第11話 ローデンにまつわる不安
私が向かう事になったのには幾つか訳がある。
色々と文句はあるが、正式な仕事となれば仕方ない。
まずは任地であるローデンと言う土地について知る必要がある。
※ ※
元はローデンと言う王族が治めていた小国であったが、ゾス帝国に併呑されたのが六代皇帝の御代であったので百年ほど前か。
三柱神の一柱にして糸車を回す農耕神、あるいは時を司る神とされる「
そのような小国をゾス帝国が併呑したのには訳がある。
ローデンよりさらに西の地に、二つの騎馬民族が相争う平野が広がっているのだが、そこからの侵略に備えるためだ。
いくつかの小国を併呑し、騎馬民族との軍事的緩衝地帯として運用したのだ。
おかけで、帝国は騎馬民族の侵略から守られ、一方の併呑された小国達も帝国のインフラ整備の恩恵にあやかられたわけだ。
百年近く平和と言えば平和だった地帯だが、最近はかなり不穏な空気を感じる。
ゾス帝国はガト大陸の約半分を手中に収めているが、その領土は大陸を東西に半分に分けてなどと言う簡単なものではない。
ガト大陸はかつてはのたうつ蛇と呼ばれた大陸であった。
つまり南北よりは東西に長いのだ。
ゾス帝国の起こりはガトの中央付近であったから、領土を増やしていった結果、北方と南方は港を得るに至ったが、東西の端にはまだ至っていないと言う訳だ。
だから、視点を変えると異国の者にとってはガト大陸を分断するように巨大帝国があるとも言えた。
その立地のためゾス帝国は交易で金銭を得やすくなったが、異国の者にしてみると上前をはねられている、そう感じるものも出てくるだろう。
その思いが特に顕著なのは、ゾスより西の諸国だ。
東はまだ栄えた国も多く、東の果てにはカユウと呼ばれる絹織物の産地国があるし、何より代は変われど古来より君臨し続ける魔王と魔王の国ナイトランドがある。
東は軍事的にも経済的にもゾス帝国と渡り合うための素養は高いし、警戒すべきは東であると言うのが軍部の一貫した意見ではある。
一方の西は、騎馬民族くらいしかゾスとまともに戦えるような所はない。
その騎馬民族とて、二つの部族分かれて争っているのだから西に関してはゾス帝国は安泰の筈であった。
だが、私の父が亡くなる少し前から……おおよそ二、三年前から、どうにもきな臭くなった。
騎馬民族が軍事緩衝地帯へ度重なる侵入を開始したのだ。
西方諸国がそれをたきつけているようだと噂が流れると同時に、ローデン地方の兵士たちから不満の声が届く様になる。
北の僻地で帝国を守る自分たちなのに、蔑ろにされていると。
ローデンを含めて兵士が特別好待遇かと言われれば、確かにそれはない。
戦死のリスクを含めて、中々に過酷な労働状況ではあるのだが恩恵はある。
役職よってばらつきはあるが、基本日給は銀貨一枚から三枚が相場であり、基本的な労働者の日給が銀貨一枚なのに対して、出世すれば相応の給金になる。
それに新皇帝の即位、ないしは大きな戦が終結し帝都に凱旋する功績が認められた場合はボーナスも出る。
三代皇帝カナン帝の時代に活躍した軍団が帝都凱旋の栄誉にあずかり、兵士一人一人に五千銀貨、百人隊長に一万銀貨、そして千人隊長、或いは大隊長と呼ばれる者達には二万銀貨が支給されている。
これらを加味して、労働者の一般的な年収が銀貨三百枚から四百枚であることを考えれば、酷い労働状況とばかりも言えない。
行商人も農民ですらも命の危険はザラにあるのだから、給金は並でも色々と保証された待遇の兵士になろうと言う者が出てくるのは当然である。
ちなみに、私の日給は満額で銀貨五枚であり、つい先日までは銀貨三枚だった。
無論ボーナスとかはない、活躍していないのだから当たり前だが……。
リチャードは言うなれば銀貨一枚と銅貨五枚の日給で私に付き従ってくれていたわけだ。
貴族の家庭教師、しかも竜人に支払う額としてはとてつもなく低い。
本当に感謝しかない。
さてさて、軍事的緩衝地帯の警備は国境警備である。
頻繁に侵入者がなければ良かったのだろうが、今は騎馬民族が侵入を繰り返している。
小競り合いもあったのだろうが、特に報告には上がっていない。
となれば、ボーナスを払えと言われても困るわけだ。
仕事が特にないまま待遇の改善だけ叫ばれても、軍費を徒に増やせない以上は無理がある。
ならば実際の働き具合を見に行くしかない。
前置きが長くなったが、今回私が出向する名目はそんな所だ。
兵の引き締めと騎馬民族の侵入がどのようなものかを確認するために向かうのだが、どうにも気が重い。
ローデンは、「
だが、その奉じ方が聊か異質であると、幾つかの書には書かれていた。
なるほど、「
彼の神が回す糸車は、一周で一年や人の一生を表すとか、死と再生の連環を表すとか言われており、この神の働きは農民の生活に密着していると言われている。
雪深い北国であれば、農作物を育てるのも一苦労だろうから、農耕神が人気があるのは良く分かる。
だが、どうもローデンと言う土地での信奉は農耕神としての側面ではなく、死と再生、つまり復活を司る神としての側面をクローズアップして祭っているようだ。
誰の復活を期待したものなのか、ローデンの人々なのか、別の土着の神ないし英雄の復活についてかまで書かれた書物はなかったが、そこはかとない薄気味悪さを私は感じた。
――宗教や文化に寛容であるべきはずのゾス帝国の将軍として非常に恥ずかしい限りなのだが。
それに、だ。
ローデン行きに気が重くなる理由は今一つあった。
リチャードを連れて行かない事だ。
北国となれば竜に近い特性を持つリチャードでは寒さは堪える。
竜なれば火を噴くと言うからそれで暖も取れたのかもしれないが……いや、無理か……リチャードはさすがに火を噴くことは出来ない。
だから、私は彼に楽をさせたくて、帝都で待つように告げた。
確かに私が命じたことだが、はっきり言って心細い。
これで帝都から一人で行く羽目に陥っていたら塞ぎ込んでいたかもしれないが、数名の同行者がいることだけが私の救いだ。
同行者とは新たに私の副官として任命されたファリスと、第二皇子レトゥルス殿下とその護衛である。
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