第70話 戦いの終わり

 帝都に足を踏み入れた私は帝都の民の安寧に勤めるべく、略奪行為の禁止をロガ軍に徹底した。


 そして、こたびの戦で私が求める権利を明確に示した。


 一つは私を王としたロガ、およびローデンの国としての独立。


 次に賠償金の請求、最後にコンハーラとザイツ、及びギザイアの指名手配。


 要求はこの三つのみとした。


「これだけですか?」

「ゾス帝国軍の矜持に勝って驕らず、負けて挫けずとあります。私も長年ゾスの水を飲んできた。この矜持に習うとしましょう」


 貴族院の院長は私の要求に意外そうな声を上げたが、こちらは手早く戦争を終えたいのだから揉めるような要求は元々するつもりはない。


 帝都や帝国の諸領がどのように動くかも関与する気はない。


 ただ、ギザイアやその取り巻きが捕まり、我々の権利が守られてさえいれば良いのだ。


「ロガの軍門に下りたいと言う領主もおりますが?」

「それは個別に対応しますが、例えばゾス帝国に対して領土の割譲は求めません。ロガの地、及びローデンの地は先帝……いえ、先先帝の時代に私が法に則って受け継いだものですから、独立とさせていただきますが」


 私にローデンを譲り渡したガレント殿の話では先先帝パルハドリア陛下に話は通してあったと言う。


 ならば、あながち間違いではない。


 大体、真っ先に私に与したローデンの地を帝国に残した所で意味はないだろう。


 距離的な問題があるが、飛び地の領土はそう珍しくもない。


「本当にこれだけで?」

「本当です」


 くどいな。


 そんな思いが顔に出た訳でもないだろうが、院長は釈明するように言葉を続けた。


「くどいと思われるかもしれませんが、今後を左右する重大な案件ですので……」


 まあ、確かに私が敗戦国のとりまとめ役であったならばこの内容で戦勝国が良しと言えば疑うだろう。


 それも仕方が無いと思えるほどに、破格の条件、そう言えなくもない。


 が、実際にはこちらだって兵士を動かすのにも限度がある。


 とっとと平時に移行して、すみやかな経済活動の再開を行いたいのだ。


 ロガは港町を多く抱える商業地域でもあるが、最大の商売相手はやはり帝都を始めとした帝国の都市だったのだから。


 あまりロガに対する悪感情を引き起こさずに事を穏便に済ませる方が後々有利と言う算段だが、下手に甘い事を言えば侮られる。


 最早、既定路線のロガとローデンの独立をわざわざ宣言するのだって、賠償金の請求だって必要と言う事でもあるが、侮られないためでもある。

 

 このまま平穏になればロガは今回の戦いでナイトランドやカナトスなどの販路を開拓したし、そこに帝都を含めた帝国の都市部が加われば、一層の繁栄が訪れるだろう。


 世の中金が全てではないが、金は有用だ。


 戦死者の家族に年金を支払ったり、負傷者の面倒を見るのにも金がかかる。


 であれば、争った当事者が既にいない帝国相手に怒りをぶつけるような真似をして時間を浪費するわけにはいかない。


 と、こんな風に帝国の民に落ち着きを与えようと動いていれば、他の戦場でも講和や休戦条約が結ばれ、ガト大陸に久方ぶりの平和が訪れた。


 私はナイトランドやカナトス、それに私の側に立った者達を労うとともに最大限の感謝を伝えた。


 そして、帝国軍に対しては手ごわい相手であったことを素直に認め、双方の戦死者に哀悼の意を捧げた。


 それらの政治的な動きを終えれば、一部だけ残っていたロガ軍と共にロガ領へと戻った。


 それはロスカーンが死んでから既に一カ月は経過していた。


※  ※


 ロガ領に戻れば、私は歓呼を持って迎えられた。


 強大な帝国軍相手に勝利を収めたのだから民衆は高揚しているのだろうが、大変なのはこれからだ。

 

 ルダイの復興はまだ半ばだし、維持し続けるには多すぎる軍隊の整理も始めなくてはいけない。


 軍は大きければ大きい程維持費がかさむが、おいそれと減らせば他国の侵略を招く。


 増減のさじ加減は大陸の情勢を見計らって行わなければならないだろう。


 それも頭の痛い問題ではあったが、一部の者達から私の欲の無さを責める論調が出てきたと言う。


 あのような弱腰の交渉があるかと言いたいのだろう。


 だが、そんな連中は現実が見えていない。


 帝国とロガの戦力差は相変わらず大きいのだ、ロスカーンと言う足を引っ張る存在が消えた今、早急に戦を終えるのが道理である。


 そこに過大な要求をして交渉を拗れさせる方が百害あって一利なしと思うのだが。


 私が今回の交渉の真意を説明すると、少なくとも表立って責めるような論調は鳴りを潜めた。


 大体、戦場に出もしないで、後から文句を言うような輩は好きではない。


 好きではないがそんな好悪を告げられるような立場でもないのが辛い所。


 とは言え、今のところはそんな話程度しか障害はない。


 やる事、成すこと全て上手く行っているわけではないが、概ね順調だと言えた。


 ロガに戻ってから更に一カ月も経つと、少しは余裕も出来て来た。


 だから、久しぶりに妻たちとテラスで茶を飲んでいた。


「ナイトランドの茶は美味いのだな」

「アーちゃんもそう思う? おいしいよね」

「アーリーの焼いたお菓子もおいしい」


 三人とも打ち解けているようで何よりだ。


 しかし、アーリーがお菓子まで作れるとは思っていなかった。


 なんでも、穀物を荒く挽いた粉の中に砂漠に生える木の実を乾燥させたものを中に混ぜ込んで焼いたと言うガームルの菓子は、美味かった。


 こう言葉にすると全く頭に入ってこないな……。


 一回作ってみないと良く分からん。


「フィスルさ、食べ過ぎじゃない? 太るよ?」

「……大丈夫、栄養は胸に行くから」

「砂漠以外では栄養価が高すぎるのが問題と言われているからな、その木の実は」

「フトらないよ?」


 何故にカタコトになるのだね、フィスル。


 内心そんな事を思いつつも、この何とも言えない空間を私も楽しんでいた。


 妻たちと共にナイトランドの茶を飲んでガームルの菓子を食う日が来るとは思わなかった。


 これも平和の味か。


「良いもんだな」


 思わずそう呟くと三人の視線が私に集まる。


「ああ、いや、平和は良い物だなと思ってね」

「そりゃそうだよ、平和が一番」


 コーデリアが当たり前でしょうと言いたげな顔で言い切る。


 本当にそうだなとしみじみと呟き、私はカップを傾けていた。


 そんな日々が三カ月ほど続いたある日、ロギャーニ親衛隊の生き残りであるウォードから便りが届いた。


 ギザイアを見つけたが一人では倒せそうにない、ご助力願うと。

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