第23話 勃発

 最初に言わねばならないのは、タナザがわざわざこちらにまで軍を動かして攻勢を仕掛けて来た防衛戦の始まりを私は当初把握していなかったと言う事だ。


 相手の動きの速さが私たちの予測を上回ったと言うのもあるが、所詮は寄せ集めの連合所帯の悲しさ、情報の伝達に難があったからだ。


 私が防衛戦が始まったと聞いたのは、そろそろ前線に赴こうかという頃合いだった。


「連合元帥! タナザがローサーン側の国境を侵して進行を開始しました!」

「なんだとっ! 思いのほか早いな……。それでローサーン側は?」

「抵抗しているようですが詳細は不明です。また、戦端が開かれたのは凡そ二日前だとか」


 リル准尉からその報告を聞いた瞬間に私は怒りに任せて手近にあった机を殴り付けた。

 

 情報の伝達こそが何より肝要だと言うのに、二日も遅れている。


 魔術師による伝達でも無線通信でも何でも報告可能なはずだ。


 それもなく無為に二日も使ってしまったと言うのはどう言う訳だ。


「カナギシュ国境の警備を担当している連中が状況に気付いて攻勢が始まっていると伝えてきたのですが、ローサーン側とは未だに連絡が付きません」

「既に先行して放っている部隊はあとどのくらいで国境に付く?」

「先ほど確認したところ、あと二日は掛かると……」


 あと二日、戦いが始まって既に二日経っているのだから四日後に援軍が到着する。


 四日……あまりに長い時間を浪費している。


 現代の戦いは長期化の傾向にあるとはいえ、それでも戦いが始まれば一日から二日程度で終結する事が主だ。


 長引けば四日ほど戦う事はあるだろう。


 だが、それは余程兵力が拮抗した状態でなくば起こりえない。


 ローサーンの北東部国境は諦めた方が無難ではないか? と、そんな考えが頭をよぎった。


 どうする? ろくすっぽ連絡も寄越さないような連中の為に兵力を無駄にするのか?


 そこまで考えて私は頭を緩く左右に振った。


 それでは纏まるものも纏まらない。


 兵に死ねと命じなくてはいけないのかと思うと胃がキリキリと痛むがこれも役目だ。


 ちくしょう、だから嫌なんだよ、将軍とか元帥とかって仕事は!


「カナギシュ北西部の国境守備部隊に伝達、当方の援軍と呼応してローサーンの援助に軍を動かせと」

「上手くすれば挟み撃ち、下手すりゃ各個撃破ですが?」

「承知の上だ。そして私もすぐに前線に行かねば……」


 その言葉を聞いてリル准尉は敬礼を返して命令を伝えに出ていく。


 後方でふんぞり返っているような元帥様じゃ、兵は戦ってくれないだろうからなぁ。


 いやでも前線務めだ。


 ……実の所前線に出る事で少しだけ罪悪感が紛れると言うのはある。


 自分も戦っているんだと思えるからだが、それは詰まるところはただの欺瞞だ。


 やはり作戦本部と最前線では意味合いが違うし、違わなくてはならない。


 ……ならないが……。


 いっそのこと、囮になってみるか。


 そんな考えが頭に浮かぶが、あまりな博打に頭を左右に振らざる得ない。


 久々の戦で気が動転しているのかもしれない。


 まずは落ち着く事が肝要だろう。


※  ※


 国境の途中までは鉄道で移動し、途中から馬車での移動に切り替わった。


 私が前線につくまでの一週間で事態は目まぐるしく変わっていった。


 タナザの攻勢は瞬く間にローサーンの国境線を突破したかに思えたが、ローサーン第二軍団の活躍により押し返された。


 だが、第二軍団の攻勢が途切れた瞬間にタナザは押し返すと言う一進一退を繰り返すかと思われた。


 だが、そこにローデン騎兵を主としたカナギシュ軍の援軍が到着し、後方を撹乱。


 慌てふためいたタナザ軍将兵の隙をついて遅れてきたカナギシュ軍が攻撃を加えるとローサーン第二軍団も息を吹き返して攻勢に加わる。


 タナザ軍の混乱に乗じて後れ馳せながら攻勢に加わったホロン第二共和国のドラグーン部隊が側面を付けばタナザは一時撤退を決め込んだようだ。


 馬車で前線にたどり着いた私を出迎えたのは、激しい戦闘の跡と睨み会うタナザと連合軍の存在だった。


 各軍の勇戦でタナザを押し返しは出来たが、こんな幸運は二度も三度も続かない。


 こちらの手の内は大体知れ渡ったのだ。


 タナザ軍の将軍も同じ手は食らわないだろう。


 私は今回の情報伝達の不備が何故に起きたのか究明を指示しつつ、ある事実に気付いてリル準尉に問いかけた。


「タナザの将軍はなんと言う奴だ? 全く情報が上がってこないが?」


 私が問いかけるとリル準尉は珍しく申し訳なさそうな顔をして言った。


「それが全く分からないんですよ。軍歴はもちろん、その姓名も性別すらも……」


 ……そんなこと、あるのか?


 私が準尉の報告に呆然としていると、遠くで叫び声が上がった。


 その叫び声こそタナザとの戦いが真っ当な国家との戦いとは大きく駆け離れたものであることをまざまざと思い知らせてくれた。


 埋葬すべく集めた遊軍の兵士の死体が起き上がって襲いかかってきたのだ。


 激しい戦闘を終えたばかりの我らは、今度はかつての友との戦いに巻き込まれたのだ。


 これこそが死霊術を国家規模で用いるタナザの戦術であった。

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