第20話 王となれ
パーレイジ王国が動いたとの一報を聞き、私は地獄への門が開け放たれたことを自覚した。
ゾス帝国の内乱に本格的に他国が関与してきたのだ。
無論、これは自身で画策した事の結果である。
だが、周辺諸国の動きは予想以上に大きかった。
パーレイジの動きに呼応するように各国がゾス帝国に敵対するような動きを見せ始めたのだ。
これは私がゾス帝国に属していたからこそ見落としていた事の現れかも知れない。
ゾス帝国がどれほど周辺諸国を抑圧していたのかという事実を。
軍事力が強く大きな国が傍に在ればいつ併呑されるのか各国は気が気でなかったはずだ。
そのトップが道理が通るならばまだしも、道理も通らないような人物となればなお更に。
そこに来て内乱騒ぎ。
反旗を翻した方が連戦連勝するなか、ゾス帝国が他国に賠償金の請求額をいきなり上げる通達を出したと知ったならば……?
いつ自国にも牙を向いてくるのかと身構え、複数の敵を相手にせざる得ない状況を作り、ゾス帝国を弱体化させたいと思うのは道理だろう。
ゾス帝国の影響力が薄まれば薄まるほどに、自国の勢力が拡大できるチャンスとなるのだ。
ならば、パーレイジの動きは道理など無視して反旗を翻した方に、つまり私に力を貸すのが自国の得になると考えたのかどうか……。
下手に私の力が強くなればもう一つのゾス帝国が出来るだけと考えているかも知れない。
ナイトランドは同盟の用意があると言っているが、それは元よりナイトランドが大国であり私がゾス帝国と同じ規模の国を作ろうと構わないと考えたからだろう。
最悪、私とガト大陸を分け合っても良いとまで考えたからかもしれない。
……それはうぬぼれが過ぎるか。
カナトスが私に力を貸すのは、幾つかの縁はあれどもやはり私がゾス帝国に勝っているからだ。
そうでなければパーレイジやガザルドレスと再度手を結んでも良かったはずだが……いや、相手がそれを嫌がるか。
数年前に帝国に敗れて軍事力を低下させている国と結んでは足かせになると考えたかもしれない。
……だろう、かも知れないが軍事行進しているような曖昧な状況だが彼の国々に関する情報が乏しい私には推察するしかない。
その推察が正しいかはさておくが、パーレイジ等に対し過度の期待は禁物だ。
それぞれがそれぞれの利益を求めて動いている結果、共闘は起こりえるがそれ以上のことは起きない。
むしろ、私の勢力が拡大すれば彼らはゾス帝国とも手を結ぶだろう。
今はそんな事を気にする余裕もないし杞憂に過ぎないが、将来的には敵に回ると考えておくのが無難だ。
それにしても、東方の強国と呼ばれたガザルドレス、パーレイジ、カナトスの三国だが、私がカナトスにのみ信頼を置いているのは面白いと我ながら思う。
カナトス王国とは直接、矛を交えた間柄。
ましてや先王時代には追撃されて要害化した
そうだと言うのに、私はカナトス王国に対して信頼を感じているのだ。
これはその強さを直に感じた所為なのか、現王の人柄に直接触れているからなのか。
いかに善良な人柄でも、王ともなれば自国の為に同盟者を足蹴にすることなどためらわずに行わねばならないと知っているのに。
これも、私の甘さなのかもしれない。
それが利点となるのか、致命的な欠点となるのかは未だ定かではないが、後者の方になる可能性が高い。
どこかで厳しくしないといけないな……。
ともあれ、カルーザスがパーレイジの迎撃に戻ったために、私は安心してロガ領に戻ることが出来た。
そうでなければ、パーレイジの動きなどのんびりと推察している暇はなかった訳だが。
しかし、ロガ領に戻った私にナイトランドより一つの問題が提示されることになった。
それは今となっては些末な事であったが、私にはひどく重荷となる事柄だった。
※ ※
「同盟の条件?」
「当然条件が提示されると思っておっただろう?」
ロガ領に戻り、自領の防衛を指示しながら忙しく過ごしていた私の元にメルディスが訪ねて来た。
同盟の締結についての話し合いと言う事で、歓待していたわけだが不意に条件の話を振られた。
当然な話ではあったが、一体何を提示されるのかと周囲がかたずを飲んでいるとメルディスがにやりと笑って告げる。
「ベルシス・ロガ将軍には王に即位してもらわねばならぬ。そうでなくば、魔王様が盟を結ぶ訳にはいくまい」
魔王の同盟者は王でなくばならない、格という意味ではそれも条件にするだろうとは考えていたが提示されたのはそれだけだった。
「他にはないのですか?」
「ありませぬな。ロガ軍との同盟は言うなればゾス帝国に対する戦略的な同盟、軍事的側面の強い結びつき……劣勢ながら帝国軍を何度も跳ね返しておるロガ軍に負担を敷いてはそれこそ瓦解する話じゃからな」
伯母上の言葉にメルディスは肩を竦めながら答える。
今ロガ軍の懐を痛めさせては同盟の意味が消えると言う事だろう。
「ベルシス兄さんが王ですか。確かにいつまでも将軍ではおかしな話だ」
アントンは大いに賛成している様子で頷き、ガラルは王冠の意匠をどうしましょうかと野太い声で呟いた。
「王を望んでいなかった男が王になるか、そいつは皮肉が効いているな。大抵の奴らは成りたがっていると言うのにな」
リウシス殿はおかしげに腹をゆすって笑い、傍らに立っていたフレア殿に脛を蹴られ、苦痛に顔を顰めた。
シグリッド殿は黙して語らないが、それも当然という顔をしている。
私が何より気になったのは、コーデリア殿の反応だった。
一瞬嬉しそうにしたが、すぐに意気消沈してしまったかのように俯き、顔を上げれば平素の彼女がそこにいた。
その感情の流れはどう解釈すれば良いのか、私には分からなかった。
コーデリア殿についてもそうだが、何より私の心が問題だ。
「ならねばならんか?」
「ならん。で、なければこの話はなかったことになる」
私がロスカーンに背いたのは王になりたかったからじゃない。
それはリウシス殿の言葉にある様に周囲に知られていると思う。
レトゥルス殿下が伏せているとはいえ、いまだに存命されているうちに王を名乗るなどしたくはない。
だが、ここで受け入れねばナイトランドとの同盟がフイになる。
同盟がなれば不要な戦を回避できるかもしれないし、何より部下の命と私の命を長らえさせることが出来る可能性が高まるのだ。
帝都との距離を考えれば、帝国がロガ領に自治を任せる事などありえないと思える。
信頼関係が全くと言って良いほどに無いロスカーンが皇帝であるのならばなおさらに。
兵を率いている以上、個人の好悪を超えて動かねばならない時がある。
そう頭では分かっているのだが、感情が頷きを返すことを拒んだ。
しばし、黙って考えを巡らせていたが、私はやっとの思いで口を開いた。
「一晩だけ考えさせてくれ。同盟を受け入れる利は心得ている。だが、心を納得させるのに少し時間がかかるのだ」
「良かろう、明日の早朝に答えを聞こう」
メルディスはそうなる事を予測していたのか、特に驚きもなく私の言葉を受け入れた。
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