第二幕最終話 未来に生きる過去の覇王

 ナルバで目を覚ました私は当初は大変な苦労をした。


 何と言っても言葉は基本的に通じないし、殆どの常識を知らない訳だし本当に大変だった。


 飯に在り付けず、何処とも分からぬ土地で行き倒れの仲間入りかと思っていると、身なりの良い老夫婦が何かを語りかけてくれた。


「申し訳ない。言葉が通じないようなんだ」


 当初は押し黙っていたけれど、あまりに熱心に声を掛けてくれるから、通じないと知っていながら私は思わず告げた。


 すると、夫の方が一旦話すのを止めて何か考える様子を見せたかと思えば、徐に手帳にペンで文字を書きだした。


 手帳、凄いよね、紙がふんだんに使われているのにあの値段だぜ?


 私が知る時代なら考えられない。


 っと、話が逸れたが、その手帳に書かれた文字は私が良く知るゾスの言葉で、読めるか? と書いてあった。


 私は驚き、何度か頷いてから差し出されたペンを恐る恐る手に取って、腹が減ったと書いた。


 いや、そんな顔をしないで欲しい。


 誰だって飢えて死ぬ一歩手前でようやく言葉が通じる相手に出会ったのだから腹が減ったと伝えるのは当然だ、そうだろう?


 そこで妻の方が急いで近くのサンドイッチを買ってきてくれた。


 ハムとチーズの挟んである奴で大層美味かった。


 そんな感じでルクルクス夫妻に拾われた私は今のカナギシュの言葉を覚えて、大学の司書の仕事にありついたのさ。


 ああ、当然調べたよ。


 私がギザイアと相打ちに終わってから何が起きたのかを。


 ゾスが帝政から共和制に移行した事、初代首長がカルーザスになった事。


 あのウオルが……従兄弟甥がバルアド大陸でカナギシュ王朝を開いた事。


 カナギシュとオルキスグルブの激しい戦いの顛末。


 多くの知り合いがオルキスグルブとの戦いに果てた事。


 歴史の大きな流れは知りえたけれど、私が知りたかった個々人がどうなったかを知るのは難しかった。


 コーデリアは、アーリーは、フィスルはどうなったのか。


 リウシスやシグリッド殿はどうしたのか。


 マークイやアレンなどの勇者の仲間たちはどこに行ったのか。


 ま、時の流れってのは重たいもんだってのは良く分かった。


 家族についてだけは分かっているのが幸いだね。


 ロガはガラルが継いで幾つかの文化の発祥の地になったと知れたのは本当にうれしかったよ。


 戦しかできなかった私よりもきっとうまく治めてくれただろうと思う。


 アントンはガラルをよく支えたようだしね。


 アネスタとウォレンがバルアドに渡らなかったのが意外だけれど、ファマル・カナギシュが渡った事の方がはるかに意外だったよ。


 それにリチャードも。


 私がギザイアと相打ちになった所為かもしれないとは思ったさ。


 おいそれと戦場で死ぬもんじゃないね、全く。


 ゼスやブルーム、ギェレが将軍になる未来は私が生きていても変わらなかったかなとは思うけど。


 意外なのはカナギシュ王国の重鎮にクラー家の者やトルゥド家の者までいた事だ。


 変に処断しなかったことが生きていると思うと嬉しくなった事を覚えている。


 え? サンドラが軍師の地位にいることについて?


 当たり前すぎて特に何か言うことは無いかなぁ、息を吸うように謀略を生み出した才と人間としての感性のバランスが良かったから大軍師と呼ばれるのは納得物だよ。


 ……まあ、ね。


 もっといろいろと話すことは出来るし、過去に逃げ出したい気持ちも分からなくはない。


 テサ四世陛下は下手したら自分の首一つで事を収めようとなさるかもしれないね。


 でも、タナザはそれだけでは足らないと突っぱねると思う。


 その時、どうするか。


 軍事力は明白さ。


 でも、数ばかりが戦の勝敗を決めるって訳じゃない事は今話した通り。


 まあね、昔の戦争だけどね。


 でもねぇ、私は嫌だねぇ……生き残るために誰かを死体にしてタナザに供物のように捧げるのは。


 死んだ後くらいゆっくり寝かせてもらいたいものさ。


 死んでからも働かなきゃいけないなんて地獄じゃないか。


 家を捨て逃げ出せるならばとうに皆逃げ出しているだろう? でも、こうやって私の前で話を聞いている。


 そうそう国を捨てられやしない、受け入れ先すら不明なのだから当然だ。


 だから国の為じゃなくて良い、王の為じゃなくて良い。


 家族と自分の尊厳の為に、戦わなきゃいけない時が来たんだと思う。


 この戦いって奴は何も兵士になれって話じゃない、兵士を運用するのには日常が大事なんだ。


 そう、日々の生活だ。


 兵士には兵士の、パン屋にはパン屋の、カフェの主人にはカフェの主人なりの戦いがある。


 恐怖との戦いになると思う、だけれども自棄を起こさず日々を生きるんだ。


 私たちが生きている事こそが、あの死人使い共に対する最大限の抵抗なのだから。


 そりゃ死体にならなきゃ操れないからねぇ。


 っと、少し騒ぎを大きくしすぎたかな?


 なんか、きな臭い感じの馬車が止まったね。


 ――きな臭いって言うか、あれ王宮の馬車? マジで?


 いや、うーん……。


 この情勢下でね、こんな話をぶち上げたら情報部とかの目に留まるとは思っていたんだけれども。


 まさか、貴方がいらっしゃるとは思いもしませんでしたよ……国王陛下。


<第三幕 隻眼のウォーロード、連合元帥ベルシスの憂鬱に続く>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る