第52話 情報の分析
私が嘗て構築した情報網は既に分断されていた。
幾人かの間者は行方が分からなくなっているし、多くの者は危ない橋を渡る事を止めた様だ。
そして、少数の間者が今では別の者に仕えている事が分かった。
如何に情報網を整えようとも、管理する者が不在となれば綻びは幾らでもできる。
その事実を改めて知らされた訳で、肩を竦めるより他はない。
私の任地が帝都から離れた場所が多かったのも、私が構築した情報網を分断させるためだろう。
そう言えば、バルアドから戻って来た際、カルーザス投獄に関連して情報の集まりが悪いと感じた事があったが、既にその時点で私の情報網は大分浸食されていた訳だ。
だが、そんなボロボロになった情報網でも幾つか有用な情報を引っ張り出す事は出来た。
一つはギザイアがローデンについて執拗に調べていた形跡があると言う事だ。
私が受け継ぐ事になった領地だからではないだろう。
彼女はこの帝都に潜りこんですぐに、ローデンについて調べているいくつかの痕跡を残している。
ローデンか、あそこには何がある?
ギザイアが執拗に調べている事から、オルキスグルブの排他的な宗教と何か関係があるのか?
確証がない話は一旦置いておくとしても、ギザイアが油断ならない敵であることもこの情報は示していた。
何故なら、彼女は自身の行動、その痕跡をそれ以降は上手く消しているからだ。
私がローデンに行っている間に行い顰蹙を買った愚行を除けば、彼女は目立った動きを見せていないように見えている。
ちなみに、その愚行についてだが、正直何故そんな事をしたのか良く分からない。
腕の良い仕立て屋に婚礼の儀に着るドレスを発注したそうだが、その完成品を見て激怒したと言うのである。
三柱神の一柱、
怒っただけならばともかく、その仕立て屋を牢に閉じ込めたと言うのである。
これは明らかにやりすぎだ。
名うての仕立て屋であったために、この仕打ちは帝都の民にすぐに広まり、民衆の不満が高まる。
そんな渦中の仕立て屋は、投獄の失意のうちに獄中で自殺してしまったと伝えられている。
ギザイアが殺したのか、本当に自殺したのかは分からない。
だが、仕立て屋の縁者が獄中に毒杯を持ち込めるだろうか?
ギザイア、ないしは彼女の関心を買いたいその周囲が自殺を装い殺したとしても驚くに値しないが、この一事だけは非常に感情的で愚かな振る舞いをギザイアは行っている。
ここに付け入るスキがあるのかもしれない。
それについては、もう少し情報を集めなくては何とも言えない訳だが。
さて、一方では勇者一行についての情報も得ることは出来た。
これは巷の噂に毛が生えた程度の精度の情報だがないよりマシだ。
三人の勇者とその仲間たちは計十二名。
僅かそれだけの人数でナイトランドへ旅立って、魔王の城に至り、魔王と直接戦って力を示し、停戦の合意を得たという。
聊か眉唾な感じも受けるが、彼らだけで停戦合意に至ったのは事実。
ナイトランドとゾス帝国の戦など、本来は無関係の筈の彼らが事を成したのだから誠心誠意、感謝を伝えるより他はない。
他に無いし、そうするつもりではあるのだが……一人気になる名前の人物がいた。
カナトスの白銀重騎兵であったと言うシグリッド殿については確かに気になるが、気になったの別の人物だ。
彼女の名前を知った時、その出身地を知った時、私は何とも言えない感情を抱いた。
トルバ村のコーデリア。
あの時の、あの子であろうか? 年の頃からもそうである可能性は高い。
私が、私たちが守ることが出来なかったあの村の少年のような少女。
悲惨な目に遭ったから、自ら勇者となるべく鍛錬したのかは分からないが、彼女はひとかどの人物になった。
それだけに、勇者と呼ばれる者達のその運命が平坦ではない事をまざまざと示された心地だ。
ただ、今の私が強く思うのは……本来守るべき者に、帝国は守られたのだと言う事実についてだ。
何とも情けない限りではないか。
将軍などと言っても己自身の無力さをまざまざと示された心地になる。
そして、私はコーデリアに、あの小さかったコーディに強い負い目を感じている。
民を、彼女の村を守れなかった将軍として。
彼女を含む勇者一行がそろそろ帝国領に入ると報せも来ている。
いかに負い目から会うのが気が重かろうとも、迎えにあがらねばなるまい。
ナイトランド軍を一軍で追い払ったカルーザスと同じく、魔王から停戦合意を引き出した彼女逹も紛れもない救国の英雄なのだから。
この様に、集まった情報はいくつか悩みの種をも運んできた。
だが、悩めるだけマシなのだ、何も知らなければ悩みようがないのだから。
そんな事をつらつらと考えながら送迎用の馬車を手配して、勇者一行が訪れるはずのバーレス城砦へと向かう。
カナトスと争ったバーレス城砦に、カナトスの白銀重騎兵の一員だった勇者を迎えに行くのは、非常に皮肉が効いているが……これも天の采配であろうか。
ともあれ、私はリチャードを引き連れて一時帝都を離れた。
帝国にとっての恩人たちを迎えに行くために。
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