第17話 決着

「突撃せよっ!!」


 声を張り上げた私のすぐそばを、魔術兵が放った石弾ストーンバレットが着弾して、砂埃を巻き上げ大地を抉った。


 その脇を駆け抜けると、直ぐに別の魔術兵が放った火矢ヒートアローがすぐ傍を過っていく。


 背後で悲鳴が上がり、落馬した金属鎧の音が聞こえる。


 魔術兵の攻勢が止んだと思ったら今度は山なりに放たれた矢が降り注ぐ。


 借りていた盾を斜め上向きに向けて、頭を庇いながら馬を疾駆させる。


「駆けろっ! 敵本陣はもう間近だっ!!」


 もうセスティー将軍の陣まではあと僅かなのに、そこまでの距離がもどかしいほど長く感じる。


 と、矢に注意を払っていたら真っすぐ私目掛けて飛んでくる石弾ストーンバレットに遅れて気付いた。


 死ぬかっ?


 そう思った刹那、横から割って入って来た刃が魔力の産物である石弾ストーンバレットを切り裂いた。


 斜めに切り裂かれた石弾ストーンバレットが、左右に分かれて大地を抉った。


「――た、助かった……」

「守るって言ったじゃんっ!」


 石弾ストーンバレットを切り裂いたのは、並走するコーデリア殿であった。


 勇者の面目躍如と言った所だろう。


 ああ……本当に、助かった……ありがとう。


「将軍、間も無くです」


 ゼスにその言葉を掛けられるまでもない、漸く長いようで短い敵陣への突撃も終わる。


 帝国軍主将セスティー将軍の陣が間近に迫っているのだ。


 セスティー軍団の歩兵は槍を構えているのが見て取れるが、一方的に遠方射撃の的になるよりは遥かにマシだ。


 それにさらに先を進むカナギシュ騎兵が彼らを撹乱する。


 カナギシュ騎兵の強みは馬上で矢を放てる事だ。


 弓兵の射程距離より短いながら移動しながらの連射を可能としている。


 帝国軍は基本的に馬上で弓を使わないから、騎馬民族を相手したことない者には面食らう攻撃が行われるはずだ。


「曲がれっ! そして、放て!」


 カナギシュ騎兵を指揮するウォランの号令で次々に矢が射かけられた。


 カナギシュ族が使う弓は、繰り返しになるが短く通常の弓兵に比べて射程は短い。


 だが、騎馬民族であるカナギシュ族が使う事でその射程の短さをカバーできる。


 すれすれで敵右翼のパルド軍団の陣へと向きを変えたカナギシュ騎兵だったが、セスティー軍団の歩兵目がけて矢を放つ。


 間近に迫りつつある敵歩兵陣の一角に集中して数千数百の矢が放たれると槍を構えた彼等は慌てふためいた。


 そこに、ロガ軍騎馬とカナトスの白銀重騎兵が群れを成してぶつかった。


 混乱は混乱を呼び、一気に統制が取れない乱戦になだれ込んだ。


 私自身も懸命に剣を振るって、槍を弾き、兵士を切りつけたが、並走している人物が人物なので程なく武器を振るう必要が無くなった。


 コーデリア殿が剣を振るえば槍は断たれ、兵士は無造作に逃げ惑うのみ。


 勇者と呼ばれる者の力は、間近で見ればとんでもないものだ。


 まさに、一騎当千、万夫不当。


 確かに一軍を一人で迎え撃つなどと言う無茶は出来ないが、ここぞと言う所に向かわせれば比類なき戦働きをする。


「凄まじいな……」


 思わず感嘆の声がでてしまうのは当然だと思う。


 私の言葉が聞こえたか、並走しているだけだったフィスル殿が此方を向いてにやりと不敵に笑って見せた。


「コーデリアは私と互角に戦えるからね。さて、私もお仕事しようかな」


 告げればフィスル殿は馬を走らせ私の前に躍り出て、斧と槍が一体化したハルバートを振るった。


 騎兵の速度に長柄の威力が合わされば、並みの歩兵では蹴散らされるのみだ。


 彼女ら二人が私を守ってくれるので、色々と考える余裕が出てくる。

 

 さて、セスティー将軍はこのまま勢いに飲まれる相手であろうか?


 私は否だと思う、彼女は優柔不断な所はあったが非凡な才能を持っていた。


 追い込まれれば覚醒するかもしれない。


 ……この場で戦局をひっくり返すには……やはり……。


「ベルシス将軍、お覚悟を!」


 と、物思いに耽っている場合ではない! 横合いから伸びてきた剣の一撃を、真っ直ぐに胸元を狙った突きを、私は無造作に剣で払い除けた。


「読まれたっ!」

「テンウ将軍もパルド将軍も予想を超えていた、君も超えると踏んでいたよ!」


 セスティー将軍は茶色の波打つ髪をそのままに、馬上から強い意志の力を宿した青い瞳で私を見据えている。


 私が知る頃の彼女ならば、これほど陣に食い込まれたと認識すれば慌てふためいていたであろうに、今の彼女は逆に私と自身の差を考え、我が方の勢いを殺す手段を実行した。


 左側から仕掛けたと言う事は、私の狭まった視覚を利用した攻撃であると同時に、前をいく二人を避けての事。


 横合いからの一撃は、しかし、来ると認識していればどうにか受け流せる。


 渾身の一撃を受け流され悔しそうに一度太もも辺りを殴った彼女だったが、すぐに撤退の指揮に入ったようだ。


 騎兵の突撃を単騎で押し返そうなどと言う馬鹿な奴は、帝国の将軍にはいない。


 個人の武と勇猛さを頼りとするテンウ将軍でもそれはやらない。


 ともあれ、セスティー軍団に一撃を与えた事は明白だ。


 セスティー将軍が私の傍まで来ていたと言う事はセスティー軍団の司令部まで到達したことを意味するからだ。


 ならば、機動力を生かしたままこのままセスティー軍団を食い破る。


 本来ならば分断した敵を機動力を生かして迂回し、包囲殲滅を目指す予定だったがセスティー将軍の動きが早い。


 無理に包囲殲滅にこだわれば機動力が武器の騎兵の足が止められかねない。


「このままパルド軍団に強襲を仕掛ける!」


 無防備となった魔道兵や弓兵を機動力で翻弄し、混乱させている間に次の標的に向かわねばならない。


 混乱から立ち直る機会を奪うべく、セスティー軍団の兵士にさらに揺さぶりを掛けなくては……。


勝鬨かちどきを上げよ!」

「ロガ軍の勝利だ!」


 私が声を張り上げると、ロガ軍のゼスが真っ先に声を張り上げた。


 古くからの部下は本当に心得ていて、頼りになるなぁ……。


 後は、その意を酌んだ者達が一斉に勝利の凱歌をあげる。


 そうなれば、後に続く騎兵連中も勝利の声を上げるのは当然の流れだった。


 勿論、叫びにも似た凱歌を上げながらも戦闘は続いているが、数千の騎兵が凱歌を上げればどうなるか。


 同じ陣に所属していても、右翼と左翼では何が起きているのか分かりようがない。


 セスティー将軍の陣に雪崩れ込んだ我々が、撃退されたのか、それとも司令部が潰されたのか知るすべはない。


 迷っている最中に聞こえたのは、敵が勝利を喧伝する声。


 反発する気力がある者は良いが、そうでなければ混乱が生じる。


 混乱、言い換えれば恐怖がもたらす物は恐ろしい。


 数倍の数を揃えた筈の敵が烏合の衆に変わるのを、戦史でも現実でも私は知っている。


 今のセスティー将軍ならばもしかしたら纏め直せるかもしれないが、その頃には我々は離脱しパルド軍団を襲っているだろう。


 そうなればテンウ軍団のみが残る目算が高いが、彼の軍団も先の夜戦で無傷ではない。


 漸く勝ちの道筋が見えて来た!。


「さあ、残敵にかまうな! パルド軍団を襲う!」


 私の叫びに応えを返したロガとカナトスの騎兵連合軍がパルド軍団の陣にたどり着こうとした頃には、ナイトランドの騎兵がパルド軍団の蹂躙を始めている所だった。


「ジャネスは戦功第一だからね……」

「一軍でゾスに食い込んできただけあり、大した胆力だな」


 動揺が見て取れたパルド軍団であれば、今ならば倒せると踏んだのだろう。


 一見、独断専行に思えるがこれは一流の将軍が持つ嗅覚とでも言うべき物。


 ましてや彼女は私の指揮下に入った訳ではないのだから何ら咎める必要もない。


 それが証拠にロガとカナトスの騎兵まで現れてはパルド軍団は戦線を維持できずに敗走を始めていた。


 そして、残ったテンウ軍団も迫るロガ軍とカナトス、そしてナイトランドの歩兵部隊を前に戦う愚を悟り撤退を始める。


 先の夜戦で我が方の背後に回り込み機動力を生かしてこちらを窮地に追い込んだが、そこで騎兵に損害を出した事が今祟ったのだろう。


 騎兵が健在であれば、カルーザス到着まで会戦を続ける事も可能だったかもしれないのだから。


 ともあれ、帝国軍は陽が沈むころにはアルスター平原よりほとんど撤退していた。


 我々は勝ったのだ。


 多くの血で平原を赤く染めながらも。

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