第64話 再起
戻て来た右翼の兵士たちそして気落ちしているらしいリウシス殿の元へと向かう。
右翼の兵士たちは疲労が色濃く見えたが生き残れた事に喜びを感じてもいるようだった。
「よく持ち堪えてくれた。貴君らの働きには感謝している」
私の姿を見つけて居住まいを正す兵士を片手で制止しながら心からの労いの言葉を告げる。
「今はゆっくりと休むと良い。ところでリウシス将軍は?」
兵士に問えば……。
「リウシス殿は最後衛で
「陛下、リウシス殿にお休み頂くようお伝えください。彼の御仁がおらねば私たちは持ち堪えられなかったでしょう」
そう口々に言葉が返ってきた。
これは凄い事だと思う。
リウシス殿は兵士の心を掴むことができたのだから。
「分かった。よく休むように伝えおこう」
兵士たちにそう告げてリウシス殿のいる後衛へと向かった。
後衛で見つけたリウシス殿は馬上で胸を張り毅然とした態度に見えた。
「よく無事に戻られた」
だが、私がそう声を掛けると微かに浮かべた笑みにいつもの不敵さ、皮肉気な様子はまるで見られなかった。
「やられたよ。一流の将帥って奴は恐ろしいものだな」
その返答は普段と変わらぬような物言いを敢えて心掛けているように感じられたが、そんな物を心掛けている時点で普段通りではない。
なるほど、これは気落ちしているな……。
「兵士たちが貴殿も休んでくれるように伝えてくれと言っていた、疲れたであろうから休んでくれ」
「そうも言ってられん。幾つかなすべきことがある」
私の言葉に首を左右に振るリウシス殿の言葉には頑なな響きがあった。
傍にいるフレア殿やティニア殿、それにリア殿も疲労の色濃く見せながら休むような気配は感じられなかった。
これはまずいな、上層部が休まねば兵士とてゆっくりと休めない。
「無論、一軍を任された将であれば成すべきことは多いが……そうだな、私の天幕に来てもらえるとありがたい」
ここで話すような内容でもないしと告げると、リウシス殿ははっとしたように顔をして、そして静かに頷いた。
※ ※
彼らを天幕に案内する道すがら、シグリッド殿が慌ただしく陣中を歩き、コーデリアは合流したフィスルと何やら話し合っていた。
ゼスやウォランはそれぞれの部族の騎兵たちに指示を飛ばし、ブルームは野営地の防衛の為、柵を構築するように指示を飛ばしていた。
彼らがそれぞれの仕事を果たしてくれるから、今の私があるのだとしみじみと思う。
そんな私の考えを知ってか知らずか、背後から付いてくるリウシス殿の足取りは心なしか重かった。
その重たさは天幕に入ると如実に表れた。
人数分の椅子を用意しようと折りたたみ可能な椅子を引っ張り出そうとすると、驚いた事にフレア殿が率先して皆の分の椅子を用意してくれた。
(なんか、調子狂うなぁ)
短い付き合いだが、割と図太い所のある大魔術師殿の心配りに、少し訝しく思いながら彼らに対面するように私も座る。
さて、何から話すかなと悩むと空気が非常に重たいことに気付いた。
その重さに戸惑っているとリウシス殿が、意を決したように私を見やり告げる。
「申し訳ない」
絞りだされたのは謝罪の言葉。
そしてリウシス殿の言葉と共に仲間であるフレア殿もテニア殿も、リア殿も私に頭を下げたのだ。
え? いやいやいや、彼らが頭を下げるいわれはないんじゃないか?
「何を謝る事があるんだ? 君たちは持ち堪えてくれたじゃないか」
そう告げるとリウシス殿は軽く頭を左右に振り告げた。
「いや、俺が不甲斐ないばかりにこの体たらくだ。フィスルまで派遣してもらっておきながら包囲されかけた。兵士たちの奮戦が無ければ俺たちは死んでいただろう」
多くの兵を死なせた悔恨の念が湧きがっているのか、口元を真っすぐに引き結んで絞り出された言葉は、やはり重い。
「カルーザス相手に持ち堪えられる将は少ない。それに兵士とて何かを君に見出したからこそ奮戦したのだ」
「俺に何がある? 俺は敵を、あの恐るべき敵を見くびったんだ! それでみすみす兵士を死なせてしまった! もっと慎重にやれば――」
「リウシス・グラード! ……我が友よ。兵を指揮した身でその悔恨に届かぬ者に将帥を任せられはしない、その点においても君は将帥たる素質を持っている」
自信に対する怒りが昂り出した所で私は言葉をかぶせた。
怒りのままに発せられた言葉は時には重大な不利益をもたらす。
それも自身に対する怒りの時は。
それにどのような戦でもついて回るその責任、しいて言えば後味の悪さは常に己を押しつぶそうとする。
この責任を感じられない者にはいくら優れていようとも兵を指揮する資格は無いと思う。
そういった意味でリウシス殿が自信を責めているのは良い傾向だと思う。
私の価値観においてもやはり彼には才能があるということになるからだ。
が、それで潰されてしまっては意味がないし、死んでいった兵士たちが犬死になる。
「経験やその戦術眼は今はカルーザスに遠く及ばない君だが、それでも持ち堪えられた! 自分に対して怒るよりも奮戦した兵士を誇ると共に自身も誇りたまえよ。そして、亡くなった兵士には心よりの感謝と敬意を表する。それが君の仕事だ」
そう告げると、リウシス殿は何とも言えぬ表情を浮かべた。
泣き笑いのような表情を。
それは彼の仲間たちも同様であった。
「もし、武運拙く敗れる事が在ってもそれは私の責任だ。王たる私の。だから」
「アンタは恐ろしい男だよ、ベルシス・ロガ」
私の言葉に割って入るようにリウシス殿は告げた。
「これほどの責任の重たさの中で戦い、なおかつ曲がらずにいる。改めて思う、アンタは大した男だ。俺もまだまだ……だな」
そう言って笑うリウシス殿の顔には相変わらず不敵さを見いだせはしなかったが、何処か付きものが落ちた様な顔をしている。
「……それにしても、俺のような皮肉屋でこんな見てくれの男をよく友なんて呼んだな」
「迷惑だったか? 私は君の事も気に入っているんだが」
「迷惑、ではないさ」
そう言って少しだけはにかんだように笑ったリウシス殿の姿は年齢相応の青年の姿だった。
「ありがとう、ロガ王。貴方は本当に良い人ですね。リウシスの言う通り怖い所もあるけれど」
妖精族のティニア殿がそう頭を下げると、フレア殿もリア殿も続けて頭を下げた。
何でお礼を言われたのかな? リウシス殿と友人になったからだろうか? 男友達が少ないと言っていたから気にしてたんだろうけど……。
「そう言う訳だから今後もよろしく頼む」
そう告げて立ち上がると天幕の外に何やら気配があることに気付き、リウシス一行に向かって静かにするように人差し指を唇の前に持っていく。
抜き足差し足で天幕の出入り口をばっとめくると……。
そこにはコーデリアとフィスルとシグリッド殿や彼らの仲間が集まり耳をそばだてていた。
「……一体何をやっているんだか」
私が嘆息交じりに呟くと、それぞれがバツが悪そうに恥ずかしげに笑って忙しいとか口にしながら散っていった。
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