第43話 ナイトランドへ

 私が釈然としない様子で三人に近づいていくと、最初に反応を示したのは砂鰐たちだった。


 猛獣使いの青年セルイに扱いを聞きながら、政務の気晴らしに餌をやったりしていたのでどうやら懐かれたらしい。


 鰐と言う生物は良く知らないが……いや、どこかで獰猛な肉食の生物と言うイメージを持っていたが……この地では小型の地竜に似た六本足の生物で基本的には草食だそうだ。


 時々、このように現実と私の思い込みの間で齟齬があるのだが、これも昔見ていた夢に関係しているのだろうか。


 最近は殆ど思い出す事もなくなった夢。


 しかし、あれがあるからこそ、私は不当な扱いに憤りを覚えるのだ。


 それはさておき、私の根幹を形作る夢は現実との落差のある情報を与えるので時々混乱する。


 生物に対してはそれが顕著だ。


 馬などは……まあ幼い頃より身近にいたし、そう言うものだと知っているが、見知らぬ生物に対しては余計な偏見を抱いている事がある。


 その代表例が鰐であり、サメなのだ。


 サメが人を襲うとか、空を飛ぶとか、決戦兵器と戦う等と言う良く分からない印象が根強く残っている。


 無論、誰かに喋る事はない。


 狂人にしか思われないから。


 このサメと鰐が争うと言う断片的かつ無駄に力強いイメージまで私は抱いている。


 まあ、全く今の状況に関係はないが。


 グルルと唸り声をあげる砂鰐たちだが、アレは甘えているのだとセルイに聞いて本当かよと思ったのだけは紛れもない事実。


 その唸り声を聞いて砂鰐を見ていた三人がこちらを向いた。


「あ、ベルちゃん」


 コーディが片手を上げる。


「本当に懐かれているとは……」


 驚きの声を上げているアーリー。


「私には懐かないのに……」


 不満げな様子でフィスル殿が頬を膨らませている。


 こうしてみると年相応の三人と言えなくもないが……いや、待て。


 ……フィスル殿の年は一体幾つだ?


 流石にそいつを問う勇気はないし、問うのは……まあ無礼であろう。


 そんな事を考えながらも三人に軽く片手を上げて私は近づいていく。


 砂大陸を模したと言うと大層な響きに聞こえるが、砂地に水辺と僅かな緑を備えただけの庭園は当初はそれほど訪れる者もいないと思っていた。


 いわば退役した砂鰐の保養所のつもりであったのだが、風光明媚などと言う言葉だけが独り歩きしてそれなりに人が来るようだ。


 ……ルダイを守るためにここの砂鰐たちも命を賭けたと聞いている。


 無理やり賭けさせたと言うべきかもしれないが、砂鰐たちも防衛に貢献してくれたのだから何かしてやらねばいけないと、この場に来るとしみじみと思えた。


「三人はどうしてここへ?」


 私は問いかけながらも砂鰐へと視線を転じる。


 違和感を感じたからだ。


 一体、二体、三体……レヌ川の戦いのあと、方々から集めた生き残りは全部で五体いた筈だが、今は三体しかいない。


「……」


 死んだか。


 そこまで思い入れはなかったと思っていたが、こうして数が減ってしまうと悲しいものだ。


「二体は傷が深いから別の場所で療養中だよ」


 私の表情に何かを見て取ったのか、フィスル殿がそうぼそりと告げた。


「ああ、そうか。……無事に戻って来れると良いんだがな」


 深手を負ったと言う事は、戻れぬこともあると言う事だ。


 果たして、砂鰐たちをここで飼った事は彼らにとって良かったのだろうか。


「ベルちゃん、本当に好きなんだね、鰐さん」

「そこまで好きなつもりもないんだが」


 何故か唇を尖らせるコーディを見やって肩を竦めると、フィスル殿が言葉を重ねる。


「私達より砂鰐の事が気になったでしょう?」


 ……いや、まあ、それは否定できませんけれど、はい。


「ああ、いや、うん。犠牲を強いてしまったかと思うと心苦しいじゃないか、民であれ、動物であれ」

「なるほど、それがロガ王の王者の気構えなのですね」


 アーリーが真面目な様子でそう言ってきた。


 王者の気構えとか、そんな大層な物じゃないんだけどね。


「その話は置いておこう。それで、改めて三人はどうしてここに?」

「アーちゃんの故郷に似ている場所に連れてきたんだよ、そしたらフィスルが砂鰐を構ってたの」

「アーちゃん? まさか、アーリー殿の事か?」


 またぞろとんでもない呼び方をしているな、この勇者様は。


 アーリーは気恥ずかしげに視線を彷徨わせてから、意を決して胸を張り。


「不肖、アーリー! アーちゃんの名を拝命しまして」

「――拝命するような物なのか、それは?」

「はっ、なんでもロガ王に対しても同じように呼んでいると言う事で」


 なんで、こんなはっきりとした力関係みたいなのが出来上がっているんだと思ったが、そう言えば以前アーリーは言っていたな。


 コーディの在り方が羨ましいと。


 憧れとでも呼ぶべき感情がそこにはあるのかも知れない。


「で、ベルちゃんはどうしたの?」


 その憧れの対象らしきコーディが屈託なく聞いてくる。


「フィスル殿を探していたのだ」

「ん? 結婚する?」

「ないな」


 流れりうようにボケるので、流れるように否定してしまった。


「うう、流石は鉄壁ベルシス……という冗談は置いておくとして、何?」

「今は戦がない。この機を生かしてナイトランドに伺い、魔王と謁見を果たしたいのだが」

「そうなの? パーレイジとかガザルドレスに出兵でもするのかと思ってたけど」

「支援はする、でもそれだけだ。それよりも先にやるべきことがある」


 フィスル殿は少しばかり考えるそぶりを見せたが、一つ頷きを返して。


「分かった。連絡を取ってみるよ。向こうがバタバタしてなきゃ大丈夫だと思うけれど」


 そう告げてから、何か思う所があるのか僅かに眉根を寄せる。


「どうした? 何が問題があるだろうか?」

「大したことじゃないけれど、問題と言えば問題かな。独身ですってナイトランドに行ったら、向こうの誰かと婚姻勧められない?」


 私はきっとアホ面を晒していた事だろう。


 何せ思わぬ所で、思わぬ攻撃を食らった気分だからだ。


「同盟の基本、だものなぁ」

「そそ。魔王様には娘はいないけれど、高級魔族には幾人か年ごろの娘がいるし」


 そう言いながらフィスル殿はそっとコーディを見やった。


「誰か婚約者として一緒に連れて行った方が良いんじゃないかなぁ」


 釣られてコーディを見やるとその口元がむずむずと動いている。


 この流れは、まさか……。


 私の考えはまだまだ甘いという事実をその時突如として突き付けられた。


「ならば、俺が」


 そう言って手を上げたのはアーちゃんことアーリーだった。


「だ、駄目だよ! アタシが行く!」


 慌てふためいたコーディがそう叫ぶと、フィスル殿は何故かガッツポーズを取って、アーリーはほっとしたように安堵の息を吐いている。


 コーディ、君、策にはめられたんじゃない? そんな言葉が喉まで出かかっていたが流石に飲み込む。


「コーディが良ければ、そうして貰えるとありがたい」


 私がそう頭を下げると、顔を真っ赤に染めたコーディは小さく頷いた。


 彼女から感じる好意には一応気付いてはいたし、私自身心が休まる相手でもある。


 今回は一応仮初の婚約者だけれども、向こうが良ければ本当に婚約したいくらいだ。


 そんな事を考えていると、フィスル殿が何やら呟いたのが聞こえた。


 小さなその声は、後は既成事実とか何とか聞こえたんだが……聞き違いですよね、将魔のフィスルさん?

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