第54話 宣言と進軍
殿下の葬儀は滞りなく終わらせた。
ただ、私は最後に殿下に対してお別れを告げるその席で、自身の領土を拡張する意思はなく、ゾス帝国と言う国の滅び自体を願っているのではない事をぶちまけた。
滅びるべきはロスカーンとギザイア、そして彼らにおもねるその取り巻きのみであると。
これは帝国臣民をいたずらに刺激しないためでもあり、周辺諸国の感情を逆なでしないための言葉でもある。
西方諸国も東の国々もゾス帝国が滅びるよりはロガと反目しあってでも残っていてくれた方が良いと思っていると私は考えている。
東西の国々からすれば巨大で強力な帝国が中央にいたからこそ、何をするにも許可が必要になり邪魔だったのだ。
これが二国、ないし三国くらいに分割されるのであれば交易であれば関税の安い方を選ぶとか、外交であればお近づきになりたい方を選ぶなどの選択の余地が出てくる。
この選択肢があると言う状況が重要というのもあるが、もっと簡単に言ってしまえば隣国が巨大な版図と軍事力を持っていなければそれで良いのだろう。
私がゾス帝国の隣国の王や将軍であったとしたら……それこそ胃に穴が開きそうな毎日を過ごしていたと思う。
ゾス帝国の僅かな動きを、それこそ一挙手一投足を細かにチェックしてどんな意図があるのかを計り、自国に難が振りかからない様に振舞わねばならないのだから。
東部の国ならばまだ対抗するすべもあるし現に侵攻したりもしていたが、西方諸国となればそれこそ騎馬民族に金品を渡して補強しつつ、帝国の視線を騎馬民族に向けさせるくらいしか手がない。
そう言う策謀の日々は……まあ、今とそう大差ない気もするけれども。
しかし、私が今も帝国に対抗できているのはゾスの元将軍であったからだ。
彼の国の兵站を知り、兵を知り、いかに戦うかを知っているからにつきる。
それとて危うい均衡の上での戦いだったのだから、他国の人間であったならばきっと何も分からず敗れていただろう。
そんな大国にほころびが生じて国が二つに分かれた今、周辺諸国が勢いづくのも自明の理。
だから、私がゾス帝国に取って代わる事を歓迎する筈もないし、させるつもりも無いだろう。
他国にとってはゾスの治世が悪化しようがどうでも良い事、自国に影響のない範囲であればむしろゾスの国力が低下するからと喜んでいる節すらあったかもしれない。
だから、無用な敵を作らぬように故人に宣言したのだ。
領土拡張を求めるつもりは無いと言う事を。
ただ、今のゾス帝国の上層部さえ一掃できればそれで矛を収めるつもりであると。
元の鞘には収まらないだろうが、ロガ領とローデン領の自治を求めはするがそれ以上の領土的野心はない事を。
少しばかりくどいと思われる程に故人に言葉を並べ立てた。
外交に聡くなくともそれが諸国へ向けた私のメッセージだと伝わったものと思う。
私の意志を、国の在り方を明確にしておかねば余計な戦が巻き起こる。
ゾス帝国相手取るだけで手一杯なのだから、そこに他国が敵として絡んでくる状況は避けるべきだ。
その様な観点からも、私がレトゥルス殿下の葬儀を執り行った理由を周囲は察してくれるだろう。
ちなみに、ゾス帝国からは非礼をなじる声明が出たようだが、気にしても仕方ない。
一時停戦はしたが別に休戦した訳でもないのだから。
この葬儀に際しての私の発言で問題があったとすれば、ベルシス・ロガは今のゾス帝国とは決して和平に応じないと言う事が明白になった事だけだ。
それにゾス帝国も現上層部の一掃を成そうとする輩と和平など結ぶ筈もない。
つまり、明確に関係の修復の余地もなく私はロスカーンと戦う事を宣言したことになる。
が、これはデメリットと言うにはあまりに今更な話だ。
そう、私かロスカーン、或いはギザイアの息の根が止まるまではこの戦いは続く、そう再確認しただけの話でもある。
だから、腹を括ってゾス帝国の領主たちに問わねばならない。
今なおロスカーンに仕えるのか、ロスカーンを排斥して新たな皇帝、ないしは王を打ち立てるのかを。
その様な文書を各方面に放ったのが葬儀から二日後の事。
文書を送ってから私は矢継ぎ早に行動を開始した。
顔見知りのゾスの貴族たちに協力を取り付け、カナトス、ナイトランドに援軍の要請を出し、兵馬の訓練に明け暮れた。
大寒波のおかげでガザルドレスやパーレイジで戦っていたゾスの将兵は疲弊しきっている。
今の機を逃せば再びゾスが戦力を拡充して攻めてくる。
そうなる前に決着をつけてやる。
ゾス帝国の帝都ホロンを今度は陽動ではなく本気で攻め落とす準備を始めた。
次の戦が勝っても負けてもゾスとの最後の戦いになるだろうと言う確信の元、私は準備を進め、葬儀より二十日後にはロガの地を軍勢と共に発った。
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