第50話 ベルシスの寛容

 ローデンの復興が見えてきたころ、ガレント・ローデン殿が過労からか倒れた。


 倒れたと報せが私の元に齎されると、同時に病床のガレント殿が呼んでいると伝えられた。


 私などより親族との時間を優先すべきだと思ったのだが、とりあえず急ぎガレント殿の所へと向かう。


「ローデン殿!」

「ロガ将軍……よくおいでくださいました」

「呼ばれれば来る。私などより親族と話をしておくべきではないかと思うのだが……」

「……あの火災が軒並み奪いました」


 私は自身の失言を悔いた。


「心無い発言でした、申し訳ない」

「知らなければ致し方ない事。ただ一人の孫娘は巫女としての務めを果たしました……あの子の両親も天上にて喜んでおりましょう」


 巫女。


 それでは、あのニアと言う巫女がローデン家の跡取りだったのか?


 まるで祖父と孫らしい様子など見た事もなかったが。


 いや、巫女のニアを見たのは公式の席で何度かだけではそう言い切るのは傲慢か。


 表立って祖父と孫と言う立場に甘んじられない関係とはどのような物なのか……私には分からない。


「ですが、気掛かりはこれからのこの街の民の事。あの火災が多くの物を奪ってしまい、これから前を向いて生きて行けるのか不安でした……。ですが、ロガ将軍が、復活の道を通られた貴方が今ここにいる……ローデンの者にとってこれ以上心強い事はありません」


 老いたガレント殿は双眸に力を込めて私を見る。


 既に死相が浮かぶ老人の顔には、断固たる決意が刻まれていた。


「ローデン家の持つ全ての領地、および財産を貴方にお譲りいたします」

「馬鹿な事を申されるな! 私は一時の任地としてここにいるに過ぎないのですぞ? 財の譲渡など行っては……。それに陛下が何と言うか」

「……先帝よりすでに許可は頂いております」


 私はその言葉に改めて驚く事しかできなかった。


 私がローデン家の領地を得る?


 ロガ家と合わせれば結構な大貴族になってしまいではないか。


 それはきっと、今の帝都では受け入れられるはずがない。


 しかし、何故先帝は……。


「ベルシス・ロガはそれだけの働きをした、そう言う事でございましょう」


 ガレント殿の言葉に、私は再度衝撃を受けた。


 仕事ぶりを高く評価されていたのは知っていたが、まさかここまでとは考えつかなかった。


 これほど評価されておきながら、私はギザイア如きの跳梁を許したのか……。


「現状を招いた責任の一端は私にもありましょう。帝国を乱すその存在を知りながら排斥できずにいた私の」

「自身の力不足を嘆かれるならば……是非、お受け取りください」


 私は迷いを抱いた。


 今となってはギザイアを排斥するには多くの力がいる。


 金、情報、武力諸々が。


「……謹んでお受けいたします」

 

 そう絞り出すように告げると、私の葛藤を知ってか知らずかガレント殿は莞爾かんじと笑った。


 そして、この会話の数日後にガレント殿は息を引き取った。


※  ※ 


 ガレント殿の葬儀を執り行い、それが終わった直後に帝都ホロンへ戻る事が急遽決まった。


 正直、暫くは帝都には戻れないだろうと考えていたのだが、色々と仕事に差し障りが出ているようで、貴族院の要望とのことだった。


 貴族院に恩を売った記憶はないが、必要な人材だと思われているのならば嬉しい事だ。


 だが、私は正直きな臭さしか感じていなかった。


 ローデン領を私が継ぐことが既に先帝に許可されているのならば、それをひっくりかえしたいのだろう。


 一番簡単にその約束を反故にするのは私が死ぬことだ。


 私がローデンより帝都に戻る道中で死んでしまえば、誰も傷つかずに約束を反故にできると言う訳だ。


 とはいえ、帝都に召集された以上は戻らねばならない。


 例え罠があると分かっていてもだ。


 しかし、軍団の一部とはいえ兵を従えて領地内を戻る将軍を道中で暗殺するのは至難の技ではないかと思うのだが……。


 そんな事を考えながら帝都に向かっていると、途中で数名の貴族と鉢合わせた。


 彼らは私が戻って来るのを待っていたようだった。


「道中失礼する、ロガ将軍」


 声をかけて来たのはコルサーバル家の当主モイーズだ。


 カルーザスを排斥しようとしていた一派と暗闘していた時に、彼の姉が殺害された事件の真相を掴んでしまい、それを教えて以降良好な関係が続いている。


 最近は貴族院の重鎮らしく口ひげを蓄えているが、それでもまだ若手に分類される。


「どうなされたのか、コルサーバル卿。それにそちらのご婦人は……君はまさか、ファリス……殿か?」

「長らく謝罪にもお伺いせずご無礼致しました、ロガ将軍。ご厚意に甘んじてばかりはみっともない事と理解しておりましたが、私事でお手を煩わせるのも……」

「いや、それは良いのだが……これは一体?」

「ふむ、確かに妙な取り合わせ。だが、今一人いるんだ、この奇妙な取り合わせには」

「もう一人?」

「ええ、我が夫が……」


 ファリスがそう告げると、馬車から一人の男が下りて来た。


 既に五十も近そうなその男がファリスの夫と言うのも驚きだったが、その顔に覚えがあった。


「覚えておいででしょうか、ロガ将軍」

「忘れるはずもない」


 グレッグ。


 カナギシュ族に買収されていたローデン地区の警備隊長。


 私をボレダン族に売ったクソ野郎だ。


「これは、どういう事だ?」

「不興を買うのを知りながら、彼らが来た意味を考えてほしいのだ、ロガ卿」


 取りなす様にモイーズが告げる。


 馬車の窓からは不安そうなトルゥド卿と興味津々と言った風情の男の子が見えた。


「……何があった? なぜ危険を冒してまで私に顔を見せる?」

「ファリスの夫、今はグレンと名乗っております。私の過去を明確に知るのはローデンの警備兵やその地に住まう人々、それにファリスとあなただけの筈だった」

「……」

「差出人不明の書簡が届いたのです。私の過去をほのめかし、ロガ将軍に復讐するならば力を貸すと」


 警備隊長だったころのグレッグはふてぶてしく頑強そうに見えたが、今の彼は老いた所為もあってか、脅威を感じない。


 過去の秘密をいきなり暴かれたグレッグは慌てふためいたようだが、思い余って私に牙を向けるのだけは止めた。


 息子との生活を今まで過ごせたのも、私がファリスの捕縛令を取り消してくれたからだと彼は語った。


「私はろくな男ではなかった。それでも、あの子は私を父と呼ぶのです。お父様と。わ、私は」

「語らなくて良い事は語るな。それを義理のお父上であるトルゥド卿に相談し、困った卿はコルサーバル卿に相談したと?」


 何故夫婦になったのか、二人で逃げた果てに何があったのかなどは興味がない。


 きっと子供は知らなくて良い事なんだろうし、知る必要のない事でもあろう。


 二人は未だに夫婦で、問題に対して二人で対処しているのだから外野が余計な事を言う物ではないし、知る物でもない。


「掻い摘んで言えばそうなる」


 私の言葉を受けてモイーズが頷くと、小さく息を吐き出した。


「どう思う? 彼女かあるいはその手下二人か? それとも」

「最後のはないでしょう。その気になればいくらでもやり様があるのだから」


 モイーズは会話の最中に決して名前を出すことはないが、彼女と言えばギザイアでその手下二人と言えばコンハーラとザイツだろう。


 最後のと言うのは当然ロスカーン陛下の事だが、陛下がその気になれば私を殺すのに暗殺などする必要はない。


 モイーズが息を吐き出すと同時に私も息を吐き出す。


 何だかなぁ、この状況も。


 そんな私たちをグレッグとファリスはじっと見つめていた。


 ……子供いるんだもんなぁ……これはずるいよなぁ。


「グレン殿の情報提供嬉しく思う。私からも調べてみよう」


 私がそう言うとグレッグは驚きを素直に露にして、何かを言おうとしたが言葉が出なかった。


「軍律は正すべき物では?」

「無論ですな、コルサーバル卿。しかしながら、ここには律を乱した者はいない、そうではありませんか?」

「……誠に、貴公は……。いや、そうですな。事の顛末をあそこで不安そうにしているトルゥド卿にも伝えてこよう」


 モイーズは何かを言いかけて止めると、トルゥド卿の方へと歩いていく。


「閣下……」

「二度目はない。後は……奥方と受け入れてくれたお父上と、息子のために尽くすのだな」


 告げれば私は踵を返す。


 アレクシア様にかつて言われたと言うのに、また甘っちょろい裁定を下してしまった。


 いずれこれが私の首に縄をかける事になるんだろうか?


 その時は、その時か。

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