隻眼のウォーロード、或いは連合元帥ベルシスの憂鬱

連合元帥への道

第1話 カナギシュ王宮のベルシス

 私はカナギシュ王国の王宮にエルーハ共々招かれた。


 正直に言うと、何かしらのアプローチはあるかなとは思ていたけれど、随分と直接的な手段で来たものだ。


 まさか、現王テサ四世が自ら私を迎えに来るなどと考えてはいなかった。


 宮殿に招かれたとはいえ、まあ、猜疑の目を向ける者達が大半なのは当然と言えた。


 いかに竜人を連れていようとも、ベルシス・ロガが……。


 歴史の書に記された四百年前の人物を名乗る男を、当人として満場一致で招き入れられる方が私には怖い事と言える。


 だから、疑われる方が安堵すると言う物だ。


「しかし、王自ら迎えに来るとはなぁ」

「アンタの存在が大きいと思うよ、エルーハ」

「どうかのぉ、竜人も金に困れば詐欺の片棒を担ぐなんて言われておるかもしれん。何せ、資本主義の世の中だ」

「金を持っている奴が強いなんてのは今も昔も変わらんと思うがねぇ」


 控室で待たされている間、エルーハとそんな話に興じていた。


 カルーザスについて聞きたいことは幾つも在ったが、この場では止めて置いた。


 後でゆっくりと聞きたい。


「それはそうと……聞かんのか? 我が吾子について」

「……ゆっくりと聞きたかったんだがね。私が去った後の奴さんの生涯、短くは無かったんだ、聞くべきことは多々あるだろう?」

「お前のいなくなった後の世では、何人も我が吾子に届く者はおらなんだからな」

「私がいた所で届くとも思えんね。私が互角に戦えたのはロガ軍の組織力があってこそ」


 そう肩を竦めるとエルーハはまじまじと私を見やって告げる。


「時代を超えて現れたと思ったら、またそれか。前々から思っておったが自己評価の低さはどうにかせよ。今の世でのお前の評価の高さに度肝を抜かれるぞ」

「勘違いと錯誤から生まれた評価かい? 冗談じゃないよ……」

「たとえそれが錯誤でも、ベルシス・ロガならば或いはと言う思いを抱かせる存在がお前だ。自分自身を見誤るなよ?」


 中々にハードな事を言う。


 前に置かれたコーヒーカップを手に取って一口すすると、苦みと酸味が程よい刺激として口の中を駆け巡った。


「遅いな」

「存外に我らの会話を聞いてるのかも知れんぞ。或いは、お前を知る者に確認を取っているのか」

「今更かい? 確認が取れると言うのならば城に招く前に取るべきだろう」


 良い豆を使っているんだなと思いながら再度コーヒーを口に含む。


 こいつに蒸留酒を垂らしても美味いんだよなぁ。


「過去の覇王が縁あるとはいえ異国の危機を前に現れた、となると前例はないだろうからな」

「……前例があったら自分の境遇をもう少し早く把握できたよ」

「それもそうか。……お前はどうするつもりだ?」

「カナギシュ王国の国難に? 私個人で出来ることは今は無いよ。私は言わば過去の亡霊、今の戦もろくに知らず、各国の情勢も新聞に書いてある事くらいしか知らない。兵站の運用管理を考えた所で今の技術を正確に把握せねば碌な事にならない」


 かつては覇王などと呼ばれたけれど、今となってはただの素性不明な一般人。


 まあ、素性不明な者を一般人と言うのか知らないけれど。


 私の言葉を聞いて眉根を寄せたエルーハは、訝しげに首を捻った。


「ならば、何故カナギシュ王の招きに応じた? いや、何故我に新聞の尋ね人欄で呼びかけた?」

「そりゃ、何かしたいからさ。竜の魔女たるエルーハの言葉の重みがあれば、それなりの要職に在り付けるかもしれない。無理でも、私一人がグダグダと言うよりは影響が大きいと踏んだ」


 タナザの横暴は私が来た時には既に始まっていたし、あの国がオルキスグルブの後継であろうことは察していた。


 だからと言って、私が名乗り出て協力を呼び掛けた所で何の意味があるだろう?


 歴史書に名を連ねているような存在がやってきたと言って信じる者がまず居るはずがないのだ。


 狂人のたわ言と断じるか、何らかの詐欺を疑うのが当然の状況。


 それでは適当にあしらわれるか、下手すれば捕らえられるだけだと言う事は私にだってわかる。


 だから、エルーハを頼った。


 古い新聞の記事にその名と写真が載っていたことに気付いた私は、早速尋ね人を探す欄に投書したのだ。


 『竜の魔女エルーハ殿へ。古竜の教えを受けた私を覚えておいででしょうか? 宜しければ一報いただければ幸いです』と。


 ある意味暗号めいた文章だが下手にベルシス・ロガの名を出す訳にはいかなかったし、古竜などと言う呼び名は竜人にしか使わない筈だと考えての事だ。


 少し時間はかかったがエルーハは訝しく思いながら文を寄越して、そこから手紙でのやり取りが始まった。


 直接会うまでは偽物の疑念は拭いされなかったらしいが当然の話だ。


 いくら過去の出来事を知っていようとも私であると言う証明にはなかなかならない。


 エルーハが疑うのは当然と言えた。


 それを思えば、やはりカナギシュ王テサ四世自ら迎えに来ることは想定できなかった。


 あまりにあまりな、私にとっては都合が良すぎる状況だからだ。


 だが、状況が予想外に良いと言う時には必ず裏がある筈、そいつを読み解けねば酷い目にあうだろう。


「我が居たからとていきなり王宮に招かれるとは思わなんだ。いかにカナギシュが藁をもすがるつもりでも、普通はない」

「ああ、普通はないね」


 それでもそんな状況になっていると言う事は、罠か普通じゃない状況が差し迫っていると言う事だ。


 タナザの宣戦布告以上に差し迫った状況などないように思えるのだが。


 そんな事をエルーハと話し合っていると、幾人かの軍人が部屋に入って来る。


 カナギシュ軍の制服に身を包んだ彼らの姿に私はある種の懐かしさを感じていた。


 彼らの醸し出す雰囲気、気配は私が嘗て構築した情報網の目と耳によく似ているからだ。


 つまりは間者、今の時代で言えば情報部の者達であろう。


「カナギシュ王国軍情報部に籍を置くヴィルトワース少佐です。早速ですが……」


 彼らの中心に立つ金髪の女性士官が鋭い双眸を向けて口を開く。


「あなた方を騒乱罪の容疑で逮捕する、そう申せばいかがいたしますか?」

「驚くに値しないが騒乱罪ですか、少佐。ベルシスを騙る詐欺師として捕まれども騒乱罪になりましょうかね?」

「カフェテラスにて決起集会を行っていた、という指摘もありますが?」

「各々の仕事を頑張って生き抜こうと語る事が決起ですか?」


 突然の言葉だが、実は驚くに値しない。


 私が何であれこの程度の問答で肝を潰すようでは話にならない、さてどの程度の心臓か彼女は測っているのだろう。


 ゆえに私は席を立つ事もなく足を組んだまま言葉遊びの様なやり取りを数度繰り返した。


「……なるほど、隙の無い」

「私がベルシス・ロガであると言う証明は出来ていないのですか?」

「今していた所です。さて、どうですか、メルディス殿」


 懐かしい名前を聞き驚きに眉が動いたが、魔術師と思われる一人が持っている水晶玉に映ったその姿にさらに驚きを浮かべる。


「懐かしき事だ。なんとも人を食ったやり取り、正にベルシス・ロガ」


 そんな事を言うメルディスと呼ばれた少女はニコリともせずにそう言い切った。


 そう、水晶玉に映っていたのはメイド姿の少女型ゴーレムであった。

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