第53話 勇者との邂逅、そして……

 バーレス城砦を出てカナトスとの国境付近で勇者一行の到着を待っていた。


 計十二名であれば馬車は三台もあれば窮屈な旅路にはならないだろう。


 護衛となる選抜された兵士たちも緊張の面持ちを見せている。


 今からそんなに緊張しても仕方あるまいに……。


「物見より報告。カナトス領より数台の馬車、それに白銀重騎兵が数百迫っております」

「予定通りだな」


 事前に知らされていた護衛の状況や到着時刻に大きな違いはない様だ。


 つまり、勇者一行がカナトスと共同して帝国を攻めると言うありえざる脅威もないと言う事だ。


 思えば、三柱神の勇者に対し命がけの旅を命じたのはロスカーン陛下である。


 それを恨みに思って各国と共謀し帝国に攻め入ると言う選択肢がない訳でもない。


 大恩ある方々をその様に疑わざる得ないのが、私と言う人間である。


 非が此方にあると思えばこそ、私はその様な疑いを抱かざる得ないと言うのもあるが……。


 私が内心、何とも言えない思いを抱きながら勇者一行の到着を待っていると、銀色の胸甲を身に着けた年若い娘を先頭に、カナトスの白銀重騎兵と数台の馬車が見えて来た。


「これはロガ将軍!」


 私を認めたのか、そう声を張り上げたかと思えば先頭の娘は一気に馬を走らせて、我々の側に迫ったかと思えばひらりと大地におりて一礼した。


「シーヴィス殿直々に護衛ですか。お疲れ様です」

「帝国は色々と大変だと聞いておりますが、それでもロガ将軍を遣わしたと言う事にほっとしております」


 カナトスの現王ローラン殿の妹君であるシーヴィス殿はそう告げてから笑った。


 あれから数年が経った、成人して三年ほどが経ち二十かそこ等にはなっているはずだが、未だに嫁ぐことなく重騎兵を指揮しているのか。


 王族の慣例をローラン殿は踏襲する気はないと見える。


 そして、それはきっと間違いではないのだ。


 彼女には軍事の才能がある。


 場合によっては他国との結びつきの為だけに嫁がせるなど、国益に反しよう。


「妙齢の女性を掴まえて言うのも何ですが、大きくなりましたな」

「将軍、貴方は親せきの叔父上ですか。同じ事を言われましたよ」

「おや、お父上には兄弟が?」

「いえ、母の兄弟ですから、王位継承権は……」

「……今のは政治的な話ではなく、本当に世間話の一環です」


 うむ、ぎこちない。


 前はもう少し上手く話が出来た気がするんだがな……。


 とはいえ、カナトス王国の重責を担う自覚があればこそ、シーヴィス殿も慎重に話をしているのだろう。


 そんな会話をしていると、背後から白銀重騎兵に守られ馬車が到着する。


「勇者一行、ご到着なさいました」


 兵が告げれば馬車の扉が開いて、数名の男女が下りてくる。


 最初に目が行ったのは太った男だった。


 太っている。だが、黒い髪に鋭い目つきと相貌は一角の人物を思わせる。


 彼の連れだっているのは妖精族に魔術師、それに軽装の女性たちだった。


 すると彼がリウシス・グラード殿か。


 太ってはいるが身のこなしは思いのほか、いや、かなり機敏。


 贅肉ばかりではなく、筋肉も備えているのであれば見た目で侮った敵は即座に後悔するだろうな。


 連れ立っているのは美しい顔立ちの娘たちだが……凄い癖が強そうな様子が一瞬見ただけで分かる。


 別の馬車から降りたのは銀色の髪に左手に銀の籠手を嵌めた若い娘だ。


 その顔には見覚えがある、五年前のカナトスとの戦いの折、和平の調印の為にカナトスの天幕を訪れた際に見た顔だ。


 シグリッド・ネイヤー殿、確かギザイアに食って掛かっていた娘だ。


 シーヴィス殿とさほど変わらない年齢の見えるが、彼女の方がより落ち着きがある。


 そして、彼女の後に続くのは背の高い歴戦と見受けられる女戦士と、フードを目深にかぶった老人、それに年若く線の細い青年だった。


 最後の馬車から降り立ったのは……金色の髪が美しい娘だった。


 面影がある。


 あの帽子をかぶった泥だらけの少年のような少女に。


 我ながらよく覚えているものだと感心する一方で、私の心中は一層複雑化した。


 守るべき者に守られた、いや、守らねばならない責務のある者に無理を言って守ってもらったのだ。


 例え帝国領の人間でなくとも、その事実は変わらない。


 だが、村を焼かれるのを防ぐことすらできなかった私と、勇者となった彼女であれば、その意味はもっと違ってしまうだろう。


 情けの無い限りだ。


 私の視線に気づいたのか、トルバ村のコーデリア殿は一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべてこちらに向かって大きく手を振った。


「あ、ロガ将軍! 元気っ?」


 ……すごく気易いな。


 気易いが……恨まれていないと言う保証は何一つない。


 ああ、鬱々と考えだしてしまう。


 確かに情報にはあった筈だ、トルバ村のコーデリアに家族はいないと。


 詰まるところ、それは……あの姉上がお亡くなりになったと言う事だろう。


「コーデリア殿とお知り合いだったのですか?」

「昔、少しだけ言葉を交わした事がある」


 シーヴィス殿の驚くような問いかけに、私は何気ない風を装って答えた。


 だが、その事実が手に棘が刺さったような痛みを私に齎しているのだ。


 コーデリア殿に続いて下りてきたのは小さな少女だった。


 そのすぐ後ろにはフードを目深にかぶった、何とも言えない小柄な影が付き従う。


 ……おかしい。


 コーデリア殿の連れは確か……そう情報を思い返していると、情報通りの人達が馬車から下りて来た。


 年若い女司祭は輝ける大君主シャイニング グレート モナークの高司祭だと言う。


 続いて下りて来た筋骨隆々の老神官は戦装束の淑女レディ イン バトルドレスに仕える神官戦士。


 最後に優男が下りてきたが、その身のこなしと腰に帯びた剣からかなりの使い手であると推察できた、詩人にして剣士だと聞いている。


 彼らは情報通りだ。


 では、あの少女は……?


「シーヴィス殿。あちらの少女とその連れは?」

「情報が前後しましたが、あちらはナイトランド八部衆の一人将魔のフィスル殿です。停戦合意を口約束のみで終わらせる訳にもいかないでしょうから」


 ……それは前もって教えてほしかったんですけど!


 慌てたように少女の方を見やると、知った顔が馬車から降りて来た。


 いつぞや宮廷で顔を合わせたナイトランドのご老人とメルディスであった。


「ほうれ、見ろ。ロガ将軍自らきおったではないか」

「むう、ローデンの問題でかかりっきりだと思っておったんじゃが」


 そんな会話を憚りもせずに語りながら。


 ……いつもと違った意味で胃が痛い……。

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