第65話 追い込まれた帝国
再編が始まった頃、天幕を訪れた我がメイドのメルディスがそうのたまう。
「同じ事柄でも伝え方によって印象が違ってくるものじゃ。ならば、帝都ホロンを始めとした都市部に我らの視点の戦況を伝えるべきじゃろう」
「帝国は二万騎の騎兵を繰り出すもロガ軍を止める事は叶わなかったと?」
「そうじゃ」
私の物言いでも間違いはない、単純にこちらの被害を伝えていないだけの話だ。
「それに二万騎の馬に食わせる飼葉はどうしておるのか? ロガ王、お主ほどの補給巧者がおるとは思えんが」
「短期決戦を目論んでの物ならば可能だとは思うが……。ただ、長引けば話は別だ。補給物資は必ずどこかで滞る。滞れば馬は使い物にならなくなるが現地調達なんてできる量ではない」
「カルーザスならば状況が変わったと騎馬を帝都に戻すかもしれんがのぉ。だが、この二万騎の騎馬と言う衝撃を上手く使わぬ手はない」
メイド服姿のメルディスは狐耳をピコピコ動かし実に喜々として謀略を語る。
やだよ、こんなメイド……と思わぬでもないが、メルディスだしなぁ。
とは言え、カルーザスも嫌な足枷を付けられたものだ。
二万騎の騎馬はメルディスが語る通り上手く運用されれば非常に大きな衝撃を与える。それほどの数の騎馬を揃える国力を内外に見せつける事にもなる。
ましてやその圧倒的な数と機動力で敵を蹂躙できれば、周辺諸国の戦意を挫いた事だろう。
だが、相対した私たちは傷を負ったがこれを凌いだ。これで状況は大きく変わった。
……戦争と言う奴は絶え間なく戦い続ける事など出来ない。
例え大国同士が百年戦争したとしてもひとつの戦場でずっと戦っている訳じゃない。
そもそも一つの戦場で戦い続ける意味がない。
今回だって帝都に攻め入ろうとするロガ軍を先手を打って帝国軍が迎え撃とうし、ここトプカで戦ったのだ。
勝敗が付けば、戦場は変わるのが普通。
まあ今回は双方痛み分けで、双方ともに継戦可能な状態なので再びトプカで戦う公算が高い。
それに、痛み分けに終わったあと兵の疲労を押して再編中の敵陣に攻撃と言う話もないでもない。
何が言いたいのかと言うと、戦は流動的なもので一度の戦いを凌げば彼我に戦力差に変わりはなくとも取り巻く周囲の状況が変わる。
状況の変化が二万騎の騎馬と言う衝撃的な存在が、今度は帝国軍の足枷となると言う事実。
考えてみて欲しい、二万騎の騎馬が食う飼葉の量は如何ほどだろうか。
サネイ川支流を用いた船の運用で大量の飼葉が届くにせよ、いつまでそれが維持できるだろうか。
そして、二万騎と言う騎馬を用いても我らは未だに敗北には追いやられていない事実。
それらを考えればカルーザスならば早々に足かせとなりえる騎馬を切り離そうとするだろう。
数千の騎馬を揃えたこちらだって、補給の工面は厳しいのだ、帝国領だからと言って簡単に工面できる物資量ではない。
そんな事を考えていたら不意に気づいてしまった。……帝都に近づくにつれて飼葉が手に入る可能性が低くなると言う事実に。
それはそうなのだ。だって、二万騎の騎馬を運用しているんだから帝都周辺の飼葉は全て持っていかれただろうと推測できるのだから。
……こちらの戦場で使う騎兵については減らさざる得ないな。
「……騎兵を方々に放って戦況を伝えさせるか」
「それが良かろう」
ぼそっと呟くとメルディスが頷く。
とは言え、大都市や帝都などにロガ騎兵が戦況を伝えるのは危険が伴う。
纏まった集団で動けば無駄に敵意を刺激してしまうし、少数では殲滅の危険が常に付きまとう、
どうしたものか……。
「……先の戦いで鹵獲した騎兵装備なんてあるかな?」
「はっ? ああ、そう言う事か……打ち捨てられていると思うがのぉ」
メルディスは一瞬妙な声を上げたが、すぐに私の意を汲んで肩を竦めた。
「では、幾つかの部隊に埋葬がてら取りに行かせよう」
少なくとも、帝国騎兵の格好をさせて一騎だけならばそこまで怪しまれないかもしれない。
情報を制した者が優位に立つ、ならば、伝令を放つ事も戦の一つ。
ロガ軍は二万騎の騎兵を凌ぎ未だに健在であると知らしめる。
その為には確実に我々の手で戦況を届かせねばならない。
ならば無策に死んで来いとばかりに送り出すよりも、リスクを軽減する方策を取るのが指揮官の役目だろう。
死体漁りのような事をするのは気分は良くないが、そこは埋葬するから許してほしいと故人には思う。
戦った相手にそんなこと思うのは身勝手すぎる話なのだけれど。
ともあれ方向性を定めるとサンドラやゼスを呼び、その可否を問うた。
彼らは問題なしとしたため、早速行動に移した。
この一手が思いの外に効力を発揮したと分かったのはそれから二週間も経たなかった。
※ ※
その報告を聞いた時に私は耳を疑った。
「撤退? カルーザスが?」
「はっ」
物見の兵は帝国軍は野営地を引き払い撤退していると言う。二週間もあれば再編は終わっている筈だし、再度戦うものと考えていたのだが。
どこかに潜んで奇襲を仕掛けるつもりかと頭を悩ませていると、リア殿がやって来た。
「お見事ね、ロガ王。リウシスも舌を巻いていたわ」
「……敵の撤退についてかね?」
「他に何が在るのよ? 帝国の喧騒は大分ひどいって」
「リシャールから?」
「いいえ、カルロッテ婆さんよ」
私が嘗て構築した情報網の断片を今はリア殿が用いている。
入ってくる情報は帝国臣民の動揺と皇帝、皇妃に対する怒りの声が殆どだそうだ。
そう聞くと疑いたくなるんだが、逆に取り込まれてやしないだろうな……。
「何を疑ってるのよ、ロガ王の策のおかげでしょうに」
「都合が良すぎる事態が起きると疑いたくなるんだよ」
因業な性格ねぇと笑ったリア殿だったが、表情を改めて。
「ナイトランド軍が合流地点にたどり着いたみたいね。帝都でも魔王の軍勢に帝国奥深くに侵攻されたって噂になっているって。そこに二万騎の騎兵を用いた作戦の失敗が伝われば、とてもじゃないけれどね」
帝都や帝国の都市部はここ数十年は基本的に戦と無縁だった。
それが間近に敵対者の軍が闊歩しているのだ、とてもではないが気が気ではないだろう。
それも自国の皇帝が愚かな振る舞いを繰り返して敵にしてしまった者達となれば……か。
考え込む私にリア殿は更に言葉を投げかけた。
「ナイトランド軍を追い払いたいけれど動かせる軍は限られている」
「我らもいるし、カナトスも向かっている。それに呼応して立ち上がった者達にパーレイジやガザルドレス……さて、それほどの他方面に繰り出せるほど将軍がいたかな?」
「兵站の構築が得意な将軍はすでに敵だしねぇ。だから、動いたそうよ」
「カルーザスが?」
私が問うとリア殿は微かに笑って。
「ローデンから迫るゴルゼイ元将軍にはテンウとパルド両将軍が。ナイトランドにはカルーザス将軍が。パーレイジ、ガザルドレスを相手にセスティー将軍がそれぞれ向かったわ」
……へ? ちょっと待て。それでは……?
「私の相手は?」
思わずそう聞くとリア殿は唇の端を釣り上げて答える。
「皇帝が取り巻きを連れて出陣するそうよ」
……その報告を聞いてもあまり嬉しくはなかった。
元凶を直接叩ける好機だと言うのに、私は一向に嬉しくなかったのだ。
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