第2話 ベルシスの証明

 顔立ちがまさしく精巧な人形のように整った少女が水晶玉に映っている。


 メルディスと呼ばれ、私の存在を知っているそぶりを見せる彼女は本当にメルディスなのだろうか?


「まるで変わらんのぉ、ベルシス」


 だが、喋り方はあの影魔のメルディスそのものだ。


 声の質と言うか声音は大分違うが、語り方は記憶にあるメルディスそのものだ。


「お前さんは大分変ったな」

「変わらざる得まいよ。あの後、どれ程の修羅場が訪れたか貴様に分かるか? 分かるまいな、お主には」


 王が、夫が先に逝ってしまう等、残された者達には絶望でしかなかったとメルディスは幾分恨みがましく告げる。


「そうは言うが、他に手立てがなかった」

「だからと言って蛮勇を振るう必要もなかったであろうに」


 淡々と言葉を紡ぐも、メルディスは大層怒っているように見える。


 そのメルディスは盛大なため息をついてから話題を変えた。


「……フィスルを覚えているか?」

「妻の一人だ、忘れるはずもない」

「お主の死後に大層荒れおってな、最終的には勇者の小娘と一騎打ちよ」

「……何だって?」

「そこですっきりしたのか漸く落ち着いたがな。一時のギスギスした空気は堪らんものがあった」


 うっ……。


 そいつは私も嫌だな。


 ……確かに取り残される者達の事は考えていなかったけれど、そんな事態に陥るとは思いもしなかった。


「一騎打ちの結果は? 二人とも無事なのか?」

「ああ、無事だ。そしてお主の嫁は三人とも手を取り合って旅立った。いや、嫁ばかりではない、勇者とその仲間たちは全て旅立った。ベルシス・ロガを追う旅に」

「わ、私を追う旅?」


 青鉄色の瞳を向けながらメルディスは言葉を紡ぐ。


「時を超えるベルシスを追う、それが三柱神より勇者に与えられた使命であったそうだ。にわかには信じがたい使命。だが、死体も残っておらなんだからな」


 来たるべき危機に備えてお主が旅立ったとした方が、残された者達の精神安定には良かったのだとメルディスは漸く口元を歪めて笑った。


「神殿勢力が嘘を?」

「託宣は事実。であればこそ、儂も造られた身体に魂を移したのじゃ。ジャックがおらねば到底できなかったがな」


 魂語りのジャック、ナイトランド八部衆の一人にしてリッチたる者。


「そうだ、ジャック殿はタナザの蛮行をどう見ているのだ?」

「忌むべきモノとしているがな、あの爺もだいぶ耄碌しておるからな」


 リッチも耄碌するのか? そんなアホみたいな感想を覚えたが今はそれどころでは無い。


「ナイトランドは、どう動く?」

「動かんよ。別の大陸の国の戦いだ、何ゆえに我らが動く?」

「カナギシュは従兄弟甥が作った国だ。オルキスグルブを打ち破ったウオルの国だ。どうにか手を貸してはくれないか? 私一人いた所で意味は無いんだ……」


 そう告げるもメルディスは表情一つ動かさずに私を冷ややかに見ていた。


「じゃが、お主は我らを置いて命を捨ててギザイアを討った。先に見捨てたと言えるのではないかな?」


 その様に言われてしまえば返す言葉もなかった。


 皆を守るためにと意を決した訳だが、王になった者の行いとしてはあまりに無責任であったかもしれない。


 だが、そうであろうともあの場では動かざる得なかった。


「軽率であったのは事実だ。だが、命を賭したウォードの行動を無意味な物にはできない。私はゾスの将軍であり、ロガの王となったベルシス・ロガである。同じ状況になれば同じ行動をとるだろう」


 ゆえに、これで決裂かと覚悟を決めながらメルディスを見据えてそう言い切った。


「……カナギシュの者どもよ、これがベルシス・ロガじゃ。情報を操り策謀を用いるが第一は戦場の兵士と共にある将軍じゃて。どう扱うかはお主ら次第だが、儂は相応のポストに就けるべきじゃと思うが?」

「第一は将軍……なるほど、そこに重きを置いていると」


 メルディスの言葉にヴィルトワースと名乗った女性士官が応じた。


 そして、声を張り上げて告げたのだ。


「と言う事でございます、セオドル閣下!」

「ああ、聞かせてもらった」


 そう告げて部屋に入ってきたのは口髭を蓄えた壮年の男だ。


 まとう衣服は上等で、相応の権力者であるように見えた。


「セオドルとな? なれば、王族の一人か」


 エルーハが感嘆の声を上げるも、セオドルはまっすぐに私を青い瞳で見据えている。


 彼の色素の薄い蜂蜜色の髪はウオルを思わせる、或いは従弟のアントンを。


「……不思議な物ですな、明らかに年下にしか見えない貴方が随分と年上に思える」


 セオドルはそう告げて息を吐き出した、重たいため息だった。


 重圧に晒され続けた挙句に、どうしようもない問題が降りかかったとき、私が吐き出していたような重たい溜息。


「カナギシュは追い込まれております。どうかお知恵を拝借したい」


 息を吐き出す事で私に対する疑念を振り払い、彼はそう告げた。


「私の知恵など高々知れているし、現状を碌に把握できていない。それでも良いのであればお手数だが、現状を教えていただきたい」


 他国がどう振舞う予測を立てているのか、どこに手を借りられそうなのか、自軍の士気はどの程度なのかを知りたいのですと言うと、セオドルは重たい口調で話し始めた。


 彼らには私と言う時を超えた存在と言うペテンじみた話にすら縋りたいほどに追い込まれているのだとそれだけで分かった。

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