第17話 警備隊への処遇

 ローデンの街に戻れた私は、急ぎ領主の館に向かって走る。


 背後の方でもざわめきが聞こえたので振り返ると、私を示しながら幾人かが騒いでいた。


 ……神殿っぽい所を通ってしまったせいだろうか、あとで謝らなくてはならないかもしれないな。


 ともあれ、領主の館にたどり着いた私は、その物々しさにある種の覚悟を決めた。


 領主の館を取り囲むように松明を持った警備隊が居並んでいるからだ。


 警備隊の反乱……。


 最悪の事態を想定しながらも、より館に近づくと既にローデン領の領兵や警備隊の一部も館を守るように警備隊と相対しているのが見えた。


 いかにも一色触発と言った空気を感じる。


 ――館を取り囲む警備隊の数は四百ほど、グレッグに金銭をもらった連中か。


 ……奴らにとって私の命の値段は銅貨五枚。


 日当の半分ほどの価値しかない訳だ。


 グレッグにとっては銀貨二百枚の出費でも、四百の兵士にとっては銅貨五枚の収入に過ぎない。


 それでも帝国に反旗を翻すのか……私に対する尊敬などなくても良いが、そうするだけの魅力がグレッグにあるのか? 帝国に残した家族や友人がどうなろうともグレッグに従うと覚悟を決めているのか?


 もし、そうであるならば、これは一地方の反乱では済まなくなるかもしれない。


 新たな戦乱の寵児の誕生を目の当たりにするのかと言う恐怖ともつかない感情に突き動かされながら、私は領主の館へと向かい、背後から警備の兵士たちや領兵、それに館にいるであろうガレント殿やレトゥルス殿下に向かって叫ぶ。


「――ベルシス・ロガ、帰参致しましたっ!!!」


 大きく息を吸い込んでからの怒号のような帰還の言葉に振り返った警備隊の兵士たちは、亡霊でも見たかの様に驚きを露にした。


「ロガ将軍!」

「ボレダン族に囚われた筈じゃ……」


 口々に囁き合う声が響いた。


 囁きはざわめきに変わり、警備隊に伝播していく。


 私は戸惑うような空気に、先程感じた恐怖が急速に払拭されるのを感じた。


 グレッグが全員に腹を割り、企みを全て語った訳ではない事が察せられたからだ。


 帝国に弓引く所業を四百人が全て承知していたわけじゃない。


 だから、事に当たるにしては軽々しく、小銭を貰えば酒場で吹聴もすると言う事か。


「この騒ぎはなんだ!」

「け、警備隊長殿が勝手に囚われた将軍の尻拭いをするのは嫌だと……」

「おい、馬鹿、止せ!」


 気圧された一人の兵士が私の問いかけに応じると、他の兵士が慌てて止めに入る。


 だが、私は聞こえてきたその言葉に心底腹を立てた。


「私をボレダン族に差し出しておいて尻拭いとは片腹痛い! グレッグは何処だ! 奴はカナギシュから幾ら貰っている! カナギシュはボレダンを攻め、そのほ殆どを討ち取ったぞ! 次は何処だ? 帝国か? そして、貴様らは帝国侵略の最初の先兵となったかっ!!」 


 怒りと言うのは、厄介なものだ。


 言葉が過ぎれば禍根が残ると知っているけれど、一たび放たれた言葉はとめどなく口をつく。


 どこかで、どこかで冷静さを取り戻さなければと理性は囁くのだが、感情が言う事を聞いてくれない。


 怒りに震えながら警備隊に向かって歩くと、彼らは気圧され道を開ける。


 事の重大さに今更気づいたのだろうか。


 警備隊を割って表れた私の姿に、館を守っていた領兵も一部警備隊も驚き、館を守っていた方の警備隊から一人飛び出てきた。


「ロ、ロガ将軍! ボレダン族が敗れたとは、本当ですか!」

「事実だ。二、三百ほどが最後の矜持を発揮して私と共にカナギシュの包囲陣を突破したが、死地を求め戦に戻った。私は借りを返さねばならない。……名前は?」

「ローデン警備隊、百人隊長ブルームと申します、閣下」

「グレッグに与せぬ警備隊はここに居るだけか?」

「この騒ぎに乗じて何事も起こらぬように、非番の者共々、街中で待機しております。それに警備隊長はゾスを守る軍の要であればこそ従っておりましたが、この場にいる者の中でも個人として忠誠を誓う者はいないかと……」

「私は今朝の訓練時にボレダン族に差し出されたが、訓練に参加した者でそれを止めた者はいなかった。彼らはグレッグに従っているのでは?」

「お怒りはごもっともでございますが、彼らも家族が帝国各地にいる者達でございます。今のように度を越した騒ぎは起こせても、将軍を敵に売り渡すような真似は致しません」


 若いながらも百人隊長であるらしいブルームと言う兵士は、私の言葉に引くことなく言い切った。


 ……うーむ。


 確かに、家族がどんな目に合うか分かったものじゃないのに、銅貨五枚でこんな杜撰な策に参加するのもおかしいか。


 得するのはカナギシュばかりなのだから。


 それに今は時間がない、怒りをぶつけて時間を浪費する暇はないのだ。


「ブルームの申す通りか! お前たちはグレッグの企みに乗り帝国を売り渡した売国奴ではないのか!」

「恐れながら、それは違います!」

「されど、お前たちは私を売り渡される現場に居ながら何もしていない!」


 私の言葉は夜気を切り裂き、兵士たちを一瞬黙らせた。


「……だが、お前達にはそれほど怒りを抱いていない。何故ならば、この国境警備の最高責任者が買収され、帝国に弓引いている状態であるからだ。上が弛めば下も弛むのは道理」


 いや、実際には頭に来ていたけれども。

 

「それに、私は私を救うために命を投げ出したボレダン族の勇士を救いに行かねばならない。いずれ沙汰は下るだろうが、それは今ではない。その沙汰とて、精々が私を人質と言う屈辱的境遇に追いやった程度の物なので、三日間、荒れ麦の食事とする」


 人の命の危険に晒したのだからそのくらいの刑罰は与えられてしかるべきだとは思う。


 荒れ麦はパンを焼くには今一つだが栄養価は高く、飼葉に混ぜて馬の餌にしている麦だ。


 馬と同じ食事を取れと言う訳だから、騎馬民族でもなければ屈辱と受け取る。


 それで次はそうならぬように奮起せよとはっぱを掛けている訳だ、この刑罰は。


 やったことに関しては軽い刑罰だと思うが、これには考えがあった。


「それとて、今日、これからの働きによっては不問に付しても良い。警備隊は打って出る。己が罪を恥と思うのならば、今宵の働きで禊とせよ!」

「ふ、不問ですか! まさか、警備隊長も?」


 ブルームが驚き問いかける。


 軍律は鋼でなくてはならないのに、刑罰を下さないのかと驚いているのだろう。


「グレッグは軍法で裁かねばならない、見つけ次第捕えよ」

「心得ました!」

「警備隊諸君、将軍を売ったお前たちを率いて私は出撃する。お前たちが私について来ないのではないかなどとは考えていない。私はカナギシュに攻められたボレダン族すら率いて生きて帰って来れた。何故、同胞のお前たちを率いることが出来ないなどと思う物か! 警備隊諸君、お前たちの恥じ入る心と義務感が恐怖に打ち勝つと信じている。だが、もし誰も従わないとしても、ブルーム率いる百人だけは私に従うだろう。彼らはその時より私の近衛部隊となる」


 ガレント殿の館の周りにいた兵士たちは静まり返っていた。


 一方でブルームや彼の部下たちは一斉に雄たけびを上げた。


「おお! 我らの働きを見ていてくださり感謝いたします、閣下!」

「戦の準備だ! 閣下を助けたボレダンの連中を救いに行くぞ!」


 そこに幾人かの警備隊の士官が、取り囲む兵士たちをかき分けて現れた。


「閣下! 我らの武勇はブルームにも劣りませぬぞ!」

「是非お連れください!」

「閣下の寛大な処置に感謝いたします、この償いは今宵の戦働きにて!」


 街中で待機していた警備隊の百人隊長やこの場にいた百人隊長が飛び出て来たのだ。


 私はどうにか兵の士気を下げずに上げることに成功したようだ。


 ほっとしながらも戦の準備に取り掛かろうとすると、館の扉が開いてレトゥルス殿下と二人の護衛がやってきた。


「そういう事なら俺っちも手伝うか、ウォードもギェレ共々よろしく頼むわ、ロガ卿」


 ……はい?

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