アルスター平原の激戦

第10話 戦場はアルスター平原

 ロガ領の主要都市ルダイは、一時は住民以外は退去している状況だった。


 だが、五倍以上の敵を退けた事で流通は再び活性化し、商人の往来が再び始まっていた。


 そして、傭兵達が仕事を求めて流入してきたのだ。


 まだまだ大きな傭兵団は動かなかったが、西方諸国の息のかかった傭兵や砂大陸出身の傭兵、それにテス商業連合の商人達が信頼していると言われる傭兵達も出入りを始めている。


 テス商業連合が何故傭兵を送るかと言えば、答えは簡単だ。


 彼らにしてみればガト大陸にはゾス帝国と言う巨大市場がある状況だ。


 例え奴隷制度の導入を拒まれていても最大の版図を持つ帝国と取引しない商人はいない。


 だが、それが二つに割れる可能性が私の勝利で否定できなくなった。


 ならば将来どう転んでも良いようにと、どちらにも恩を売っておこうと言う心算なのだろう。


 これらの傭兵も街に出入りしているが戦力としてそれ程あてにはならない。


 用いる事が可能な二万五千の兵力で三将軍を相手にするより他にはない。


 帝都を発った三将軍はそれぞれ三万の軍団を指揮していると報告を受けている。


 五倍の兵力を相手にした時よりはまだましだが、三倍以上の兵力を相手にするのだ、生半可な場所で戦ってはダメだ。


 レヌ川はそろそろ雨期に入り、川をせき止めて放流なんて真似は危なくてできないし、何より一度使おうとした策だ、対策は練られているだろう。


 そうなると、彼らの考えの裏をかかねばならない。


 まず私がとると思われている戦法は籠城であろうか。


 先のカナトスとの戦いの様に。


 本来援軍なき籠城など意味はないのだが、私ならばどこかと手を結んで援軍が到来するまで時間を稼ぐかもしれないと思うように動いておいた。


 元々籠城と言う選択肢はないが、援軍の要請はレヌ川の戦いが終わってローデンの義勇兵がロガ入りしている頃に方々ほうぼうに出してある。


 カナトス、パーレイジ、ガザルドレスと言った帝国東部の国々や西方諸国に、だ。


 帝国と折り合いが悪い国々だが、表立って事を構えるという段階には至っていないだろうから、きっとこの要請は無視される。


 だが、帝国からすればそんな事は関係ない。


 かつて攻めてきた国や敵意ある国に私が援軍要請を出せば、そちらに対する備えに兵を割かねばならない。


 帝国は守るべき版図が広大であり、私ばかりを相手していられないのだから。


 それでも十万近い兵を差し向けてくるだけの力があるのだから恐れ入るが。


 ともあれだ、彼らの思惑通りに籠城などせずに帝都より向かってくる三将軍の軍団をどこかで迎え撃たねばならない。


「そう言う訳だ、アントン。防衛地に適した場所の案はあるかい?」

「防衛線を押し上げてとなると……アルスター平原はどうですか、ベルシス兄さん」

「アルスター平原か……。なるほど、面白い所に目を付けたな」


 私の言葉を聞き、アントンが頷きを返すがその他の者達は驚きをあらわにしている。


「待ってくれ。多数の相手を迎え撃つのに平原で戦うのか? 会戦への釣り出しという意味ならば有効だろうが……」


 リウシス殿が言葉を発すると、殆どの者は彼に同意するように頷く。


「確かにその懸念は最もだがアルスター平原はここから北に向かい、丘陵地を超えた先にある」

「丘陵地?」

「幾つにも連なる丘、左右に流れる細い川、ルダイへ続く街道は長い坂道……私たちの本当の狙いはそこにある」

「そうです、丘があると言う事は兵を伏せやすく、坂の上から攻撃を加えれば寡兵でも戦果を上げやすい、そして……」

「ああ、分かった。左右の川が戦場を限定してくれるって訳か」

「そうだ、九万を相手にするのではなく、三万を相手に三回戦う形にもなりえる」


 そうなった所で厳しい戦いを強いられるのに違いはないが、ただただ大多数に包囲されるという惨事は起きにくい。


「それもまじめに戦えばの話だ。もし敵陣と相対した時に私が敵兵の多さに嫌気がさして丘陵地に逃げ出したらどうなる?」

「兵を伏せてある丘陵地にか……。更に自分が囮になり敵を誘い込もうというんだな?」


 リウシス殿がうなりを上げるような声で告げると、肩を竦めてさらに続けた。


「逃げるロガ将軍を追って勝ったと思っていた兵士たちは、次の瞬間には絶望に突き落とされる訳だ」

「一旦希望を抱き、それが壊されるとその反動と言うのはでかいからな。一気に士気を挫くことが出来る」

「……なるほど、将軍のお考えは分かりました。ですが、三将軍はロガ将軍が指導した事があるとも聞きます。ロガ将軍の考えを見抜き、面子を無視してでも会戦に応じずルダイを攻めたりはしませんか?」


 話を聞いていたシグリッド殿が問いを発する。


 システィー将軍やパルド将軍、それにテンウ将軍は私をどう評価していたのかは分からない。


 だが、私がカルーザスであったならば話は別だが、彼らは面子がつぶれるのを無視して行動できるだろうか?


 私は無理ではないかと思う。


「そこまで成長しているのならば苦戦は必至だ。だが、面子と言う奴を無視すると兵が言う事を聞かなくなる。逃げ腰と思われる。勝算の高い戦いを目の前にしてそんな状況に態々飛び込むだろうか、とは思っている」

「確かにそう言う向きもあるでしょうが……」


 シグリッド殿は一応は納得したようだが心配そうな表情を浮かべている。

 

 だから、私はさらに情報を追加した。


「それにパルド将軍とテンウ将軍は互いに功績を競い合っている節がある。片方が釣り出されれば、片方も焦って突出するだろう。その辺は未だに改善できていないと聞いているからな」

「なるほど、確かにその様な状況であれば策が成る公算は高いですね」

「主将の人がダメって言ったら?」


 そう口を挟んできたのは回復して間もないコーデリア殿だった。


 彼女はあまり戦術について良く分かっていない節があるが、そうであるにも関わらず懸念をズバリと言い当てる事がある。


「それは考えないでもなかったがセスティー将軍は優柔不断な所があるからな。アクの強い副将二人を御せるかどうか。それにそれほどに成長している可能性もあるが、功を焦る将の気持ちまで酌めるかは疑問だ」


 彼女はカイエス家の人間であり、テンウ、パルドの両名は外の人間だった。


 連携は普通に行えても功績と言う餌を前にした時に、どういう反応を示すかまでは理解しきれていないのではないか?


 私も彼らを読み切ったつもりでいるがきっと読み切れていない部分はある。


 それが戦の要因にならねば良いのだけれど。

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