第66話 皇帝出陣

 いよいよもってゾス帝国の終焉が近づいたか。


 軍もろくに指揮した経験のないロスカーンを主将にザイツやコンハーラが副将となり総勢十五万の軍勢が我が方に向かっていると言う。


 先の戦いで傷を負った私たちの二倍に近い数は、普通ならば脅威でしかない。


 しかし、私は然程恐れてもいなかった。


 何故なら既にゾス帝国軍はテンウ、パルド、セスティー、そしてカルーザスに対して兵員を割いている。


 今更十五万の兵士をどうやって手に入れたのかを探ると思いもよらない方法で揃えて来たからだ。


 思いもよらないと言うより、思いついても無駄な足掻きなのでやらない類の。


「退役者どもを集めたか?」

「いや、どうやら適当に人員をかき集めた様だ」

「は?」


 新たな敵に対してどのように対処するかの軍議の席、リウシスは私の答えを聞きあんぐりと口を開けた。


 彼とて戦の経験は少ないが、それでも兵士たちと共に戦い、彼らがいかなる訓練を経て兵士たりえるかを肌で実感している。


 リウシスにしてみれば、あきれてものが言えなくなるのも当然だ。


「それは、民衆を盾に?」

「武装させてしまえばそんな言い訳も出来まいよ。ただ……正直怖くはないが面倒だ」

「でしょうね……」


 シグリッド殿は最悪を想定して問いかけたが、そうでは無い事を伝えると困ったような顔をしていた。


 こんな愚策を打って来るとは思いもよらなかったのだろう。


 武装して戦場に立てば兵士と何も変わらない、どれ程練度が低くとも敵である我らには関係がない。


 いや、これが国を守るために民衆が発奮して集まった者達ならば話は別だ。


 或いは投獄された者に働き次第では恩赦を与えるとすれば、やはり警戒せざる得ない存在になるが、今回は違った。


「みんな自分たちで考えて来たの?」

「いや、強制徴収らしい」

「何それ……」


 コーデリアが問いかけると、周囲の様子が少し変わった。


 義勇兵ならば士気が違うからだが、私はそうでは無い事を伝えるとコーデリアも皆も一気に気が抜けた。


「私が面倒という意味が分かるかい?」

「一戦して蹴散らそうものならば少なからずの恨みが生まれます」

「私は帝国兵の血を多く流している。これに加えて徴収された民衆の血まで流したとあっては後々の禍根になる」


 終わりが見えている。戦の終わりが。


 なればこそ余計な流血を避けねばならない。


「決戦に訴えない何か良い案はないか?」


 私が問うと皆が沈思する。


 暫し時間が過ぎて最初に口を開いたのはコーデリアだった。


「夜陰に紛れて少数で皇帝に奇襲をかける?」

「陣立て次第では可能な策だな。士気低く訓練を碌に受けていない者達ならば然程障害にならんだろうし」


 私とコーデリアの会話を聞いてサンドラが口を挟んだ。


「その案自体は悪くはないですが、少し危険です。少しばかりかき回してやってから実行すべきでしょう」

「かき回すとは?」

「戦うと見せかけては退き、退くと見せては戦うと言う風に揺さぶりをかけてやるのです。練度の低い兵士ならば必ずや疲弊し、疲弊はなくとも油断が生じましょう」


 ふむと頷くとリウシスが片手をあげて発言した。


「いっそ、逃げてやるのはどうだ?」

「正規兵相手ならばそうしました。逃げて、逃げて、逃げた挙句に要害に誘い込みこれを討つと。されど兵士と言うより民衆とでも呼ぶべ相手が大半であれば今の策で十分でしょう」


 サンドラの言葉に皆が頷くと、それで方針は決した。


※  ※


 幾つかの事柄を話し合いが終われば、リウシスやマークイ、アレンらにドラン殿とジェスト殿を交え軽く酒を飲んだ。


 カルーザスとの一戦を終え、再編も終わった。


 ロスカーン相手に一戦を交えるまでには時間があったので、兵士の息抜きの時間を作る。


 その過程でこうして上層部と言っては変だが勇者とその仲間であり、なおかつ男連中だけ集まってささやかな酒宴の場を設けた。


 軽口を叩きあい、和気あいあいとしたささやかな酒宴は楽しいものだった。


 リウシスは大いに酔ってマークイに茶化されていたが、そのマークイだって大分酔っていた。


「随分とはしゃぎおるわい」


 ドラン殿が微かに笑いながらそんな二人を眺め、アレンがいつも通りすまし顔でワインを鯨飲しながら答える。


「終わりが見えましたからね」

「見えたが油断は出来んぞ」


 私の言葉にジェスト殿が左様ですなと表情を引き締めた。


 だが、すぐに相好を崩して。


「しかし、今くらいは宜しいでしょう」


 気を張りすぎても人は駄目になると言えば、ドラン殿も同意して豪快に笑いながら私の秘蔵の蒸留酒をがぶ飲みしている。


 半分以上飲まれているな……、まあ、良いけど。


 ともあれ、リウシスがあそこまで酔っているのは初めて見た。


 そんな事を考えているとアレンが言う。


「リウシス殿があんな様子を見せるとは思いませんでしたよ」


 マークイと肩を組んで互いに酒を酌み交わし、何だか良く分からない調子外れの歌を歌っている姿は、なるほどいつもの鋭さはない。ルダイの酒場辺りにいる陽気な太った青年のようだ。


「これもロガ王のおかげかも知れませんな。あの男は閉じこもりがちな所がありましたから」

「君たちだってそのうち仲良くなれたと思うがね」

「それはそうですが、時間は大分かかったでしょう」


 これもロガ王の威徳でありますかなとジェスト殿が笑い、釣られてアレンが笑うと不意にマークイが言った。


「アレンとベルシスも歌え!」

「そうだ、そうだ」


 へべれけに酔ったマークとリウシスが絡んできた。


 絡み酒か、面倒だなぁ……。


「絡むでないわ、ヘボ詩人! どれ、儂が歌ってやろう」


 そんなマークイに軽口を叩きつけて、ドラン殿が戦装束の淑女レディ イン バトルドレスを称える聖歌をがなりだす。


 なんだかんだとドラン殿も酔いが回っていたようだ。


 それから暫くは騒がしい中で酒宴を楽しんだが、リウシスとマークイは明日が辛いだろうなと思わずにはいられなかった。


 酒宴が終わり、自身の天幕に戻り眠る。


 明日は今日休めなかった者達を休ませ、明後日からは進軍を再開する。


 経路の確認と情報の取集が明日は主な仕事だなと考えながら簡素な布団に入り目をつむると、睡魔は程なくして訪れた。


 それから如何ほどたった頃合いか、気配を感じて目を覚ます。


「ごめんね、起こしちゃった?」


 私を伺うようにコーデリアが顔を覗き込んでいた。


「……どうしたんだい?」


 寝ぼけ眼で見上げる彼女は随分と大人びているように見えた。


 それに頬に傷がある、先の戦いで傷を負ていたのか?


「……うなされていたから様子を見に来ただけだよ」

「そう、か。私は大丈夫だよ。それよりコーディ、君は」


 身を起こしながら傷の事を問いかけようとすると、不意に彼女が抱き着いてきた。


「コーディ?」

「ありがとう、ベルちゃん。あたしは何処にいようと必ず見つけ出すから」


 どう言う意味か問いかけたかったのだが、彼女の声が涙声であったので問いかけることができなかった。

 

 私はただ、彼女の背を叩いてあやしてやる事しかできなかった。


 程なくして彼女は、戻るねと告げて私の唇に唇を合わせると天幕の外へと向かった。


 慌てて追いかけると、不寝番の兵士が見回りをしているだけでコーデリアの姿を見つけることは出来なかった。


 リアルな夢でも見たのかも知れない。

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