第5話 ゾスの鈍い動き

 ローデンの民兵……と言うと語弊がある事が分かったので義勇兵とでもしておくか。


 その彼らとカナギシュ騎兵に合流すれば、きな臭いクラー領に長居は無用である。


 下手に手を貸せない以上は我らと言う厄介な種は早々に消えるのが彼らの為でもあろう。


 そう思うのだが……。


「ベルシス兄さん、伯母上の為にも一矢打ち込みたいんだけど」

「アネスタ、それは不味い」

「ウォランは黙っていて、今は兄さんに話しているの」

「アネスタ、私もウォラン殿と同意見なんだが……」

「何でよ! テランスとかいう馬鹿に一矢も打たずにに素通りするの!」


 うーん、幼いころからお転婆だとは思っていたけれど、一児の母になってもあまり変わらんなぁ。


 アネスタは伯母上にも懐いていたし、同じ女性として納得いかんのだろうが。


 ここで下手に攻撃を加えると多くの人間が不幸になる。


 一時の感情に任せて攻撃できないんだと教え諭す。


「……母上、僕も我慢するのが良いと思う。その貴族の人は酷い人だと思うけど、今母上が矢を打ち込んでも良い事はないよ」


 アネスタとウォランの息子ウオルがおずおずと口を挟むと、アネスタは肩を落として頷いた。


「それにな、アネスタ。私は奴を攻撃する時は伯母上なりガラルなりを連れてきて行いたい」

「……そうね、当事者もいないのに私が騒いでも仕方ないわね。ベルシス兄さんも奴を許す気無さそうだし、今は何もしないでおきましょう」


 テランスを許さない、当たり前じゃないか。


 ロガ領からクラー領まで実際に走ってみて良く分かった。


 この長い距離を伯母上は馬を駆り、刺客と打ち合い、我が子を守りながら帰ってきたのだ。


 その逃避行がどれほどの苦難であったか、実感として感じられた。


 クラー家とは上手くやっていきたいが、万が一テランスが領主の座にでも返り咲くような事があれば、必ず潰してやる。


 そう心に誓って、カナギシュ族と共に私たちは一路ロガ領へと向かった。


※  ※


 昼夜問わずとはいかなかったが、極力急いでロガ領へ戻る。


 往復で一カ月近く留守にしていたが、事態は大きく動いておらずほっとした。


「動きが無いのはありがたいが、帝国はどうするつもりなんだ? 五倍以上の兵力差をもってしても負けたままでは、外交上よくない筈だが」

「カナトス攻めの際は数万の軍勢を三回は動員されましたからね。三回目が特にきつかったのを思い出します」


 シグリッド殿がしみじみと告げる。


 彼女はあのカナトスが挙兵した際の戦いに参加していたのだ。


「三回目はロガ将軍が指揮していたと聞くが?」

「ええ、恐ろしかったですよ。決して決戦はせずに守りを固めるだけの将軍が」

「それで怖いのか?」


 リウシス殿が怪訝そうに問うと、彼の仲間である魔術師のフレア殿が肩を竦めて告げる。


「怖い理由があるに決まってるでしょ? 補給が滞ったからでしょう、シグリッド殿 」

「ええ。補給路を割り出され、物資が届きにくくなりました。食事は日に日に貧相になり、陣は殺気立っていきました。そんな状況で非はそちらにあるが、この条件を飲めば矛を収めると時折使者が来る……戦意を保てるものではありませんよ」


 そう告げると、幾人かの視線が私の顔に突き刺さる。


 いや、だって、それが私の戦略だし戦術なんだが……。


「ただし、ロガ将軍がカナトスでそれ程憎まれていないどころか、尊敬を得ているのには訳があります。最初に提示した講和の条件をどれほど有利になろうとも変えなかった事や、捕虜にされかけていたローラン王を有無も言わさず助けた事がありましたので」


 シグリッド殿が幾分慌てたようにフォローしてくれた。


 とは言え前者は矜持の問題だし、後者は企んだのがあのギザイアではなぁ。


 私としては当然のことをしたまでなのだが。 


「有利になれば条件を釣り上げるのが商売では?」

「確かに戦は商売に似ているが違う部分もある。それに……勝って驕らず、負けて挫けずがゾス軍の矜持であると教えられていたからな」

「そいつは立派な矜持だ、しっかりその教えを守れていればな」


 リウシス殿は皮肉気に言った。


 この太った勇者殿は耳に痛い事を言ってくれる。


 皇帝自身が守れていない矜持であるから、そう言われても仕方がない部分はあるけれど。


 その時、それまで黙っていたリウシス殿の仲間であるティニア殿が口を開いた。


 褐色の肌に白い髪を持つ妖精族の彼女の言葉は、帝都で名を馳せた詩人の美声の様に澄み切っている。


「カナトスの際と違うのは、ゾス帝国が防衛側だったと言う事。今回は逆にゾス帝国が攻め手側。勝てなければ一層周囲が侮る」

「そうね、ティニアの言う通りだわ。なのに派兵の動きが無いのは、アーリーと言う将軍がそれだけ信頼されているから?」


 ティニア殿の指摘を受けてフレア殿が自身のオレンジがかった金髪を弄りながら疑問を口にする。


 ……やはり、彼女らには素養がある。


 いや、彼女らだけではない。

 

 元が騎士であるシグリッド殿は無論、リウシス殿にもその素養は備わっている。


 つまり勇者とその仲間達には軍事の才能の片鱗が見て取れると言う事だ。


 特別に強い兵士と言うだけではなく、将として、或いは参謀としての気質とでも呼ぶべきものが彼らの内にはあるように思える。


「将軍。貴方は良く私たちに話をする。何故だ?」


 不意にシグリッド殿の仲間である背の高い女戦士シーズ殿が口を開く。


 歴戦だが豪快と言う感じは全くない物静かなこの女戦士は、何処か物憂げな雰囲気を持っている。


「それは、わしらの気質を計っているのであろうよ。誰がどんな事を気に掛けているのか、いないのか。戦向きか、向かないのか」


 そう言葉を返したのはコーデリア殿の仲間であるドラン殿だ。


 背の若干低い老人だがその体は筋骨隆々で、レヌ川の戦いでは自慢の戦槌で暴れまわってくれた。


 彼は戦士としての力量も高いが、戦装束の淑女レディ イン バトルドレスの神官でもある。


 戦いの女神の神官であるから戦術にもたけている頼もしい老人だ。


 そして、その老人が言った言葉は、何一つ間違っていない。


 付け加える事がるとすれば……。


「一人で考えるのが大変だからじゃないの?」


 ……それ。


 私のもう一つの思惑を言い当てた勇者コーデリア殿に、頷きを返して告げる。


「ドラン殿の言う事も、コーデリア殿の言う事も間違いではない。と言うかどちらも正解だ。君たちの力を借りるうえで間違った借り方はしたくない。それに知恵ある方々に話を聞いておくと、最終判断の助けにもなる」

「アタシはみんなみたいな知恵はないよ?」


 コーデリア殿が小首を傾いで言うので、それには首を左右に振り伝える。


「君は知恵者だよ、賢者の言葉を私に伝えてくれたじゃないか? ……私はその賢者を守れなかった無能者だが」

「……お姉ちゃんの言葉、覚えていたんだね、将軍……。でも、お姉ちゃんが、死んでしまったのはロガ将軍のせいじゃないよ」

「帝国の中枢にいながら野盗の跳梁を防げなかったのは私の」


 そこまで告げた所で不意に目の前に白い袖に覆われた手が現れて、ふわりと目の前で揺れた。


「貴方一人の所為ではない、そうではないですか、ロガ将軍? それに、コーディが将軍をお恨みしているとお思いですか?」

「いや、そう思ってはいないのだが……」

「職務に生真面目なのは結構ですが、全てを背負い込むと倒れますよ?」


 手の主はコーデリア殿の仲間であり、今では彼女の姉代わりであると言うアンジェリカ殿であった。


 輝ける大君主シャイニング グレート モナークの高司祭と言うのは伊達ではないようで、暗くなりかけていた空気をあっという間に切り替えた。


「ロガ将軍は困るんだよなぁ、悪辣とも違うし、正義の人って程じゃない。詩の題材に向いているのか向かないのか」

「そりゃ、お前さんの腕がヘボだからだろう?」

「マークイは女を口説く詩は得意だがそれ以外はからっきしだからな」


 アンジェリカ殿が切り替えた空気を読んでか詩人のマークイがお道化たように肩を竦めると、男性陣から彼に対する集中攻撃が始まった。


 あれは、口説こうとした女性でも横取りされたんだろうか?


 等と考えていると、伝令が駆け込んできた。


「閣下! 帝都で軍編成の動き有り! 今度はセスティー将軍を主将としたロガ軍撃滅の為の軍を編成中であると皇帝が宣言しました。どうやらテンウ将軍、パルド将軍が副将として補佐するようです!」

「漸くか……。これで動ける。軍の編成には時間がかかる、先にカムン領にて態勢を立て直しているアーリー将軍との決着をつける」


 私がそう告げると、勇者一行は私の切り替えの早さに驚いたのか一瞬目を丸くした後に頷きを返してきた。

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