第12話 道中

 ローデンまでは、整備された街道を馬で進んで二十日以上はかかる。


 遠方の地だ。


 その地に帝国軍の高官が……と言うか、第二皇子を含めた僅かな者達だけで向かうと言うのは無謀である。


 だが、そうせねばならない事情と言うのが存在した。


 それには、帝国の人事が大きく関与している。


 ローデン周辺の守備には将軍と呼ばれるものは赴任していない。


 東の地に対する備えであれば、八大将軍の誰かが赴任して東部防衛の総指揮を執るのだが、西に関しては騎馬民族だけが危険とされている。


 その騎馬民族も、ある程度の警備隊だけで対処できていた。


 故に帝都からは兵士が警備隊として赴くくらいで、あとはローデンの中で完結している場所だった。


 ローデン領を政治的に治めるのは帝国に併呑された今日でもローデン家である。


 彼らは、元々その地を治めていた王家の血筋。


 いわば今までの統治に帝国軍の関与がある程度だからこそ、百年前も素直に併呑されたのかもしれない。


 それほどまでにゾス帝国にとってローデンは興味がない土地だった。


 その軽視が、今になって問題になっているのかも知れないと思わせる事例が増えているのだ。


 兵士の不満表明も、ローデン家の主導で行われてるのではないかと言う疑念が帝国内部で生まれている。


 騎馬民族の侵入とほぼ同時に起きたある種のサボタージュ示唆は、自覚しての物かは不明だが明らかな脅迫である。


 西方諸国と何らかの密約を結び、ローデン家が独立を目指しているのではないかと言う憶測まで、宮中では飛び交っていた。


 そんな事はないと言えるほどに、誰もがローデンと言う土地を、現当主ガレント・ローデンの人となりを知らない。


 知らぬ物は恐ろしい。


 その恐怖に突き動かされていることに無自覚な者達が、ローデンに討伐部隊を等と叫ばないうちに、もろもろを解決する必要があった。


 領土内に兵を差し向ける等と言ってしまったが最後、いらない問題を引き起こすことになる。


 そこで第二皇子のレトゥルス殿下がローデン家に電撃訪問を行いその動静を見極めると言う事になった。


 何かがあれば、それを理由に即座に軍を動かせると言う冷徹な打算の末に殿下自身が陛下に申し出た事だった。


 陛下はそれをお認めになられ、皇帝陛下直属の部隊、近衛隊から二人の使い手を殿下に貸与された。


 髭面のウォードと細面のギェレの二人だ。


 二人とも北方人らしく背は高くがっしりとした体躯で忠誠に厚い者達だった。


 更には、危険ではあるがこれも勉強であると私が行く羽目になった。


 そう決まった瞬間、めまいを感じたが、これも仕事だ、仕方ない。


 それに八大将軍として一人前に扱われるようになった私の副官として、先日任命された金髪を背後で結わえた少年ファリスがこの旅路の一行だ。


※  ※


 馬をずっと走らせていると、尻や足が痛くなってくる。


 それでも我慢していたおかげで、馬を休ませながらの旅程だったが、予定よりさほどの遅れもなくローデンに辿りつけそうだった。


 既に帝都を出て二十日ほど過ぎた、明日か明後日にはローデン家の館にたどり着いているだろう。


 ここまで至る二十日間で、レトゥルス殿下のみならず、髭面のウォードと細面のギェレの大男たちとも打ち解けることが出来た。


 が、逆に副官であるはずのファリスとは壁を感じ続けているし、彼がこの二十日間では胃痛の種だった。


 それと言うのも、私が初対面時に余計な事を言ってしまった為だ。


「若輩にあてる副官に随分と若いのを寄越したな」


 そう言ってしまったのだ。


 明らかに失言である。


 そう言った瞬間の彼は、頬を紅潮させ何か言いそうになるのを堪えているようだった。


 本当に申し訳ない事をしたとその後謝ったのだが、全く許してもらえていない様だ。


 だが、先日彼の怒りに火を注ぐようなことが起きてしまった。


「しかし、ロガ卿の様に若い将軍にはベテランの副官を当てるのが通例だが」


 数日前の野営の最中、あろう事か殿下もそう口にしてしまったのだ。


 ファリスはその瞬間、顔を青ざめさせて、どうにか絞り出すかのように告げた。


「そう聞いておりますが、私……あ、いえ、僕としては、決められたことに従っているだけで」


 可哀想に、よほど動転しているのだろう。


 一人称は目上への対応や公的な場であれば私で良いのに、僕と言い直してしまっている。


 私も半年ほど前までは良く僕と使ってしまっていたなぁ、などと思っていたら、殿下が僅かに言葉に力を込めて告げた。


「そいつは、誰が決めた?」

「……そ、それは」

「お前さんは確か、トルゥド卿の血縁だったよな。トルゥド卿と言えば――」

「殿下! ファリス君は私の部下でごさいますれば、ご無礼なき以上詮索は……」


 更に言葉を連ねる殿下と、すっかり気圧されているファリス。

 

 二人にやり取りを見ていると、妄想世界の出来事が浮かんできそうになり、私は慌てて声を上げた。


 殿下は私を見やって、少しだけ呆れたような、可笑しいような何とも言えない表情を浮かべて告げた。


「ロガ卿は、アレだな、大した度量の持ち主じゃねぇか。確かに、お前さんの部下だ、俺っちが口に出す事じゃねぇわな」


 帝都ホロンのお国言葉全開でレトゥルス殿下は呵々かかと笑いになられたが、落ち着いた線の細い容貌とのギャップがやはりすごいな。


 などと思っていると、髭面のウォードがそろそろ小休止を終えて進みましょうと言った。


 おう、そうするかと殿下が立ち上がったので、私は暖を取っていた火を消す。


 その傍らに、いつの間にかファリスが立っており、驚く私を見ながら彼は言った。


「……閣下は……閣下は何処まで……」

「え?」

「……何でもありません」


 何処までが何のことかわからず間抜けな返事を返したが、ファリスはプイと顔を背けて自身の馬に向かってしまった。


 結局それから碌に話していない。


 その事実に先ほど気付いた私は、その時から胃の辺りがチクチクしている。


 ローデン家は何か画策しているのか、兵士の不満が何を表しているのか、そして副官と不仲でこれからの軍務をやっていけるんだろうか?


 ああ、胃が痛い。

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