰が」
メルディスが文句を言いながらそちらを向いた。
私もつられてそちらを見やれば、警備の兵士とその背後には驚いたことに伯母上が立っていた。
「ベルシス将軍の伯母君が将軍を探しておられたので、失礼ながらお声がけさせていただきました」
「ああ、ありがとう。これは伯母上、お久しぶりです」
「息災そうで何よりですよ、ベルシス。こちらの方は?」
「ナイトランドの八部衆が一人、メルディスと申す。よろしく、ロガ殿」
メルディスは即座に気持ちを切り替えて、微笑みを浮かべながら伯母上に挨拶した。
「ナイトランドの……。流石に抜け目がありませんね、ベルシス」
「ここで出会ったのは偶然ですよ」
「そういう事にしておきましょう」
何か、勘違いされたな。
声をかけて来た兵士も、少しヤバって顔しているから外交関係の話をしていたと思ったのかもしれない。
「あまり長居してもいけませんから手短に」
「ご親族が凱旋将軍と会話するのを邪魔するほど無粋ではないぞえ」
「ならば、私も甥が美女と会話するのを邪魔するほど無粋ではありませんよ」
伯母上は平然と言葉を返して、メルディスはおかしげに笑った。
「挨拶ばかりと言う訳では無さそうですね」
「ええ、と言っても大した話ではありませんよ。息子のガラルを覚えてますか?」
「忘れるはずもない」
「あの子が帝都で名うての仕立て屋に弟子入りする事になりました」
「……服飾関係が好きでしたからね。しかし、よく許可しましたね」
「私もそろそろ貴方にロガ領の統治権を返さねばと思っておりましたし、ガラルがやりたい道を進むのは悪い事ではありませんからね」
伯母上は本当に預かっているだけのつもりだったのだなぁとしみじみと思う。
だが、叔父上がそれを許すだろうか。
「ユーゼフが心配ですか? ユーゼフはもうあなたに危害を加えませんよ」
「多分大丈夫だろうと思うのですが……しかし、何故?」
「レグナル卿が和解せよと勧めたと言うのもありますが」
レグナル卿が?
帝都での暗闘を制してからは、彼は確かに協力的になったが……。
レグナル卿がまさか叔父上にも和解を勧めていたとは。
彼の改悛は本物だったのだなとここでもしみじみと感じ入ってる私に、伯母上は更なる言葉を投げかけた。
「そもそもアネスタが駆け落ちしてしまい、貴方に歯向かうような気力もなくしていましたからね」
「……駆け落ち?!」
「手紙には書いておりませんでしたね。十年ほど前に西方諸国の青年と駆け落ちしてしまいました。領兵の見立てだと騎馬民族の青年ではなかったかと」
「……カナギシュ?」
西方諸国で騎馬民族と言えばカナギシュ族しかいない。
その青年も私の血族と駆け落ちしてカナギシュ族に戻ったとは思えないが、めぐりあわせと言うか、色々とある物だ。
「そう言う訳で近いうちに統治権をお返ししますよ、ベルシス。引き換えと言う訳ではないですが、ガラルの帝都での生活の面倒を見てやっていただけませんか?」
「ガラルは私の従兄弟ですよ、そのように引き換えにする必要もなく援助は惜しみません」
「そこは分かっておりますが、私のけじめです。では、ベルシス、凱旋おめでとう。カーウィスも至れなかった栄誉を授かりましたね」
「父が生きておればいずれは至っておりましたとも。ともあれ、ありがとうございます、伯母上」
このように和やかな挨拶を交わして、伯母上は兵士に案内してもらいながら去っていった。
「ロガ家は切れ者ぞろいじゃな」
「伯母上は、切れ者だろうさ」
私がそう言うとメルディスは肩を竦めて、キセルを口にくわえた。
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