第63話 野営地にて
双方の軍が退いて一定距離で野営地を構築しつつある状況。
野営地にて兵を再集結させ軍を再編せねばならない。
その期間は嫌でも休戦状態に入るが、奇襲を警戒しながらなので中々心労がたまる時間。
その気の休まる事のない時間でも駆使して、先ほどの戦を思い返す。
カルーザスとの戦いは対外的には辛うじてこちらの勝ちと見えるだろうか。何せ、あのインパクトある二万騎の騎馬と言う大戦力を打ち破っての引き分けなのだから周囲に与える印象が違う。
一方でいかに騎馬の攻勢を蹴散らしたとはいえ、騎馬軍団はしいて言えば混戦の中で効力を発揮できなくなっただけでそこまで数を減らせたわけでもないのがネック。
それにロガ軍も激戦だった左翼、包囲されかけた右翼ともに傷ついている。
周囲の印象がどうであれば、痛み分けか此方が少しばかり負けていると言うのが実情。
だからこそ、傷ついた軍団の再編を行わねば帝都侵攻がおぼつかなくなる。
負傷兵をロガへと送り届け、少なくなった兵数でさらに進軍せねばならない。
これは中々に頭が痛い問題ではあるが、カルーザスも頭を抱えているだろう事は予測できた。
帝国の方が補充できる兵数に優れてはいるが、帝国の敵は私だけではないのだから。
そろそろナイトランド軍がゾス帝国の国境深くに踏み越んでいる筈。それに呼応してカナトス王国も動いている。
更には幾つかの諸領の反乱が重なっているのだ、私ばかりに集中は出来まい。楽観視は出来ないが悲観する事もない。
ただ、私の指揮のまずさ……情に流されたと言う点が気掛かりだ。
私はもはや軍事に口を出すべきではないのではないか? そんな事を考えていると来客があった。
「ロガ王」
「ああ、サンドラか……。今回の戦、すまなかった」
「……自覚はお有りですか」
野営地に建てた天幕を訪ねてきたのは軍師のサンドラだった。
彼女には助けられてばかりだ。今回も撤退と告げながら右翼を救うため反転攻勢を仕掛けたうえに、彼女に尻拭いをさせてしまった。
ゆえに謝罪の言葉を告げれば、サンドラは嘆息しながら頷く。そして……。
「なんでも、ロガ王の欠点を敵兵が声高に叫んでいたとか」
それ以上咎めるでもなくサンドラは戦いの一場面について問いかけて来た。
「ああ、情で動くは兵法家としては欠点であろう」
「ですが、コーデリア様の反論に相手は激高したとも聞きます」
コーデリアから聞いたのか、周囲の兵に聞いたのかそんな事まで把握しているのかと驚きながら頷く。
「……そうだった、かな」
「カルーザス将軍もまた情で動いており、多くの事情と板挟みになって苦しんでいるからこその激高でしょう。将を思うあまりの兵の激高、そう考えますと……」
サンドラはそう告げやると微かに笑って見せ、再び口を開いて。
「帝国の双翼はその辺りもよく似ておいでですね」
等と言う。
その言葉に緩く頭を左右に振り。
「カルーザスが私と似ているなどと言うのは、彼にとっては迷惑であろうよ」
「向こうもきっとその様に感じておりますよ。貴方がたの才は全くの別物ではありますが、不器用さはよく似ておいでだ。現状の立場の違いは言うなれば、幾分ロガ王の方がしがらみが少なかった、それだけの話でしょう」
相変わらず立て板に水でもたらしたかのように淀みなく言葉が出てくる。
(しかし、一体何でそんな話をしているのか?)
と考えながらサンドラの言葉を聞いていたが、不意に悟る。
彼女は私を慰めている様だ。
いや、慰めと言うよりは士気の鼓舞だろうか。
カルーザスと私の精神性が同じであったとしても、それで何が変わる訳でもないのだが。
或いは、敵兵の激高からカルーザスの抱えている苦悶に気付いたが故の忠言なのか? サンドラのその辺りの機微は今一つ分からない。
「詰まるところ、稀代の名将もロガ王と同じ苦悶を抱いておるわけです」
「そこに付け入る隙があると?」
「いえ……。何と申しますか、そこを突いた所で隙になりますまい。ロガ王に忠節について突きつけたとて最早隙にならぬように」
「随分と回りくどいな」
私が眉根を顰めるとサンドラは中空に視線を彷徨わせてから。
「勝敗は兵家の常、今回は半分負けではありますが、半分は勝ったような物。お気を落されぬように忠言に来たのですが、どうにも言葉が迂遠でしたね」
そう告げた。
……私やカルーザスは確かに不器用だが、このサンドラも随分と不器用だと思う。口が回ればそれだけで器用と言う訳でもないのだな。
まあ、好きな事だけを延々と語っている様な印象があるからやはり器用とは程遠いのかも知れないが。
「あい分かった。俯いていては王の威厳にも関わるか。その忠言を受け入れる」
「お受けいただき何より。それとご報告が」
「うん?」
「ロガ軍右翼の主将、リウシス殿が帰参致しましたよ」
その言葉を聞いて安堵したように頷くが、続く言葉に眉根を寄せた。
「大分気落ちしておられるご様子。私が何かを言うよりはロガ王からお声がけ頂いた方が当人も喜ぶかと」
「気落ち? いや、確かに劣勢の戦いではあったが良くやってくれたと言うのに」
「打つ策、打つ策のこと如くをカルーザス将軍に阻まれた様で」
……なるほど。
カルーザス相手であればそれは自信を喪失するような話でもないんだが、勇者となって以降は初めての敗北なのかもしれない。
リウシス殿はまだ指揮官としての経験が少ないながらよくやってくれたと思うのだが、彼にとっては多くの兵の死が自分の責任であると感じているのだろう。
その責任を感じぬ輩では話にならないが、責任にばかり目が向いて押しつぶされても困る。
私はどうにか耐えたが、彼は案外に繊細そうだから心配ではある。
「分かった、右翼の兵を称えに行き、その際にリウシス殿にも声がけしよう」
「よろしくお願いします」
「君は色々と人を見ているな、助かるよ」
「……此度の戦は私も助けられましたからね」
立ち上がりながら告げた言葉に対する返答に、サンドラは一瞬の間を置いてから答えた。
その間が珍しく思わず彼女を見やると、羽扇子で口元を隠しながらサンドラはさらに続けた。
「ゼス殿とブルーム殿に助けられました。右翼の孤立を知れば即座にロガ王は反転するだろうと進言を受けたから援軍が間に合ったのです。彼らの言が無ければ私はいたずらに時間を浪費したでしょう」
「あいつらが……」
「良き臣下を、いや、この場合は良き部下をお持ちですねと言うべきですかね」
王になる前からのずっと長い付き合いの二人の部下の顔を思い返して頷きを返した。
「私は人に恵まれているよ、君も含めてな」
ありがとうと礼を述べて、私はリウシス殿の居るであろう方へと歩き出した。
その背後でサンドラが何かを言いかけて止めたようだった。少しばかり気になって振り向くと彼女は軽く一礼していた。
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