第31話 カナトスへの派兵
慌てて守備隊と援軍の編成に取り掛かり、ともかく急いで編成を終えた。
まずは足の速い騎兵二千からなる先遣隊をシグリッド殿指揮でカナトスに向かわせる。
カナギシュ騎兵、ゾス騎兵ともにカナトス騎兵とは違った運用をするが彼女はその辺は弁えているから有用に使ってくれるだろう。
私が編成に苦心したのは歩兵、弓兵、魔術兵の配分と
輜重と兵站こそ私の戦いの要、こいつを怠っては私は決して勝てないと信じている。
だから、輜重と兵站に関してはいかに焦ろうとも、いかに急ごうとも手抜かりはない。
迅速な補給、それを可能にするための物資の確保と戦場への運搬、中継地点の確保、出来れば河川沿いに進み補給を受けやすくしたいという進軍ルートの制約。
考えるだけで頭が痛くなる問題が山積みだが、こいつを解決しない事には進軍なんてできるはずがない。
将軍であった頃はその大部分は帝国のインフラに依存していたから、今よりずっと楽だった。
中継地点は戦略的な兵站基地や戦術的な兵站基地を使えば良かった。
だが、ロガ王となった今ではそれを構築するには多大な政治力が必要になる。
帝国の他領主を説得して軍を率いて通過するか、海運を使って帝国を回避しつつカナトス王国の隣国クジャタと渡りをつけて軍の通行許可をもらうか。
その際には物資を売って貰う必要も出てくるだろう。
略奪など行えば敵が増えるだけだから、物資、特に糧食については入念に確保しなくてはいけないのだ。
誰だって自分の持物を奪われれば怒る。
小国相手でも外交で居丈高に振舞えば後に
そんな事を考えていたが、既に騎兵を送っている。
早急に考えをまとめなくてはならない。
「クジャタは五年前に王が変わり、今は商業に力を入れている。そして、商人の流入を促進するのは道の整備とインフラを整えているのだったな?」
「確かその筈だ」
執務室で考えをまとめながら、確認にブルームに問いかけると彼は頷いた。
隻眼を彷徨わせるように室内を見渡して、一つ頷き立ち上がる。
「クジャタの港町に補給基地を借り入れよう。そこからカナトスに物資を運ぶ」
「カナトスについてからは良いだろうが、移動の最中はどうする?」
「ルート上にある帝国の各領主に通行許可をもらい、ついでに糧食の提供を求める」
「脅すのか?」
「金銭は払うさ」
軍事力を持った相手が欲しいと告げればそれは脅しと同じこと。
潜在的な敵を作ってしまうかもしれないが、ロスカーンの治世が悪い今は玉虫色は通用しない。
ただでさえ重税だったのに、兵を動かし二回とも退けられてそのしわ寄せは民や各領地に向かっている。
結果、兵を退けた私を憎む者もいるだろうが、自分たちの生活はまるで変えずに税だけ重くするロスカーンのやり方に反感を抱く者も多い。
そこに私が軍を引き連れて通れば、反応は大きく分けて二つだろう。
私の側に付くか、敵対するか。
だが、帝国領主たちもいい加減決断する時期が来たのだと思う。
帝国に与したままで行くのか、それとも反旗を翻すのかを。
私にも帝国にも与したくないならば自分で立つなりする必要はあるのだ。
それが領地を守ると言う事だろう。
まあ、私が言えた義理でもないのだが。
ともあれ、方針を定めてしまえば話は早い。
今の私にはそいつを実行するだけの力はあるのだから。
しかし、それはよく考えれば恐ろしい事でもあるな……。
だが、それだけの力があればこそ帝国領主の反応がどちらに転んでも切り抜けられると踏んだのだが。
どちらにせよ、何とかカナトスにたどり着くことは出来そうだ。
※ ※
定めた方針に従い私が援軍を伴いカナトスに向かったのはそれから五日後の事だ。
これでも急いだし、実際に早い方だろう。
道中の障害は思ったほどではなかった。
或いは、この障害のなさは領主たちが帝国の将がカルーザスと知っていたためかもしれない。
カルーザスと私が戦いどちらかが勝てば、勝った方に付くと言う考えがあれば、今この時に問題を抱えようとはしないのだろう。
それは消極的とも言えたが、今の私にはありがたい判断であった。
私の方も、今問題を起こされるのは勘弁してもらいたかったからだ。
さて、これも利害の一致と言えるのかどうか。
ともあれ、行軍開始から二カ月ほどでカナトス王国の軍と合流できた。
その数日後にはカルーザス率いる帝国軍も姿を見せ、時間的にはギリギリ間に合ったのだと実感した。
が、これこそがカルーザスの罠であったのかも知れない。
ロガ王を名乗る私さえ死ねば帝国の内紛は鎮圧できる可能性が高い。
ならば戦場に引っ張り出して直接叩くくらいはカルーザスならば行うだろうから。
だが、私のその考えがまだ甘かったことを知るのはそれから十日ほど過ぎた頃だ。
ロガの地の主要都市ルダイに向けて帝国軍が軍を向けたと報せが来た。
その数は三万ほどだが率いる将が問題だった。
ルダイ攻めを指揮するのもカルーザスだと言うのである。
カルーザスが二人もいる?
或いは彼に近しい人物がどちらかを指揮している?
この報告をどう捉えれば良い?
偽報か? 罠か? それとも事実なのか?
頭の中をぐるぐると思考が巡るが結局答えが出ないまま戦端が開かれてしまった。
私の混乱がどれほどのものか、分かってもらえるとは思えない。
それほどの狼狽し、混乱しながらも私はやるべき事だけは分かっていた。
分かっていたが……これはカルーザスの術中にはまっていたのだろう。
彼は紛う事なき戦の天才だという事実を突きつけられた。
だが、その天才ぶりは戦術的な面でのみに限られていたことが、私にとっては不幸中の幸いであった。
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