第30話 後始末と新たな動き

 クラー領の内紛は終結した。


 テランスさえいなければ、現領主エタン殿と率先して事を構えようとする者はいなくなる。


 テランスがいればこその内紛だった訳だが、それはテランスの死で終わりを迎えた。


 補給物資はほとんど無傷でクラー領内に届き、そのまま復興の支援物資に変わった。


 食事を領民に与える事で生きのびさせ、いつもの生活に戻してやらねばならない。


「帝国に言われたら悪びれずに言えば良いのです、王を名乗ったお調子者に懇願して物資を送ってもらったと。これも帝国軍の動きが鈍かったための苦肉の策とでも」

「それは、流石に……」

「難癖をつけられて、またクラー領が荒廃するのは忍びない」


 そうエタン殿に伝える。


 私自身がクラー領を訪れたのは伏せてある、そうであれば幾らでも言い訳はできる。


 私を、ロガ王を名乗った反逆者を頼ったのではなく支援がなかった為の苦肉の策であるとか。


 それは隣接するヴィラの領主にも伝えてある。


 あくまで利用しただけであり、敵の物資を向こうから差し出させた策であると言う体を装うのだ。


 無論、疑いは持たれるだろう。だが、帝国には負い目がある。


 内紛状態になっても捨て置いたという負い目が。


 負い目と二国に国境を侵す準備のある東方の窮状を考えるとクラー領にもヴィラ領にもおいそれと手を出さないだろう。


 それは、ローデンが無事な事からも伺い知れる。


 最も、あそこを攻めればカナギシュがまず動くであろうが。


 そうすれば私に恩を売れることをカナギシュのファマルならば考えるだろう。


 それに、サンドラを置いていったギーラン殿が別れ際に教えてくれた。


 ゴルゼイ元将軍は今ローデンに向かっていると、この後は自分も向かい彼の地の防衛にあたると。


 これは心強い。


 ゴルゼイ元将軍もローデン地方の守備任務に就いていた人物、彼の地については詳しい。


 そして、その用兵は並の者では歯が立たないだろう。


 帝国もこの時期にわざわざカルーザスをローデンに向ける愚を犯さないだろうし、向けたとしてもゴルゼイ元将軍ならばそれなりの時間持ち堪えることが出来る。


 ローデンは遠い。


 その距離とゴルゼイ元将軍の時間稼ぎがあれば、下手したら帝都ホロンを陥落させるに十分な時間を作れてしまいかねない。


 ロスカーンがそれを望もうとも、他が許さないだろう。


 コンハーラやザイツ、そしてギザイアが。


 それらの事情から私はこれ以上クラー領に留まっても返って害にしかならないと判断して、エタン殿に別れを告げてロガの地に戻る事にした。


 戦いの後はさほど大きな事件はなかったが、ささやかな出会いはあった。


 ガラルは異母兄弟のシメオン、ロジェと対面を果たした事だ。


 非常にぎこちない空気の中での対面は、しかし、最後には多少は打ち解けた空気になっていた。


 時間が解決するのか、或いはこのままなのかは私には分からない。


 ただ、話も何もないよりは良かったのではないかという思いはある。


 ガラルはシオメンとロジェと共に二番目の妻となったアーヴェの墓前で事の顛末を報告したようだ。


 そして、第四子、第五子、そして第六子にそれぞれ対面して何かあればロガの地に頼りに来ると良いと言い添えていた。


 彼はこの地においては長子であるという自負が芽生えたのだろうか、精力的に動いていた。


 とは言え、伯母上の手前、置いて行く訳にはいかないから私が戻る際にはガラルも伴ったのは言うまでもない。


 サンドラは今回の作戦ではあまり箔が付かなかったと幾分自嘲気味に笑ったが、テランスの性格を読み切り、また情報の漏洩を見抜いた点は優れていたと伝えて慰めた。


 マークイ殿とアレン殿とは、結構頻繁に酒を飲む様になり、友好関係を結べている気がする。


 リウシス殿一行は、どうもテランスが行おうとしていた行為に注目して情報を集めていたが、実りはなかった様だ。


 だが、アレはもしかしたら死霊術の一環ではなかったのだろうか?


 そうなると詳しい人物に話を聞いた方が良いだろう。


 そんな事を考えながらロガの地のルダイに戻ると次の騒動が巻き起こっていた。


 帝国がカナトス王国を攻めようとしている動きがあるのだという。


※  ※


 カナトス王国はアルスター平原の戦いで私に援軍を送った。


 それは帝国に対する挑戦と受け取られるであろうが、黙っていれば到底払えぬ金額の賠償金を帝国が請求してきたのだから仕方ない。


 いずれはそんな日が来ると思っていたが、ロガではなくカナトスを攻めるとは……。


 立地を考えれば分かるが、カナトスはナイトランドとロガの間に位置するような形だ。


 その中央の国を攻めた場合、素早く攻め落とさねば左右より援軍が着て包囲される恐れがある。


 よほど電撃的に落とせる自信があるのか、或いは援軍を足止めする策でもあるのか……何も考えていないのか。


 ナイトランドとロガはまだ正式な盟を結んでいないとはいえ、カナトスとナイトランドはともにアルスターに兵を出したのだ、援軍が来ないなどという甘い読みはしない筈……。


 いや、確かに援軍の到着には時間がかかるだろうが、下手に戦線が膠着すればパーレイジやガザルドレスも動き始める状況で良く動いたものだと思う。


「カナトス攻めの将、それにその兵数はいかほどで?」


 私が問いかけると伯母上が一瞬の間をおいてから告げた。


「敵将はカルーザス将軍、その兵数は六万に満たない数と聞いてます」


 ――ついにあいつが動いたか。


 カルーザスが動いたとなれば厳しい戦いになるだろうし、場合によってはこれは私を戦場に引きずり出すための策だと考えられた。


 だが、カナトス王国を見殺しになど出来るはずはない。


「まずは、シグリッド殿には騎兵部隊を指揮していただき、先遣隊としてカナトスに派遣する」

「――宜しいのですか?」


 シグリッド殿が遠慮がちに告げるので、私は肩を竦めて告げた。


「宜しいも何もカナトス王国とナイトランドとは一蓮托生、何処がつぶれてもゾス帝国に飲み込まれるだけだからね」

「ロガの守りはどうする?」


 叔父上が珍しく不意に問いかけて来た。


「無論、駐留部隊は残しますし、傭兵部隊も雇う必要はありますが」

「駐留部隊の指揮は私がりましょう」


 伯母上の言葉に頷き、アントンを見やりながら。


「ならば伯母上の補佐をアントンに頼む。それと、今一人くらいは……」

「ならば、私が残りましょう」


 そう告げたのはサンドラであった。


「功を上げたいから援軍の方に向かうと思っていたが?」

「この急激な動き、そして敵将がカルーザス将軍と言うのが少し引っ掛かります。ただ、感のような物なので……」

「分かった、ならばサンドラ殿には残ってもらおう」


 私が頷くとサンドラは少しだけ不思議そうな顔をした。


 それから、仰せのままにと頷きを返した。


 そして、リウシス殿とコーデリア殿を見やり告げる。


「君たちには私と共に出陣してもらう。カルーザスを撃退できれば、ナイトランドに向かう必要もあるし、道案内も必要だから」

「正式な同盟の締結か?」

「ああ。それにテランスのあの奇妙な術は……死霊術だと思える。ジャック殿に問うてみたい」


 ああ、リッチのと頷くリウシス殿。


 テランスの名が出た瞬間に伯母上の表情が僅かに険しくなったが、それはすぐに消える。


 思うの所があったのだろうと考えた矢先、コーデリア殿が私に飛びつくような勢いで言った。


「アタシも行って良いんだね! ね!」

「……そう言ったじゃないか」


 私の手を取ってぶんぶん振り回す様に握手する彼女を見やりながら、思わず苦笑した。


 この彼女と、まさかあんな事になろうとはこの時は考えてもいなかった。

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