第42話 周辺諸国との関係
帝国との停戦は、所詮は仮初の物でしかない事は双方理解している筈。
のど元過ぎればなんとやらで、停戦を受諾した連中が今度は手のひらを返して私を討ちに来るだろう。
あれはあくまで帝都ホロンが戦場になるか否かの瀬戸際だったからだ。
その瀬戸際も彼ら自身が作ったものでしかないが。
今、帝国には七人しか将軍がいないがそのうち四人はカルーザスを含めて戦線に出払っていた。
残り三人の内、一人はバルアド総督。
そうなれば帝都で惰眠をむさぼっているコンハーラやザイツが腹を括って兵を指揮すれば良かったのに、彼らはそれが出来なかった。
いや、それどころか他の者が防衛の為に兵権を持つことを良しとしなかった。
シグリッド殿から聞いた話では、彼女の混成騎兵隊やナイトランド軍はガルドの丘に至るまでに散発的な抵抗しか受けなかった様だ。
これは一定の規模の兵を動かす者が前線に出て来なかったことを意味する。
そんな事があるのか?
私も将軍クラスは出て来ないと踏んでいたが、コンハーラかザイツが代行者あたりを立てて防衛を行うのではとも思っていた。
兵站を荒らして回れば当然対処してくるはずだからだ。
が、それすらなくナイトランド軍はさしたる疲弊もせずにガルドの丘に至った。
正直に言えば、ナイトランド軍にホロン攻めを要請したのは博打だ。
事が上手く行けば今の状況になるとは思っていたが、失敗すれば私は全てを失っていたかもしれない。
それに、ナイトランド軍だけに多大な被害が出ていれば盟を結ぶという話は反古となった事だろう。
カナトス防衛戦は時間稼ぎの側面があったからか、思ったほど被害は出なかったからだ。
他国の兵を激戦区に割り当てる用兵など、普段ならば行わないし行えない。
それでも、カナトスとルダイを守るにはそうするしかなかったと今でも思っている。
今回は敵の愚かさに救われたが、次も上手く行くとは限らない。
魔王と盟を結ぶにあたって、その辺りをしっかりと肝に銘じて置かねば……。
※ ※
ルダイの被害の規模は思ったほどではなかった。
思ったほどではなくとも、人が死に建物が一部破壊される被害は当然出ていたから人々はどこか沈痛な面持ちでいた。
が、移動のしやすさと守りやすさの両立を図った防塁を主要な交易路に築き直し、戦死者たちの名誉を称え、生活の安定に努めると次第に街に明るさが戻ってきた。
街にも活気が戻りつつある。
ルダイが活気づいてきたと言う事は帝都ホロンもそうかも知れない。
そうなると、今度は帝国上層部は気が大きくなって私へ無理難題を吹っ掛けて再び戦端を開こうとする可能性が高い。
所詮は正式には条約も何も交わしていない停戦、一方的に反故にされても文句はない。
私だってその場しのぎでしかなかったし、結果こうしてルダイは落ちずに未だに健在だから。
だから、本来ならばまずは奇襲を警戒するべきなのだが、上層部はどうにもカルーザスを帝都から移動させるつもりがなくなったらしい。
また、帝都ホロンの間近に敵が現れては一大事と言う訳だ。
カルーザスは相変わらず手足を縛られて戦っているようなものだが、奴はその状態でも危険な男だ。
それに、パーレイジやガザルドレスの戦線は思ったより帝国が押しているとも伝え聞く。
カナトス王国にはかつてのよしみからか、参陣を促す書状が届いているようだがローラン王はロガ王と足並みを揃えなくば意味がないと要請を蹴っている様だ。
下手に手を出せば泥沼に引きずり込まれるから、当然と言えた。
当のパーレイジやガザルドレスとてロガやカナトスが危機に陥っても、当初は知らぬ振りをしていた訳だし、文句を言われる筋合いもない。
彼らは帝国が多方面作戦に出ざる得ない状況と踏んで、自らの意思で攻撃を開始し、押し込まれているのだから。
だが、確かに早々に彼らが敗れるのは問題だ。
悪辣ではあるが、一時とは言え我が方の平穏を確保するためには彼らには頑張って戦って貰わねばならない。
テス商業連合に働きかけてパーレイジ、ガザルドレスの両国に支援を呼びかけなくては。
連中とて商売になるのだから文句はないはずだ。
支援を物資に限定するならば再びカナトス王国の隣国クジャタの力を借り受けなくてはならないだろう。
その物資を守るのはカナトス王国の兵士か、或いはテス商業連合の御用達の傭兵団か。
カナトス方面から物資が向かえばローラン王は昔の義理を果たせたはずだ。
少なくともパーレイジもガザルドレスも文句はない。
しかし、ガザルドレスか……。
リウシス殿の生国だったな。
流石に何の動きも見せないのは彼に対して申し訳がないか。
そう思いリウシス殿の元へと向かう。
一応こういう手はずで動こうと思うが意見を聞こうと思ったのだ。
だが、彼からの返答は意外な物であった。
「ロガ王ベルシス、俺に気遣っての策ならば不要だぞ。まあ、弟が心配ではあるがグラード家は強かな奴らばかり。たとえこのまま帝国がガザルドレスを占領しようとも、生き残るさ」
それとなく察していたが、どうもリウシス殿は家族とは疎遠な様だ。
グラード家と言えばガザルドレスにおいても一、二を争う豪商だと聞くがまったく彼を支援する様子もない。
そんな事を考えて僅かに黙った私を見て、リウシス殿の傍で黙って私たちの話を聞いていた妖精族のティニア殿が口を挟む。
「リウシスは弟さん意外とは仲が悪かったから」
「そう言う事もあろうな」
「ロガの王様の所みたいに親族皆が仲良い良い訳じゃないからね」
確かにうちは仲が良い方だろうとは思える。
そうだなと再度頷いた所で、ティニア殿が何かを言いたげにしている様子に気付いた。
首を傾げると、僅かばかりバツが悪そうだったリウシス殿がそれに気づき。
「ああ。テスとの仲が深まる事をティニアは警戒しているんだ」
「何ゆえに?」
「商売だけならば良いんだがな、連中は奴隷まで持ち込む」
「私の生ある限り我が国には……いや、ガト大陸には持ち込ませない」
即座に、しかし思いのほか強い言葉が出てしまった。
だが、この二人は私の言葉に頷きを返して。
「やはりあんたは大した男だよ、ロガ王」
等としみじみ言うもんだから気恥ずかしくなった。
「そ、それは置いておくが、まあ、ガザルドレスにも倒れられると困るんだが積極的に動く理由もない。だから、彼らが持ちこたえられる程度の支援を行うと言う事で良いか?」
「元より否はないさ。しかし、俺にすら気を遣うとはあんたもマメだな」
「誰が相手でも気を使う時は使うものだろう? 特に事が事だからな」
そう告げやって、私は彼らに別れを告げて別の人物を探すことにした。
そろそろナイトランドに渡り、魔王との謁見を果たさねばならない。
帝国が此方を狙って動かない今のうちに。
その事をフィスル殿に伝えようと捜し歩くも、何処にもいない。
なんだ、飽きてナイトランドに単身戻ってしまったのかと少し不安を抱いていると思わぬ所で彼女の姿を見つけた。
コーディとアーリーと共に砂鰐たちが暮らす砂大陸を模した庭園に居たのだ。
なんだろう、この組み合わせは……。
そこはかとない不安を抱きながら、私は彼女たちに近づいていった。
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