第9話 友との出会い

 陛下やその他の方々との会合の席から既に一ヶ月は過ぎた。


 私はその間に八大将軍筆頭のベルヌ卿にみっちりと色々と叩き込まれた。


 礼儀作法から戦の仕方、緊急時の糧食の調達方法まで。


 いかに戦わずに勝つか、或いは勝ったと思わせておいて実利を得るにはどう動くべきなのか……。


 とりわけ神経質にならざる得なかったのが物資不足をいかに補うかだ。


 ……緊急で兵糧を得る際には、農民から物資を買わねばならない。


 略奪などしようものなら農作物を作る農民は逃げだして農村自体が消える。農村が消えると言う事は……食料が何れは枯渇すると言う事だ。


 大規模な農場はある事はあるが、国を立ちいかなくするためならばともかく、占領し運用していくのならば手つかずにしなくてはいけない。


 だから最悪、農民に金を支払い物資を得る訳だが、それだと都市部を離れた農村では略奪と変わらない可能性がある。


 貨幣は都市部と行き来できて初めて意味があるからだ、農民は遠方まで貨幣を握りしめて食料の備蓄に走らねばならない。


 もし、冬季行軍の結果、農村で食料を軍が買い占めたとすれば都市部と離れたその村は一冬越せなくなるだろう。


 これでは人を流失させ国力を失わせるのならば意味はあるが、領土を求めた戦では論外だ。


 農村が食料を供給することにより都市部が生き、食料を売りに来た農民が都市部で貨幣を使って必要な物を揃えるから、農村が生きる。


 物資の流通を滞らせればその国は弱り、逆に流通を活性化させれば国は栄える。


 その為にインフラ整備が必要不可欠なのだ。


 その点ゾス帝国内は街道が整備されているので国内の流通は良い。


 八大将軍の任務の中には、インフラ整備が盛り込まれているが、これも軍務の重要事項だからだ。


 政務の担当者や技術者と話し合い、街道を整備、補強、或いは新設を取り仕切るのだ。


 父カーウィスが最も得意としたのが戦ではなく、インフラ整備と言うから、やはり血は争えない物だ。


 さて、流通の良さは帝国に発展をもたらすが、万が一攻められた場合は敵も補給物資を運びやすいと言う欠点につながる。


 最も、攻められた場合でも防衛側も補給をしやすいのは利点だ。何せ荷を運びやすい街道が至る所にあるのだから。


 万が一内戦となれば、飼葉でも大量に使うと言う事態にならねば補給が困る事はまずないだろう。


 それほどにゾスの流通は安定している。


 言うなれば、国にとっての街道は、人の言う所の血管。金や人の流れがあるからこそ国は健全の成長するのだろう。


 問題になるのは、他国を攻める場合の兵站はどう整えるべきなのか? と言う点だ。


 川沿いに軍が進軍するのがまず一番確実。


 多くの兵糧は船に積み、陣の近くに降ろしてやるだけで良い。


 これは進軍ルートに制限を受けるが、ともかく補給を受けやすく、過去の戦の進軍ルートは川沿いも多い。


 では川がないところに進軍する場合はどうするのか?


 輜重しちょうの為により人員を割いて、兵や馬の力で運んでいくしかない。


 この輜重部隊の編成と割り振りが頭の痛いところである、と言うのが先日の講義の内容であった。


「戦地では食料のほかにも多くの物が必要になる。剣や鎧を修繕する鍛冶など」


 ベルヌ卿が詰め所と呼ぶのは、自身の執務室だ。


 そこで私は今日もベルヌ卿から講義を受ける、題材は過去の帝国の戦史であったり、卿自身が経験した諸問題などだ。


「輜重部隊は全軍の三割を占める事もあったが、それでもマシな方だ。他国の例では半数が輜重部隊だった事例もある。むしろ、異大陸に進軍した際の方が船旅のため、物資の運搬は楽に感じた」


 戦う兵士と輜重部隊を揃えるのに、どれだけの戦費と労力が必要か……聞いているだけで頭が痛い。


 だが、私は兵站こそが戦の要だか確信するに至った。


 ベルヌ卿は忙しい実務の合間に私に時間を割いてくださるので、毎日講義があるわけではなかったが、今日は講義があった。


「ベルシスよ、講義がない日は兵の訓練に参加しているそうだな、中々評判になっているぞ」

「私、がですか?」

「青白い顔をしながら倒れても、決して投げ出さんとな」

「はぁ」


 それは褒められているのか?


 正直言えば、厳しい訓練に参加したくないのだが、訓練だけが死を遠ざける手段であるとリチャードに叱咤されつつ、参加している。


 初めの頃は周囲も遠慮があったようだが、最近はそれもなくなり、ひぃひぃ言いながら如何にかやっている所だ。


 だから、ベルヌ卿の講義がある日はありがたい。


 そんな雑談を交わしていると、不意にベルヌ卿の執務室の扉が開いて二人の人影が入って来る。


 一人は私より年上の青年で、いかにも遊び人の言った風情であったが、ベルヌ卿の執務室に入って来るのに全く物怖じしていない。


 そして、今一人はその青年の後を追いかけて慌てて部屋に入ってきた、私と同じか一つ下くらいの少年だった。


「ベルヌ、邪魔するぜ。そいつがロガん所の息子か? 面白みのなさそうな野郎だな」


 軽薄そうな青年は、ベルヌ卿にそんな事を言った。


 初対面の人間に何て言い草だ、この野郎。


 面白みがないのは自分でも知ってんだよ、畜生!


 そんな言葉をぐっと抑えて、相手が誰かといぶかしむ傍ら、ベルヌ卿は意外そうな声を上げた。


「これはロスカーン様……まさか、殿下も私の講義を?」

「冗談止めろよ、俺はそんなことする気はねぇよ。この国は親父や兄貴たちに任せるって決めてんだ」


 ロスカーン、ゾス帝国第三皇子。


 政治にも軍事にも興味が薄いとは聞いていたが、それは事実だったようだ。


「それでは、私の所に来た用向きとは?」

「こいつだ。才能がありそうなんでな、ロガん所の息子と一緒に教育してくれ」

「そのお方は? ……まさか……」

「カルーザス。姓は名乗らせん方が良いよな」



 ロスカーン殿下はそう告げて、背後に隠れていた少年をベルヌ卿の方へとポンと押して、自身は扉へと向かう。


「何ゆえに……」

「面白そうだからってのもあるが、そいつには才能がある。兄貴たちの役に立つだろうさ」


 そう告げて扉を開けたロスカーン殿下は、カルーザスと言う少年に声をかける。


「しっかりやれよ、お前のおかげで儲けも出せた。コンハーラの馬鹿野郎あたりに使い潰されるのは面白くねぇからな」


 ……ああ。


 そうだ、確かに言っていたと思い出す。


 後に皇帝ロスカーンにより八大将軍に任命された太鼓持ちのコンハーラ、その彼に対するロスカーンの評価がこの頃は馬鹿野郎だった事を。


 若かりし頃の暗君は、決して暗愚でもなかったのだと思えば、私は何処で道を違えたのかと暗澹とした気持ちを抱く。


 当時は、新たな同僚と言うか受講生仲間が増えて嬉しい反面、こいつはどんな奴なんだろと言う不安で頭がいっぱいだった記憶がある。


 このカルーザスこそ、ゾス帝国最強の将軍と名を轟かせる事になるとは、この時は私もきっと当の本人も思っていなかっただろう。

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