第71話 グラード家の騒乱

 戦は終わり、人々は未だに喜びの中に在ったが、私はウォードの報告を受けてギザイア討伐の準備に入っていた。


 皆を呼び、誰を派兵するか、何人規模で行うか、どう殲滅するかを詰める軍議を開いた。


「相当ヤバいみたいだな、その女」


 その席でギザイアに会った事のないリウシスがのんきな感想を口にした。


 私がシグリッド殿に視線を投げかけると、彼女は重々しく頷いて告げた。


「カナトスの先王アメデに取り入る際にも幾人かの男を踏み台にしています。正直に言えばあの女に対して冷静に相対していたのはロガ王と当時王子だった我が君ローランのみ」

「それとカルーザスだな。……帝都に戦犯として移送されておきながら何故にか権勢を得ていた女だ。並みの毒婦ではない。それに、ザイツやコンハーラも一緒であろうからな、確実に討たねば」


 シグリッド殿の後を受けて私が説明していると、会議室の扉を叩く音が響く。


「申し上げます、ガザルドレス国よりグラート家の者が至急お目通り願いたいと……」


 ノックの後に響いたのは兵士の声だった。

 

「グラード家と言えばリウシス殿のご生家ですね?」


 サンドラが眉根を寄せるとリウシスが首を左右に振って告げる。


「放っておけばよい。俺は親父や兄貴と折り合いが悪いと言うのもあるが、連中は私利私欲しか考えない」


 結構強い言葉が出てきて驚く。


 もっと皮肉っぽい言い方をして待たせろと言うのであればらしいと思うのだが、随分と直情的な。


「それがグラード家の者いわくルカ・グラードの使者であるとの事、リウシス様にはその点をしっかり伝えて欲しいと……」

「ルカは弟だ。しかし、何故ルカが?」


 リウシスの意外そうな様子を見せる。


「弟殿はグラード家ではどのような立ち位置に?」

「愚にもつかない学問に耽る馬鹿者と親父や兄貴は言っていたな。俺にとっては大事な弟だ」

「学問を身に着けるのは、商家の出であろうとも今後の為にも有用であろうに」

「目先の利しか求めていないからな。連中は下手すりゃ奴隷だって売り買いしかねない」


 うーん……ここまで家の者と上手く行っていないとは思わなかったが、弟殿とは上手く行っているのか。


 その弟殿が至急の使者を出してきた、か。


「入っていただけ」

「はっ!」


 兵士は応えを返すと一旦下がり、程なくして使者を伴って上がってきた。


「ハリス爺?」

「左様でございますよ、リウシス様。ご壮健で何より」


 グラード家の使者は初老の男だった。


 リウシスと軽く挨拶を交わすと、私に向かって頭を下げて語り出す。


「ロガ王にご挨拶が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます」

「それは良いが、火急の知らせとは?」

「とある理由でグラード家の主がルカ様に変わりました。それ自体はロガ王には何ら関わり合いが無き事。なれど変わりました理由にある女が介在しております」


 ある女と言う言葉を聞き、私は嫌な予感を覚えた。


 わざわざグラード家の者が疎遠である私に伝えなくてはならないと思った女とは誰の事か?


 私の口から戦犯者として指名手配したギザイアの事ではないのか。


「まさか、ギザイア?」


 サンドラが呟くように告げるとハリス老人は頷きを返した。


「前の当主レバルク、そして長子であったロットン、その両名はギザイアに会い――」

「待て! ハリス爺、そいつは本当か!」

「落ち着いて、リウシス……」


 ティニア殿に袖を引っ張られて激高しかけて立ち上がったリウシスは気勢をそがれた。


「どういうことか話を聞く前に怒るんじゃない、拗れてしまうぞ」


 私がそう言うとリウシスは苦笑を浮かべてドカリと椅子に腰を下ろした。


 その様子をハリス老人は微笑ましげに見ている。


「お変わりになられましたな」

「俺が、か? ……それで親父と兄貴は何をやらかした?」


 リウシスは変わったのだろうか? 今の様子では生家ではうまく行ってなかった様子だが。


 ハリス老人の言葉に面食らった様子にリウシスだったが先を促すと、ハリス老人は恐るべきことを語った。


「ギザイアめはもはやガト大陸では逃げる場所がない、死ぬことだけは嫌なので異大陸の外国に売り飛ばしてくれと願って参ったそうです」

「……しかし、奴はまだガト大陸に……?」

「性格に難はあれど器量よし、異大陸の貴族や王侯に高く売れると両名は喜んでいたそうです……後から知った事ですが」


 確かに高く売れるかもな、しかし、その商品は猛毒だ。


 商人すら殺しかねない。


 だから、続く言葉に私は驚きはなかった。


「ルカ様がそれに気づいた時にはもう何度か会った後の事でした。大陸全土を敵に回すつもりか、何処でも良いから突き出せとルカ様を始め我ら一同強く迫りましたが、時すでに遅く……」


 術中にはまっていたか。


 極めつけはここからだった。


「どうにかせねばとならない、二人を捕らえてガザルドレスの諸侯に訴えるか、ロガ王に訴えるかを協議している最中に事は起きました。前の当主レバルク、長子ロットンの間に諍いが起こり、レバルクがロットンを刺して幾ばくかの金を持って逃げたのです」

「お、親父が兄貴を刺したのか?」

「はい、そしてロットンは幾つかの罪を告白して亡くなりました」


 ……肉親で争わせたのか、単にギザイアに狂っただけかは不明だがむごい話だ。


「……親父は確かに好色だったさ。財力もあった、言葉は悪いが幾らでも寝る相手は選べたはずだ」

「ロスカーンとて、同じことだ」


 ゾス帝国の皇帝の方がより取り見取りだろうさと私が告げると、リウシスは大きく息を吐き出して。


「そう、だな。身近な人間がひどい目に合わんと真の脅威とやらは伝わりにくい物だな」


 そう少しだけ恥ずかしげに告げた。


 ロスカーンを愚かな男で片づけるのは簡単だ、リウシスの父親を愚かと片付けるのと一緒で。


 ギザイアは男を操る術を知っている、それも権力者を。


「その後のギザイアの正確な足取りはつかめませんが、ゾス帝国の方へグラード家の家紋が入った馬車が走っていったと」

「それはいつの事だ?」

「約一カ月前の事です」


 すぐに知らせてほしかったが、事を公に出来ない以上は偽装工作などで手間取ったのだろう。


 下手をすればグラード家が吹き飛ぶスキャンダルだからな。


「それで、ウォードに見つかったか」

「今のうちに叩いて置かばまた戦が起きます、それも何のための戦か分からない不毛な物が」


 サンドラが静かに告げる。


「そうだな。グラード家の報告はありがたい、幾つかの情報を得ることができたし、ギザイアの危険性を君たちにも周知できた」


 私はここで一旦言葉を切り。


「ただ、手紙でも何でも良いが事前に簡単なあらましは教えていただきたかったが」

「慌ただしかった物で報告が遅れました。罰はいかようにも」


 私は小さく嘆息を零して。


「ガザルドレスの商家に私が口だす権利があるとでも思うかね? それに、情報が間に合っただけでも恩の字さ」


 そう伝えるとハリス老人は頭を深く下げた。


 商家て奴らは抜け目ないからなぁ、この程度の成り行きは承知していただろう。


 ともあれ、その後の軍議ははかどりギザイア勢が百未満なのに対して五百の兵を向かわせることになった。


 潜伏場所がトルバ村付近の山間、かつて野盗が根城にしていた場所である。


 あまり多数の兵を送れば再建途中のゾスを無駄に刺激する事になる。


 帝国領に入る前には理由を説明して進軍せねばならないが、あまり早めに伝えてしまうとギザイアにバレてしまうかもしれないからなぁ……。


 さじ加減が難しい所だ。

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