第3話 カナギシュの現状
セオドル・カナギシュ、情報部の統括などを行っていると告げた壮年の男は新聞で見た顔である。
その彼が説明するのはカナギシュ王国の現状。
周辺国家の大使は観光に来ている自国の民を見捨て既に逃げ出している点、タナザの宣戦布告に現王テサ四世は即座に降伏を申し入れるも事実上拒否されたことなど聞かされた。
しかし、タナザの軍隊が期日までに回答無しとして宣戦布告と同時に攻めてくるにはカナギシュ王国の西に隣接するローサーン国を通過する必要がある。
ローサーンはタナザほどの軍事力は無いかもしれないが、自国に他国の軍隊を招き入れるような真似をするのだろうか?
私はそんな疑問を口にするとセオドルは小さく息を吐き出す。
「ローサーンも数多の騎兵を揃えてカナギシュと覇を競った時期もある古豪。それでも、タナザの軍事的圧力には抗しきれるものではなかった。それに極端な種族主義者のグループが幾つか跋扈しており、挙国一致と言う訳にはいかないのですよ」
「味方になりえる勢力はいないのですか?」
「どこかと手を結べば、必ずどこかは激しく敵対する。腹を括って手を結ぶにしても種族間の争いをカナギシュ国に持ち込みかねない」
それにどこと結ぶにも一長一短、悠長に選ぶ時間は無いが手を結んだからと言って本当にタナザと戦ってくれるのかは分からない、それがセオドルの説明だった。
何とも厄介な相手だ。
だが、カナギシュより後方の……つまりは東方の国々は手を貸そうとはするまい。
タナザの脅威を感じているであろうカナギシュよりは西側の国々に助力を請うのが成功率は高そうだ。
「ローサーンの事情は分かりましたが、その他の国々はどうでしょうか? 主に大陸の西側の国々は……?」
表立ってタナザと事を構えようと言う国はいないでしょうが、水面下で支援してくれそうな国はありますか、と問う。
セオドルの答えは端的に無いでしょうと言う物だった。
「異大陸の古の強国も動いてくれませんしねぇ」
私は未だに魔術による投影が行われて会話可能な状態のメルディスに当てこすりのように告げた。
「あのなぁ……。動かぬつもりならばそもそもお主と言葉を交わしておらん」
「だろうね」
「知ってて言いおったな……」
軽口でも叩かないとやってられないような状況が見えて来た。
それにナイトランドがどれほど動いてくれようとも、ガト大陸とバルアド大陸を結ぶのは航路のみ。
軍隊を派遣すると言っても一朝一夕で済むはずもない。
カナギシュに欲しいのは即戦力だ、本当の意味での即戦力。
「とりあえず、ローデンのベルシス教徒には儂から伝えておくが」
「何だよ、ベルシス教徒って……」
「隻眼のウォーロード信仰は彼の地では有力な神殿勢力じゃぞ」
……マジか? ローデンは一体どうなっているんだ? ……考えたくねぇ。
「邪悪を討つのに身を捨て、なおかつ使命をもって未来に旅立ったとする説明を神殿勢力がすれば、それは信仰の対象にもなりえるな」
黙って聞いていたエルーハがぼそっと告げた。
……よ、余計な事をしやがって……。
大体、コーデリアとかリウシスとか旅立ったってどこ行ったんだよ!
時を超えるなんて出来るはずない……ん? 待てよ。
私は少し大人びたコーデリアを見た事があった。
頬に傷を作ったコーデリアをロスカーンとの戦いの前に見た気がする。
いや、流石にアレは夢を見ただけだろう。
こう、色々と欲求が高まっていたに違いない。
……やめよう、今はカナギシュについて思考を集中させなくては……。
「セオドル閣下、ローサーンのどの相手と手を結ぶかリストアップはしてあるんですか?」
「一応は。だが、どこと手を結んでも」
「敵は増えますし、イデオロギーの対立を持ち込みかねません。ですが、国そのものがなくなる……いや、タナザにカナギシュ国民の死体の山を差し出さねばならなくなるよりマシの筈」
こんな物は優先順位を付けてとっとと決めていくしかない。
国民の死とイデオロギーの輸入ならば後者の方がマシだ。
「……確かに、死んでしまえば思想も何もない」
「過激な思想が蔓延ればやはり人死にが出ますからね、恐れるのは分かります。ですが、このままでも人が死にます、無意味に」
「どうも、私は平時の官吏のようだ。急ぎリストを」
「はっ」
セオドルは腹心らしいメガネをかけた若い男にそう告げると、その男は踵を返してその場を離れた。
「ベルシス・ロガの方針は、味方を多く集めると言う事でしょうか?」
ヴィルトワースと名乗った女士官が静かに問いかけえる。
「タナザの詳しい軍事力は知らないけれど、数が居なくちゃ戦は始まらないからね……タナザは死霊術を用いた死体の軍団、狙うは当然術師か……鉄砲撃ちの上手い奴で部隊を作って撃ち抜けんかねぇ。狩猟の名人とかも連れてきて」
「軍と民間混成の狙撃部隊の運用ですか? 一部の反発はありそうですが不可能ではないでしょう」
「それが一番楽に倒せるんだけどなぁ、ネクロマンサー」
当然ながらその対策を取っているだろうけれどねと私は無い知恵を絞っていると、セオドルの腹心がリストを持って戻ってきた。
「……その条件に合う者たちがローサーンにいる。山間部で猟をして生活しているカゴサと呼ばれる民だ」
「思想的には穏当です?」
「思想的には中立だ。山から山を追われる立場ゆえな、定住の地を欲している位の話だ」
「……渡せますか?」
国土の割譲はおいそれと出来る事じゃない。
国土を争って戦にもなるくらいなんだから、ほいほい渡す馬鹿はいない。
「国が消えるよりは、彼らの安住の地を作る方が有益ではあろう。ただ、王の裁可なくば進められん話だが」
それはそうだと頷きながら、私は俄然、カゴサと呼ばれる民に興味を持った。
彼らが仲間になってくれるならば心強いんだけれども。
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