第9話 見舞いと説得
砂鰐の件はどうにかなりそうなので、次はやはりアーリー将軍らの扱いを決めねばなるまい。
彼らは敵将である、将ならば兵と違い責任を負ってもらわねばならない。
が、ぱっと出の将軍と言えども若い娘に責任を負わせてもなぁ……。
正直、ロガの領民も彼女にはさほど興味がない。
元凶は皇帝であるわけだし、何より私に敗れた事で頭数を揃えるためだけに抜擢された可哀想な人と言う評価まである。
当人にとっては屈辱的であろうが、私としては極刑で臨まなくてはいけないなんて空気で無い事はありがたい。
後は、私自身のこのわだかまりを如何にか飲み干せば良い。
コーデリア殿を傷つけた相手というわだかまりを。
……それを思うと聊か自信がなくなる。
我ながらこの心の動きをどう評した物かを悩みながら歩いていると、いつの間にかコーデリア殿が臥せている部屋の前にいた。
扉をノックするといつもの通りアンジェリカ殿が顔を見せて、少し呆れた様に笑った。
「将軍、コーディは大丈夫ですから、ご自身の執務に戻ってください」
「そうは言うが、まだ話をしていない。自身の口で礼を述べたいのだけれども」
傷を負って数日、手当てを受けて意識も戻ったとは聞かされたが、未だに面会できていない。
まずは安堵したものだが、それでも顔を見て自身の言葉で礼を述べたかった。
「そうですか。――しかしながら、コーディ―自身が今は会いたくないと」
「会いたくない訳じゃないよ!」
扉の向こうからコーデリア殿の声が聞こえた、聞こえてきた言葉に少しホッとする。
「ああ、そうですね、今のはわたくしの言い方がいけませんね。――将軍」
「う、うん」
「守った相手がそんなにすまなそうな顔をして、謝りに来るのがコーディには辛いのです」
「いや、しかし、私の判断ミスで」
「そう言う自省は心の中でやってください」
ぴしゃりと言われた。
確かにそれはそうなのだ。
だが、一言謝らねば前に進めない。
「確かにそうだ。だが、私は直に彼女に謝りたいのだ。前に進むためにも」
「将軍、貴方は気負い過ぎていますよ、特にコーディに対して。守るべき民に守られたことは将軍として恥ずべきことと考えているのかも知れません。ですが、民とはそこまで弱い者でもないのです」
アンジェリカ殿は説法をするかのように、まっすぐと私を見据えてはっきりと言った。
「上に立つ者の為に死ぬことも辞さず戦うのは何も兵士ばかりではありませんよ。糧食を提供する農民も、金銭を提供する商人もそれぞれの命を削っているのです。ベルシス将軍ならばご存じでしょう? そして、将軍の為に命を賭けようとしているのはコーディも同じこと」
「アンジェリカっ!」
また、コーデリア殿の声が聞こえた。
「……あまり怒らせてもいけないですね、傷に障る。……正直な所、傷を負った事でコーディは少しネガティブになっています。魔王城に赴いた際にも傷は負っていますが、それらもまとめて嫌悪の対象になってしまったと言いますか……」
コーデリア殿を慮ってか、囁くような声音に変えてアンジェリカ殿は話を続けた。
「何故?」
「将軍、貴方の所為ですよ。傷を負った事で醜いと嫌われたらと言う乙女心です」
乙女心は分からない。私の為に傷を負った者を私が遠ざける訳も無いのに。
「……では、コーデリア殿に伝えて置いてくれ。どれだけ傷を負おうと君の気高さ、美しいさは減じる事はない。いや、一層輝きを増すだろうと」
「――それは……当人に言ってあげると良いと思いますよ。ただ、今は別の意味で傷に障るので、数日後にでも。――ああ、将軍」
アンジェリカ殿はまた少しだけ呆れたように笑ってから、そう付け加えた。
そして、去ろうとする私を彼女は再び呼び止めた。
「何だろうか?」
「コーディをよろしくお願いします」
「……分かった。肝に銘じて置くよ」
その言葉の意味を理解できない程、疎くはないつもりだ。
私の言葉にアンジェリカ殿は頷きを返して、コーデリア殿が横になる部屋に戻っていった。
そんな会話のおかげか、彼女の居室より戻る足取りは先程までより大分軽くなっていた。
コーデリア殿の声が聞こえたからだろうか?
そう考えながら、自身の居室兼執務室の扉を開けようとした私を呼び留める声があった。
「ちょっと良いか、将軍」
「ああ、リウシス殿か。アーリー将軍の件か?」
「ああ。
「何故だ?」
「彼女は、アンタに神を見ている」
……ちょっと、何を言っているのか分からないです。
余程、間抜け面を晒していたのか、リウシス殿は太った腹を揺らしながら笑って。
「アンタは、コーデリアの一件であまり良い感情を持ってなさそうだが、向こうは神性視している節がある。将として個人の情を押し殺して口説いてみてはどうだ?」
「私にそれが出来るとでも?」
「まあ、無理だろうな。それでも、一度しっかり話し合ってみろ、恨み言を言うのでも良い」
そう告げてリウシス殿は食堂の方へと向かっていく。
また食うのか? やはり食わないとあれだけ激しく動けないのか? 等と思いながらも、彼の忠言を頭の中で吟味していた。
※ ※
で、結局、アーリー将軍に私が直接尋問を行う事にした。
尋問と言っても、
一定階級以上の者を相手に行う尋問と言えば、ある意味交渉の延長線上でしかない。
私はシグリッド殿の仲間の一人であり、地図の作成や筆記が得意だと言うアレン殿を連れてアーリー将軍の部屋を訪れた。
「お疲れの所、失礼する」
「……ロガ……将軍か」
アーリー将軍が小さな声で応えた。
なるほど、コーデリア殿が言っていた通り、白い髪の褐色の肌の美しい女性だ。
シグリッド殿と同じくらいの年齢であろうか。
伏せ目がちの様子から、あまり自分自身に自信を持っているタイプでも無さそうだ。
ならば、なにゆえに八大将軍等と言うよく職に就いたのだろうか?
「殺すのか?」
「私は其処まで馬鹿では無いし、非道でもない心算だ」
どうも彼女は鎧を纏わないと非常にネガティブな人格を有している様だ。
鎧を纏う事で戦場の将軍になれるのか? しかし、そう考えればレヌ川の渡河作戦の際に兜が割られただけで撤退した事に対して辻褄は合う。
あの状況下であれば。まだ抵抗することは出来た筈だからだ。
「あの娘は、命がけで貴方を守ろうとした。自身に致命の刃が迫る最中でも、平然と身を翻して貴方の傍に行った」
「コーデリア殿の事か」
頷くアーリー将軍、何を思ってか長いまつ毛が震えている。
「何を思う?」
「俺には、出来ない」
俺? アーリー将軍は自身を俺と呼ぶのか? しかし、男勝りな印象など欠片も無い彼女には余り似合っても居ない。
「万人には無理な事だ。或いはコーデリア殿だけが可能なことかもしれんな。その彼女に何を思う」
「……羨望だ」
「何?」
「それと、嫉妬」
……この人、ちょっとヤバい人かな?
そっと互いの証言を書き記していたアレン殿に視線を投げかけると、彼は肩を竦めていた。
「俺は、ただ王の血が流れているだけだ、他には何もない……。なのに、ナゼムもラネアタも命を懸ける……。俺には貴方のような美しさは無いのに!」
ああ、そっちか。良かった、心を病んでる系かと思ってしまった。
まあ、当人にしてみれば何で他人が自分に命を懸けるのか分からないと言う重たい状況だが。
「そこに思い悩まぬ者に命を懸ける愚か者も居るまい。大いに悩むと良い。――ふむ、味方に引き込もうかと思ったが、貴殿はあれだな、旅にでも出たまえ」
私の口から、本当に何の考えも無しにそんな言葉が放たれていた。
アレン殿が茶色の瞳を見開いて吃驚しているのが垣間見えたが、今は無視しよう。
「旅?」
「貴殿の罪は、派兵を命じたロスカーンの罪。だからと言って、無罪放免と言うのは虫が良すぎる。八大将軍の座を断る事も出来た筈だからな。ゆえにロガ領よりの退去を命じる。貴殿の為に命を懸けた側近共々、退去されよ。帝国軍に戻るなり、トウラ卿の元に戻るなり、好きになされよ」
「……」
「だが、再び敵となると言うのであれば、その時は覚悟を決められよ。私としては、今度は
そう告げて立ち上がり、部屋を出ようとした。
が、そう言えば気になる事があり、彼女に顔を向けて問いかける。
「時に、太陽王とはいかなる意味だろうか? 猛獣使いの青年が口にしていたが」
「
「……なるほど」
あれは賛辞だった訳ね。
ありがとうと告げて、アレン殿を伴って私は部屋を出た。
程なくして私の命令通り、アーリー将軍とその側近たちはロガ領より退去する事になった。
これでようやく次の帝国の攻勢に集中できる。
そう一息つく間もなく、帝国軍の侵攻を知らせる報が届く。
今度の敵は勝手知ったる元同僚たち……一筋縄ではいかないだろう。
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