第26話 サンドラの献策
サンドラが伝えてきた策はある意味簡単だった。
ロガの首都となるであろうルダイには私の替え玉を置き、少数の護衛のみを引き連れてクラー領主エタン殿と合流する。
そして、クラーの領兵を率いてテランスの軍勢を打ち破ると言うものだ。
確かに、私の今の武名ならばエタン殿も受け入れてくれるかもしれない。
だが、そうする以上は必ず勝たねばならないが、当然ながら確実に私が勝つという保証はない。
ある筈もない。
私がゾス帝国と渡り合えるのは多くの力添えがあってこそ。
それが私単身でクラー領の見知らぬ兵を指揮したところでどうなると言うのか?
「私が今までゾス帝国を退けて来れたのは、多くの力添えがあればこそだ。私がクラー領の兵を指揮するだけで勝てると思っているのかね?」
それに対する彼女の答えは明瞭であった。
「確かに。失礼ながらロガ王はカルーザス将軍のように才気あふれるお方ではありません。しかしながら、ロガ王には兵站と言う才がおありになる。貴方の到着と共に現領主エタン殿側に糧食を運び込み恩を売る、その一方で前領主のテランスには補給線を餌に誘い出す。これが作戦の第一」
「待て。他領主の領地を通って物資を運ぶと?」
「貴方がたの政治力を用いれば可能でしょう? ルダイより船便で西方諸国に一旦運び出して、西より運び込むという手法も取れますし」
中々に要求する内容の難易度が高いな、こいつ。
だが、西方諸国に関しては確かに向こうからすり寄ってきているのは事実だ。
西方諸国のいずれかとここで外交のカードを切っておけば、今後の関係を深める事にも繋がるか。
「その辺は分かったが、第一と言う事は他にも私が赴くメリットがあると?」
「無論です。第二には疲弊している民草にとって貴方が救い主になりえると言う事。事が上手く運び戦をおさめれば民草は貴方に心服するでしょう」
「――そううまくいくかな? 私が彼らの苦労の始まりでは?」
「始まりは現皇帝ではありませんか、貴方は帝国を憂いて立っただけ」
そうではありませんかと小首を傾ぐサンドラの青い双眸は僅かに細められた。
「生き永らえるためだけに反旗を翻したようなものだ」
私の返答に虚飾なき答えだと笑うも、その双眸は一層細められた。
そして、伺うように傍らのギーラン殿を見やり告げる。
「おや、これは中々に頑固な。ゴルゼイ先生もそうですがどうにも八大将軍と言う座にいた方は頑固でいけませんね、ギーラン先生?」
「ベルシス殿は人当りも良く、言葉を重ねれば容易に翻意されると思われがちだが、その実は誰よりも頑固。十四の若年で身一つ王宮に留まり将軍足らんと努力を重ねた胆力と意志の強さを持つお方だ。侮るべきではない、お主も口先だけで説得できるとは思わぬことだ」
……ちょっと、それは高評価でないかい?
って言うか、そう言う目で見られていたのか……。
「人に甘く自分に厳しい人物と聞いておりましたが、それだけではないと言う事ですか。これは認識を改めねば」
そう言う事を臆面もなくこの場で言いやったサンドラは僅かに悩む様に視線を巡らせた。
そして、何やら頷くと堂々と語り出した。
「正直に申し上げましょう、私にも欲と言う物がございます、陛下。貴方と共にクラー領に赴き内乱をおさめる事で私も軍師としての実績を得たい」
「我が兵士の力を借りずとも私を勝利せしめた王佐の才の持ち主であると世に知らしめたいと? それが少数のみで赴くという理由の一つかね」
「先ほど挙げたメリットに複合した私の本心と言う物です。実際に他領の領主を刺激するのは得策ではないでしょう?」
その言葉にのっそりと手を上げて意見を述べたいと主張する者が現れた。
太った勇者殿ことリウシス殿だ。
「あんたの我欲は置いておくが、糧食を西方諸国から運び込む、そいつはどうなんだ? やはり帝国領主を刺激するんじゃないのか? 食い物を運べると言う事は海運を通じて軍を送り込むこともできると疑い始めるんじゃないか?」
「この場合の刺激は何も考えずに兵を繰り出す様な脊髄反射的な物を引き起こしかねない行動です。直接的な刺激でなければ良い揺さぶりと言う物ですよ、勇者殿?」
「何?」
リウシス殿が訝しげに問い返すと、サンドラは咳払い一つして……。
「ゾス帝国の内乱、皇帝かロガ王のどちらに与するのかを多くの領主が考えている事でしょう。帝国には悪政を強いる皇帝がいるが、他を歯牙にかけない圧倒的な軍事力がある。しかし、一方で義を見せて立ち上がった形になっているロガ王は帝国の圧倒的なはずの軍事力に寡兵で立ち向かい退けている。帝国が安泰とも言えないし、ロガ王の声望が高まりつつある。ああ、そうなるとどちらに付けばよい? 多くの領主はそう煩悶している筈。傍観し続けては勝者に後に何をされるか分かりませんからね」
帝国領主たちの心情を、芝居のような大仰な身振り付きで解説を始めた。
ギーラン殿を見やると彼は肩を竦めて見せた。
どうやらこれはサンドラの思考の癖の様だ。
よくしゃべると思いながらも彼女の考えに耳を傾ける。
「今ロガ王に付こうとしている者は過去にロガ王自身に恩がある者が大半。ですが、もう一押しの戦果があれば日和見の領主たちに大きく働きかけることが出来ます。日和見者がいくら集まっても所詮は烏合の衆ですが、割り切って使えば数は力になる。一方でそれでも帝国に忠誠を尽くそうとする者には何を言っても無駄、戦うしかない訳ですが……。さて、ロガ王が海運を用いて物資を運搬すれば、彼らは当然軍も動かせると警戒します。だから、海にも陸にも備えなくてはいけない。たとえそれが内陸の領地であってもいくつか進軍ルートを見定めて備えなくてはいけない」
「……良くしゃべるな、あんた。だが、まあ、分かった。敢えて力を見せる事で日和見者たちをこちらに引き込むついでに、敵には揺さぶりをかけようってんだな? そう言う事ならば理解できる」
サンドラが策を歌を吟じるように紡げば、流石のリウシス殿も辟易したように一言呟き、その後に策自体には理解を示した。
「そうなると、思わず反撃したくなる刺激ってどんなのよ?」
リウシス殿の傍らにいたフレア殿が思わず問いかけると、サンドラはにこりと笑みを浮かべて。
「まずは兵士が領内を通る行為。これは慎重を期すに越したことはありません。軍の通行許可を得る前にそれを行えば少なくとも小競り合いにはなるでしょう。ローデンの兵士達がよく無事にロガ領にたどり着いたものだと驚きを禁じ得ませんでしたよ。次に人材の引き抜き……人材が向こうからやって来るのだって危険極まりないのに、それを引き抜くとあれば――」
「分かったわ、もう結構よ。本当によく口が回るのね、貴方」
強気なフレア殿も若干引き気味だ。
一見正しい事を言っているように思えるが、これだけ喋られると言葉で適当に押し流されているようにも思えてしまう。
それは軍師を目指す彼女にとっては損ではあるまいか?
「分かった、君の策で行こう。具体案をまとめて後ほど提出してくれ」
「おや、宜しいのですか? 具体的なプランの説明もないのに?」
「具体案を詰めるのは君の仕事だ。それに、私はゴルゼイ殿もギーラン殿も信用している。彼らが推してきた君の才も信用しよう」
「命が掛かっているのに、ですか?」
「信じるとはそういう事だ、君の働きに期待している」
それだけ告げるとサンドラは僅かに押し黙って、それから仰せのままにと頭を下げる。
その様子をギーラン殿は満足げに眺めていた。
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