第10話 帝都のベルシス
更に数ヶ月の時間が過ぎる。
年も明けて既に春を迎えようとしていたが、それまでの数ヶ月の間、私はベルヌ卿の元で教えを受けながら、諸兵の元へと足を運んで彼らにも色々と教えを請うていた。
高級士官や千人隊長や百人隊長と言った現場の実力者たちにおっかなびっくり話を聞いて回ったのだ。
ベルヌ卿が私の事が話題になっていたと言っていたので、話が知られているのならばと一念発起したのだ。
兵士に教えを乞う等と馬鹿にする貴族もいたが、連中は基本的に戦場に出ないので無視した。
そもそもリチャードが一睨みすれば即座に退散する肝の小ささだ、陰口くらいしか能がないのだろう。
さて、話を聞いて回る私の必需品は蝋板とスタイラスだ。
蝋板は木製の
何度でも書き直せるし、二枚の蝋板を重ね合わせ紐で閉じれば表層に傷はつきにくく形態にも便利だ。
父が好んでいた利便性が良く分かる。
……妄想世界でも同じ名前の道具があったが、やはりどこかで聞き知った知識が妄想と化したのだろうか。
ともあれ糧食を運ぶ時の苦労の軽減とか、いかにしてインフラを整えるのかを私は聞いて回った。
そして、居室に戻れば必要な事項を選び出して紙に書き写す、保管して読み返すためだ。
紙は東の果ての国カユウより伝わってきているが、はっきり言えば高価だ。
羊皮紙よりも値段が抑えられるとはいえ、まだまだ書き散らかすには高い。
今の私の収入はロガ領の領主としての収入が無いから、余計にそう感じる。
まだ
成人前の若造には十分な収入であり、与えられた執務室で寝泊まりしているので、私一人ならばそれでも十分だと言えたが、問題はリチャードへの給金だ。
家族同然だからと、ただ働きなどさせるわけにはいかない。
能力に見合った給金を支払わねばならない。
感謝や敬意を表し、なおかつ金銭をきっちり払ってこそ一人前。
だが、今の私は領土の統治権もないし、確かな働きをした訳ではないので、その禄は他の将軍に比べて低いと言わざる得ない。
そこで私はロガ領のルダイから帝都に移る際にリチャードに告げた。
「伯母上の提案を蹴った以上は、ロガ領の領主としての収益は受け取れない。これからの僕の収入は将軍職としての俸禄のみだが最初は高々知れているだろう。一緒に来てほしいが僕が提示できるのは、その半分をリチャードに渡す事だけだ」
「……若」
「できれば一緒に来てほしいが、この程度しか提示できない……」
「己が払える額のその半分とは、大きく出ましたな。この老骨にそこまで期待されては無碍にできますまい」
と言うやり取りがあり、リチャードは未だに私の傍にいてくれる。
ありがたい話だ。
そんな彼に感謝をしっかり伝えるためにも、今少し給金を増やせるように私自身は倹約に努めることを決意していた。
故に、蝋板とスタイラスは私には必需品である。
帝国軍の訓練には未だに慣れない。
本物の剣や盾の二倍の重さの訓練用武器を振り回すには、私の体力ではまだまだだ。
合間を見てリチャードに稽古をつけて貰っても、力量に差がありすぎて全く稽古にならない。
まあ、リチャードの一撃は歴戦の帝国兵も顔を青くするような物だそうなので、致し方ない。
無理はしないで、出来ることを地道に頑張ろうとベルヌ卿に教えを乞う日々だ。
ベルヌ卿の教えと言えば、講義を受けるもう一人の生徒カルーザスは凄い男だった。
あまり喋らない無口な性質だったが、ベルヌ卿すら舌を巻く閃きを口にしていた。
私よりもしっかりしているようで、帝国軍の訓練にも適合していた。
同時期に、同じような年齢ながら凄まじい才能を持った奴が出てきたわけで、少しばかり肩身が狭い。
実戦は未経験だが、戦闘指揮においてはカルーザスには敵わないと早々に悟った私は、違う方向性を求めた。
彼が直接戦闘を得意とするならば、私は間接的な事に活路を見出さねばならない。
単なる下位互換では将軍として働くには不足だ。
父の職責を継ぐためにも、リチャードに給金をきっちり払えるようになるためにも、私でなければ駄目な仕事を探さねばならない。
そこで私はインフラ整備を行う工兵や補給ルートの構築にいそしむ役人たちにも話を聞いて回り、色々と書き溜めていた。
当初は怪訝な顔をされたりと胡散臭がられたが、話を聞き、まとめ、疑問点を洗い出して質問に向かうと大分印象が変わっていった。
いつしか片手間で手短に答えてもらっていた質問が、しっかりスケジュールとして組まれ、そこで交わした言葉がたたき台となり、提案書として上層部に上げられることも出てきた。
……なんだか今一つ覚えていないが、妄想世界の仕事を思い出す。
ともあれ、私は自身が戦の要と確信した兵站を整え、輜重部隊を運用することに特化しようと考えたのだ。
そんな私を見て、カルーザスが言ったことがある。
「ロガ殿は勉強家だ。軍人の枠を超えて行動している」
「ベルシスで良いよ、カルーザス殿。私は君には敵わないからね、違う道を模索しないと食いっぱぐれる」
「八大将軍の家柄なのに? それに俺……じゃない、私はロガ家の方に殿と言われるような身分じゃないんだ」
「何処の家柄だろうと務めを果たさにゃ駄目だろう、民と税に養ってもらっているのにさ。それに、君はただ君の持つ才能だけでも殿とつけられるに値する男だと思うぜ……じゃない、思うのだ。うん」
……ついつい同年代の相手だと言葉が崩れる。
ガラルとか元気でやっているかなぁ、アントンはちゃんとアネスタの言う事を聞いているだろうか? 不意に従兄弟たちを思い出してしまった。
そんな感慨にふける私を驚いたように見つめていたカルーザスだったが、何やら意を決したように口を開く。
「それじゃあ、ベルシス、俺の事はカルーザスと呼んでほしい」
「分かったよ、カルーザス。二人で頑張ろうぜ」
片手を差し出した私に、彼は少し躊躇してから片手で握り返してきた。
思えばカルーザスとの友誼はここから始まったと言える。
ベルヌ卿や私の見立て通り、カルーザスは演習では勿論、実践の場でも優秀さを示し、徐々に頭角を現していった。
そして、ベルヌ卿の補佐役として傍に仕えるようになっていた。
私も負けじと、工兵や物資の管理をする役人や技術者と話し合い、荷車の改良やインフラ整備の質の向上など幾つかの上伸を行った。
カルーザスに比べれば地味な仕事だったが、皇帝陛下や第二皇子のレトゥルス殿下は良い仕事をしていると良く褒めてくれるようになった。
そして、そんな状態で一年と月日が流れると私は八大将軍見習いのような立場から、ようやく見習いの言葉が消えて、俸禄もほぼほぼ満額出るようになった。
これでリチャードにも相応の給金を払えると喜んだのも束の間、私は帝都から出向しなくてはいけなくなった。
レグナルと対峙したあの場で少しだけ出てきた不穏な任地。
北西の平野に住まうと言う騎馬民族ボレダン族とカナギシュ族が相争う地ローデンへと。
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