第35話 世代交代

 第一夫人、皇后アレクシア様ご逝去。


 この一報が帝国内を駆け巡る頃には、帝都内では至る所で感冒が流行っていた。


「若、買い出しならば私が行きましたのに」

「竜人を見てくれる医者はいないんだから、リチャードは出歩くな。アレクシア様のお手紙にも末永く壮健であれと書かれていただろう?」


 私はリチャードの言葉を聞き流しながら、買ってきた幾つかの書物を机に置く。


 リチャードは私の言葉に首を左右に振った後に、小さく嘆息をこぼす。


「……中々に堪えますな、ああ言うのは」

「帝国の両翼などと書かれていた私の気持ちはどうなる? まだ、大した仕事をした訳じゃないのに……」


 アレクシア様からの手紙は身罷られる数日前に書かれたものであるという。


 陛下と息子であるファルマレウス殿下へ宛てた手紙は分かるが、数通の手紙の宛先になぜか私たち主従の名があった。


 内容は私をカルーザスと並ぶ帝国の両翼と称え、リチャードの健康を気遣い、そして帝国の行く末をよろしく頼むと記されており、受け取った私たちの狼狽がいかほどか、他者に分かるだろうか?


「若は十分そう呼ばれるだけの大仕事をこなしておりましょう。それにしても、感冒が流行っているからと言って、このリチャードを閉じ込めておくのはいささか過保護。逆に若を閉じ込めて置かねばと思っておりましたのに」

「それこそ過保護だろう? それにしても、忌々しい感冒め」


 私のこの毒づきが、この後数カ月は続く事になるとは思いもよらなかった。


※  ※


 雪解け間近な春の兆しが感じられる晩冬。


 私の二つ名、帝国の両翼は大々的に広まっていた。


 それと言うのも、アレクシア様の国葬の際に、バルアドより戻られたファルマレウス殿下や陛下までがその様な言葉を発せられたからだ。


 若き将軍、帝国の両翼たるカルーザスとベルシスと。


 どうしてそこまでの高評価を得たのか、今一つ分からない。


 分からないが、感冒で倒れて療養していたベルヌ卿がこれで引退を決意してしまった。


 コンラッド・ベルヌ卿、歴戦の将軍で父を早くに亡くした私とカルーザスの師。


 彼には子がいない為、八大将軍の一席が空いてしまった。


 事態はそれだけ家には留まらなかった。


 ザイツ・カールツァス卿、東部の三王国が侵攻してきた際に東部中央のパーレイジ王国の迎撃を担当したこのベテランの将軍も突如やめると言いだした。


 どうやらカルーザスばかりか私の方が有能と言う評価が気に食わなかったようだが、陛下はなれば辞めよと切って捨てた。


 そして己の言葉を取り繕う間もなく、カールツァス卿は将軍を解任された。


 勝負は水もの、どう流れるか分からないが、それでも先の戦いを反省することなくカルーザスに対する愚痴をこぼしてばかりであった彼は見限られたのだ。


 私もしっかり務めを果たさんとクビになるとこの時は改めて肝に銘じた物だ。


 ちなみに、東部の北側を守っていたというコンハーラとか言うレグナル卿の子息は、レグナル卿が息子に軍事の才なしと判断してあの戦いの後にはすぐに軍籍を抜かれている。


 しかし、これで八大将軍の席が二つも空いてしまった。


 が、どうやらこれは既定路線だったようで、程なくして北西部の守備を担うダヌア卿からの推挙で二人の若者が帝都を訪れた。


 謁見の間で陛下と言葉を交わすはずの二人を脇で見守っていると懐かしい顔をに声を掛けられた。


「これはロガ卿、お久しぶりです。おやおや、あの連中。まるで借りて来た猫の様ですな」

「これはギーラン殿」


 私が驚き声を上げると、ダヌア卿のお付きの武官ギーラン殿は唇に人差し指を当ててほほ笑む。


「ダヌア卿の生徒の晴れ姿、まずは見届けてください」


 示す先を見やれば、陛下が玉座に座られる所であったので、私は背筋を伸ばしてギーラン殿にそっと頷きを返した。


「ゴルゼイ・ダヌア将軍より推挙いただきましたテンウと申します」

「同じく、パルドと申します、必ずや陛下のお力になりましょう」


 そう語る彼らの様子を可笑しげに見守り、陛下が雑談を始められると、あれらを伴ってきましたとギーラン殿が告げた。


 テンウは東の果ての国であるカユウより流れてきた青年であり、パルドは西方諸国の商家の跡取りだったが放逐された青年と言う事だ。


「カユウからやって来たというのも大ごとですが、今一人の……パルドと言いましたか、家を放逐とはどういう?」

「頭が切れすぎたと言う所ですかな」


 ギーラン殿は相変わらずの微笑みを浮かべている、何と言うかそこがおっかない所だ、この爺様は。


 十年前とほとんど姿が変わっていない、背はシャンとしており話す言葉は明瞭だ。


 陛下の前で畏まっている二人より、ずっと将軍向きではないだろうか? 思わずそう言うとギーラン殿は澄まして告げた。


「人には役目がありますからな。ダヌア卿の所には、まだもう一人有望株を残しておりますので、育成に励まなくては」

「人材育成に熱心ですな」

「両翼にばかり任せておけぬと、ダヌア卿が仰せでしてね」

「カルーザスはともかく、私が両翼と呼ばれたのは、その」

「妥当な評価でございましょう。北西部もだいぶ助けられておりますからな、ロガの輜重しちょう隊には」

「役立っておれば何よりです」


 私の言葉にギーラン殿は欲が無いと微笑んでから、未だに陛下と言葉を交わしている二人を見やる。


「しかし、ロガ卿も大変ですな」

「何がでしょうか?」

「あの二人の教育に加えて、もう一人加わるのでしょう?」

「セスティー・カイエス将軍の事でしょうか?」


 セスティー殿はカイエス卿の一人娘、軍事の才はありカイエス卿は良くそれを自慢されていた。


 カイエス卿もベルヌ卿の引退に思う所があったのか、娘に将軍の座を譲るので、よろしく頼むと念押しされた。


「私が彼らの様に陛下の前で畏まっていた時は、セスティー殿は確か五歳。月日が経つのは早い物です」


 十四歳の頃だったからすでに十三年の月日が流れた事になる。


 私の言葉にギーラン殿は正にベテランの感想ですなと茶化してくれた。


 この謁見の後数カ月後には、テンウ、パルド、そしてセスティー将軍は各々の仕事を任されていた。


 感冒の影響で経済に打撃を受けたからか、国内に再び現れた野盗達を退治して回るという仕事に。


 その最中、バルアドにて戦が起きた。


 帝国と良好な関係を築いていた隣国が突如攻めたのだという。


 開戦の理由は良く分からないが、バルアド総督たるファルマレウス殿下や二人の八大将軍の軍も駐留している。


 まず問題なく終わる筈、その筈なのだ。

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