第7話 圧迫面接?

 帝都ホロンに腰を落ち着けて数日後、私は陛下やその他のお歴々の前で畏まっていた。


 陛下やロガ家以外の八大将軍のほかに数名の貴族が居並ぶ状況に、体よりも胃の方が震えているような変な感じを受ける。


 ストレスだろうか……。


 この集まりの主だった理由は、明白。


 将軍としての教育は受けていたが、実戦経験に乏しい私が血筋だけで八大将軍を務めることに難色を示す者も多かったので、今後どのような方向で私が働くのかを決めるための会合だ。


「皆様のご懸念は当たり前の物だと、僕……いえ、私も思います。確かに私自身には父の如き才があるのかどうかも分かりません」

「では、カーウィス・ロガの息子、ベルシスよ。お前には何ができる? どの様に兵を動かそうと言うのだ?」


 八大将軍筆頭であるコンラッド・ベルヌ卿が厳めしい顔つきで問いかける。


 壮年のベルヌ卿は、白髪交じりの黒髪で鷲鼻が特徴的な彫りの深い顔をしている。


 そんな卿に厳めしい顔をされると、思わず背筋が伸びてしまう。


 ぶっちゃけ、怖い。


 だが、押し黙っている他の面々から感じる圧も強い。


 とりわけ、最奥におわすゾス帝国皇帝バルハドリア陛下の視線を感じて、胃が痛く感じる。


 その柔和な容貌と相反して、目の持つ力と言うか、圧と言うのかが凄まじい。


 喉の渇きを覚えながらも、ここが最初の正念場だ、そう思い唾を飲み込み私は告げた。


「私よりも、兵士の方が戦いの機微を知っていると思われます。彼らから方策を聞き、私の責任の下で実行します」

「……」

「私が成す事はまず第一に、兵を飢えさせぬことです。その為にはいかなる手段をも用いますが、もちろんこれは略奪等を行うと言う意味ではありません」

「言うは易しだぞ、ベルシス。兵の献策で勝利を得たとして、その功績はどうする?」

「信賞必罰は武門の寄って立つところです。献策した兵士にこそ最大の栄誉は与えられてしかるべきかと」

「それも、言うは易し、だな」


 ベルヌ卿は嘆息じみた息を吐き出すと、陛下に向き直り告げる。


「理としては間違いはないように思えます。現ロガ卿はまだ若輩、部下に学ぶことは多いでしょう」

「だが、誰もが当初はそう思う物だ。兵に栄誉をとな。余もそう心掛けておるが早々上手く行かぬ」

「御意。しかしながら、まずはやらせてみるよりほかは無いかもしれませぬ。素質を知らねば教えようがないのは事実です」


 ロガ家の教育自体に疑いはないようだが、私自身がそいつを守っていけるのかが問題と言う事か。


 何も知らない兵士に指揮をさせるよりは、一応教育を受けている方が優位ではある。


 だが、やはり素質が物を言うのは何処の世界も同じ事。


 その素質いかんでは私の処遇が決まるという事か。


「ならば、やらせてみてはいかがでしょう? 北西の騎馬民族に対する備えに赴かせてみるとか」

「馬鹿を申すな、レグナル殿……かの地は戦が起きるか否かの状態ですぞ。また兵は処遇の改善を求め職務放棄を繰り返しておる、若輩のロガ卿に任せては事態が混迷する」


 ベルヌ卿がじろりとレグナルと呼ばれた貴族を睨みつけて否定の言葉を投げかける。

 

 が、そのレグナルと言う私が見たこともない貴族は悪びれもせずに続ける。


「無論、補佐を付けねばなりますまい。我が息子など適任かと」

「ははっ、貴殿の子息が補佐役? 今度五つになる我が娘セスティーの方がよほど適任であるわ」


 八大将軍の一人カイネス卿があざけるように笑った。


 どうも、レグナルとかいう貴族はあまり歓迎されていない様子を感じる。


 まあ、私自身も何となくではあるが、嫌なものを感じているのだが。


「息子を愚弄なさるか!」

「貴様とて、ロガ家に意趣返しをしたいだけではないのか!」

「カイネス卿、レグナル卿、お止めなさい、陛下の御前ですぞ」


 二人の諍いを諫める声を聴きながらも、私はそれが誰が発したのかを確認する余裕はなかった。


 とんでもない言葉が飛び出したからだ。


 ロガ家に対する意趣返し?


 何があったか分からないが、レグナルと言う貴族はロガ家に敵意を持っている?


 父の政敵か、全く別の理由かは分からないが、ロガ家の敵対者と言う事は、私の敵と言う可能性が高い。


 いや、十中八九そうだろう。


 ……まさか、またぞろ命を狙われるのではないだろうか……。


 冗談じゃないぞ。


 命がけの仕事なのは分かっていたが、なんで味方に殺されなきゃならんのだ。


 先日体験したばかりの死への恐怖がぶり返す。


 お、落ち着け、まずは、落ち着け。


 私は乱れそうになる呼吸を整えながら思案する。


 政敵であっても、おいそれと暗殺までしないだろう。


 過去に賊に狙われたときは、人質として活用できそうだからの筈だし、父に比べれば今の私は容易い相手だ。


 将来の禍根を断つと言う事も考えられるが、それならば仕事を失敗させた方が政敵ならば優位に事が動く。


 だが、そういう利が絡んだ敵対者ではないとすれば?


 情、ないしは利と情を度外視した敵意ならばどうなる?


 私は押し黙ったまま思案を巡らせる、周囲の視線とか思惑を気にする余裕はない。


 利、情、不合理、つい先日私を殺そうとした叔父はなぜあのような行動に出た?


 レグナルは叔父ユーゼフではないから、その理由は重ならないかもしれないが、そこにヒントはないか?


 ……そういえば、帝国のご禁制の品……奴隷であろうがそいつをどのルートで売り捌く予定だったんだろう。


 ロガ家だけではそれほどうま味のある商売になるとは思えない、となれば、帝国の中枢に叔父はパイプを持っていた?


 陛下ではない、帝室の方々でもない。


 彼らならばこそこそする必要はないからだ。


 ……まさか? いや、それは偶然が過ぎる。


 しかし、一言告げて反応を見てみるのはありかもしれない。


 私は憤懣やるかたないと言う様子でカイネス卿を睨んでいたレグナルへと視線を向けて、一言告げた。


「奴隷?」


 その言葉は、絶大な効果を現した。


 驚きに目をみはったレグナルは、赤らめていた顔を今度は青ざめさせた。


 黒い立派な髭を震わせ、同じ色の瞳は動揺を映した。


 叔父を通して奴隷売買で財を得ようとしたが、父に奴隷と言う商品搬入を阻止されたから、ロガ家に対して敵愾心を持っていたのか……。


「……き、きさ」

「はははっ! こいつはなかなかやるじゃねぇか!」


 怒声をあげようとしたレグナルだったが、豪快な笑い声がその機先を制した。


 声の主は先ほど諫める言葉を投げかけた人物だった、陛下の脇に座った二十歳を過ぎたぐらいの線の細い青年。


 だが、その言葉は自信にあふれていた。


「いやいや、親父殿。カーウィスは中々の俊英を残したかもしれませぬな」


 ひとしきり笑った後に、その方は陛下を仰ぎ見て言葉遣いを改め声をかけられた。


 この方こそ……ゾス帝国第二皇子レトゥルス殿下、後に北西の駐屯地で苦楽を共にするお方であった。

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