第73話 退場

 作戦が開始されて既に半刻は過ぎた。


 別動隊としてギザイアらが潜む野盗の根城に突入した我々をギザイアは迎え撃った。


 私を殺して次なる作戦に移行するために。


 だが、私を守るのは三柱神に選ばれた勇者とその仲間たち、それに復讐に燃える元ロギャーニ親衛隊のウォードなど精兵だ。


 野盗崩れ、兵士崩れでどうにかなる相手ではない。


 ザイツはサンドラやセスティーの指揮する本隊を迎え撃つべく少数の兵を連れて戦っているようだが、コンハーラはギザイアの傍にいた。


 先ほどまでギザイアの傍で右往左往していたコンハーラだったが、不意に虚をついたつもりか私に斬りかかってきた。


「陛下!」

「あ、うん、気にするな」


 私は戦場で陣頭指揮を執り続け、コンハーラは後方で酒池肉林に興じていた。


 そんな奴の一撃など何が怖い物があろうか。


 だが、その考えが甘かった。


 コンハーラの一撃をいなして、その首筋を剣で斬り裂いたまでは良かった。


 もだえ苦しみ、倒れ伏したコンハーラに僅かに憐れみすら覚えもした。


 だが、死んだと思ったそいつが立ち上がってさらに攻撃をしてくる事態になるとは考えもしなかった。


「ぐるぁあああっ!」

「しつこい!」


 死んでいるからなのか、何なのか。


 凄まじい馬鹿力で剣を振るうコンハーラだったものに私は次第に押されていく。


 剣と剣がぶつかり合い火花を散らす中、どうにか体勢を立て直そうと周囲を見渡すと、いつの間にか我が方は劣勢に陥っていた。


 ギザイアの僅かな手勢は打ち倒されると皆コンハーラと同じような状況になったのだ。


 事、ここに至ればギザイアの術と思う他ない。


「我が神の威光をあまねく知らしめるため、三柱神の犬にはここで死んでもらわねばな!」


 あの女の勝ち誇った顔が視界に入り気分が悪くなる。


 だが、当初こそ戸惑っていた勇者たちだったが、次第に状況に順応していく。


 シグリッド殿の一撃が動く死体の首を刎ねると何故かそいつは動かなくなったことが皮きりだった。


「首を落せ! それで動きが止まります!」


 シグリッド殿の言葉にコーデリアもリウシスも従うと、元よりさほど多くもなかったギザイアの手勢は数を減らし、遂には私がどうにか耐えしのぐ相手であるコンハーラだったものだけが残った。


「陛下!」


 ウォードが大剣を振るい、コンハーラの首を刎ねるとそのコンハーラも動きを止める。


「はぁ、はぁ、たす、助かったよ……」


 私はどうにか一息ついた所で、事態はまた一変した。


「こいつらを再び殺せるか?」


 ギザイアが不敵な笑みを浮かべて高らかに問えば、今まで気づかなかったが隅に置かれた大きなツボが割れて、何やら液体にまみれた新たな死体が出て来た。


 その中の一つに見覚えがあった。


 虚ろな表情をうかべたまま知性を感じさせずに迫る金髪の女性の顔立ちはコーデリアに似ていた。


「お、お姉ちゃん……」


 コーデリアの声が響いた。


 酷く乾いた声音は微かに震え、ある種の前兆を感じさせる。


 それは怒り。


 すぐそばにいれば抱きしめてでも落ち着かせようとしただろうが、戦いの最中の為に駆け寄る前には彼女は次の行動に打って出ていた。


「お前がっ!!」

「カナトスを掌握する前に野盗を操った。大巫女の託宣通り幾つかの死体を集めたが……犬の縁者であったか!」


 カナトスの白銀重騎兵が纏う銀色の胸甲を纏った隻腕の若き兵士、身なりから力ある商家の主と思われた壮年の男の死体がそれぞれ動き出す。


 あの液体は死体が腐らぬための薬品か何かであったのだろう。


 そして、それぞれの死体を目にした三勇者は怒りに駆られて闇雲に動き出した。


 先に駆けだし獣じみた跳躍でギザイアに迫るコーデリアを彼女の姉の死体が阻む。


 静かに怒り狂うシグリッド殿のギザイアを狙った剣撃を阻むのは、カナトスの白銀重騎兵と思われた男の死体だ。


「兄上っ! 退きなさい!」


 鬼気迫るシグリッド殿の斬撃を彼女の兄の死体は傷つきながらも阻む。


「この馬鹿親父がっ!」


 同じくリウシスの攻撃を阻むのは彼の父親、ギザイアに魅せられて息子殺しまで行ったレバルクの死体。


「コーディっ! 落ち着きなさい!」

「駄目だ、シグリッド!」

「リウシス、あんた何やってんのよ!!」


 勇者の仲間たちがそれぞれの言葉で諫めるも、その声は届かず。


 そして、怒りを煽るだけ煽っているギザイアは何かを画策している。


 死人を盾にしながら機を計っている。


 どうする? どうすれば良い?


 私が頭を悩ませながらも、いても立ってもいられずに最早常人が手を出せない領域になりつつあるギザイアと三勇者の攻防が繰り広げられている傍まで近づいていた。


「陛下、危険です」


 私の腕をがっしりした男の指先が掴んだ、ウォードだ。


「ギザイアめは勇者の怒りを煽り、致命の一撃を叩きこむでしょう」

「それを黙ってみている訳にはいかない」


 とは言え、下手に手を出せば即座に命が消えるだろう攻防を前に成す術がない。


「左様、黙ってみている手はない。俺とてロギャーニ親衛隊にその人ありと言われた男……」

「ウォード、お前……」


 髭面の男の顔を見上げると、彼は一つ笑みを浮かべて小さく私にだけ聞こえる声で一つ告げやるとギザイアに向かって大剣を振り上げ突き進んだ。


「ファルマレウス殿下、レトゥルス殿下、そして皇帝ロスカーンの仇!」

「猪武者め! お前の動きなど予測済みだ!」


 ギザイアは一瞬だけウォードを憎々しげに見てから、対勇者の為に練り上げていた魔力を解放する。


「うおおおおおおっっっ!!!!」


 気合を放ってウォードは大剣で自身の身を守るように眼前に掲げた。


 すぐ後ろに付いていた私にまで感じられる熱と衝撃を受けながらもウォードはギザイアの魔力を受け切った。


「汝の帝国に対する忠節、申し分なし!! 私は決して忘れないぞ、ウォードっ!!!」


 肉の焼けた匂い、絶命の気配を感じながらも私はウォードの背後から飛び出してギザイアに向けてまっすぐに剣を突き出す。


 己を盾にして私がギザイアを討つ、これがウォードの策だった。


 策とも呼べないものではあったが、私もそれに賭けた。


「ベ、ベルシスっ!!」


 驚愕に染まるギザイアの顔、剣は彼女の心臓を食い破ったがこれほど罪悪感を感じない事があるとは思わなかった。


「お、おのれっ! ベルシス・ロガっ!!」

「ゾス帝国の将軍だった者としての最後の奉公だ。この世からね、ギザイア!」

「ほざけっ!!」


 ギザイアが最後の力を振り絞り叫ぶ。


「呪われよ、呪われよ、ベルシス・ロガ!! 神よ! 我が命を糧として怨敵ベルシスをこの世より消し去り給え!」


 途端に周囲の真っ黒い闇が生まれ、私とギザイアの身体が呑み込まれた。


 上下左右の感覚が分からないまま闇に投げ出された私にギザイアが勝ち誇り告げた。


「これで貴様も永劫に……何だ?」


 が、その声は途中で訝しげに変わった。


 そして。


「な、何ゆえに! 何ゆえにその男を助けるのか! 巫女たるお前が!」

「このお方は不浄をすべて焼き払う隻眼のウォーロードゆえ。端女はしためごときが頭が高い」


 何者かが私を背後から抱きかかえた事に気付いた時には、ギザイアは闇の中に落ちていくところであった。


「何故だ!! 教え通りに、教え通りにやったはず!」

「病める大神の教えに従えば定命の者などすべて闇の底に沈むのは自明の理。じきにオルキスグルブも沈む、お前はその先駆けになったのだ喜ぶが良い」


 そんな辛らつな言葉を投げかける声に私は覚えがあった、遥か昔、十代の頃にローデンで聞いた声。


 森の中を一人進んでいた私を案内してくれた少女の物だった。


 そして、私は意識を失い、次に気付いた時にはカナギシュ王国の首都ナルバの郊外に倒れていたのである。

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