インタールード 王宮の苦悩

 突然の宣戦布告ともいえるラジオを介したタナザの宣言はカナギシュ王国に混乱をもたらした。


 そればかりか、近隣諸国にも混乱をもたらしたのは当然である。


 他国の大使などは無論、歴史あるカナギシュ王国には他国からの観光客も大勢訪れているのだから。


 国民の命を守るのが国の務め、ではあるのだが……。


「お疲れの所失礼します、閣下。ポルウィジア国大使が国元に戻ったようです」

「戦乱に巻き込まれようと言う他国に自国民を置いてか」


 幾つかの指示を飛ばしていた王族にして諜報部統括のセオドル・カナギシュは腹心の部下の報告に顔を上げ、苦く笑う。


 対する腹心も眼鏡の奥の瞳を苦々しげに歪めて頷いた、


「ええ。そんな大使ばかりです。きっと、何かがあれば我らの所為になるのでしょう。ただ、我らも他国の民を気にしている余裕は……」

「ある訳がない。宮廷魔術師に投影や伝達を用いて自国民保護を伝えては来るが、自分たちでは動こうとしない」


 兵器の進歩と共に戦争は変わり、魔術師たちもその仕事を主に通信へと切り替えていた。


 攻性魔法を使うよりも銃砲で攻撃した方が良いと言うのが今の戦争の常識だ。


 銃砲は魔力はなくとも訓練さえすれば誰でも扱えるのだから。


「しかし――御前会議はいかがでしたか? 降伏すると陛下はタナザに伝えたと聞きましたが」

「ああ、確かに陛下は軍事力の差を鑑みて降伏の申し入れをタナザに行った。だが、奴らの返事は事実上の否だ」

「普通に否ではなく事実上の、ですか」


 腹心を見やってセオドルは口元を大きく歪める。


「四百年以上前の戦争犯罪を認め、タナザに多くの労働力の提供すれば陛下の首一つで戦は終わらせてやるとな」

「労働力? はっ! 彼奴等のいう労働力とは死体ではありませんか!」

「俺に怒鳴るな。陛下は己の首一つで済むならばと思っていたようだが、そんな事を言われては受け入れられん。タナザは労働力は多ければ多い程良いと言いやがったそうだ」


 現王テス四世は老齢ではあったが興隆する種族主義、民族主義を上手くさばく政治的な能力は高かった。


 また、穏当な性格で民衆に好かれる王である。


 その首を差し出せと言うのみならず多大な労働力と言う名の死体を要求するタナザの傲慢さに、セオドルは歯噛みする思いを抱いている。


 それはこの目の前の腹心もそうであろう。


 だが、タナザとカナギシュ双方の軍事力の差は明白にタナザに軍配が上がる。


 死霊術を用いた工業革命、劣悪な環境で二十四時間動き続ける死体たちが、同じく休みなく働く工場にエネルギーを供給したり、製品を運び入れる体制をタナザは造り上げた。


 それはバルアド大陸の西の果てに押し込まれていた小国タナザを、凄まじい速さで覇権国家として作り替えたのだ。


 そのタナザは復讐の美名に酔い、カナギシュをなぶり滅ぼすつもりなのであろう。


 狂信的なオルキスグルブの末裔を自負する彼の国ならばその程度の事はやるだろう。


 例え他国の観光客が居ようとも、彼ら諸共カナギシュを燃やし尽くすのに躊躇を覚えるとは到底思えない。


 それを知るからこそ、各国大使は逃げだしているのだ。


 どの様な誹りを受けようとも、命あっての物種と言わんばかりに。


「閣下! ヴィルトワース少佐より報告がございます」


 腹心と二人、苦い顔のセオドルの元に新たに兵がやって来て告げた。


※  ※


 優秀な部下であるヴィルトワースが伝令を放ってまで報告させたのは、街角にて民衆を集めて話をしているという男についてであった。


 神君ベルシスをかたるその男についての報告にセオドルは最初眉根を顰め、続いて驚きを示した。


「詐欺師としても役者としても一流、だが将帥としても一流の可能性ありとの報告か、彼女にしては歯切れが悪いな」

「少佐らしからぬ反応ですね、その手の扇動者は面倒なので即座に逮捕してしまうはずなのに」

「竜人が一枚噛んでいる以上はケチなペテンではあるまい。国家を揺るがす大計画があるのか……」


 それとも、別の何事かが起きているのか。


 ただ分かっている事は、本物ではないと言う事だけは確かだ。


 常識的に考えれば……。


「――常識は捨てることが必要な時がある、か」

「誰の言葉ですか?」

「誰だったかな。……そうだ、魔術師にナイトランドへ伝達を使うように伝えてくれ。真贋を見極められる者もいるだろう」

「詐欺師如きにそこまでなさるとは」


 そう告げる腹心の顔を見上げながらセオドルは口元を歪めて。


「溺れる者は何とやら。我が国はそれほどの苦境だと気付いていなかったのか?」


 そう皮肉を口にした。


 結果、ベルシス・ロガの帰還をナイトランドの現魔王も把握する事になる。


 彼が知ると言う事は、魔王となってもおかしくなかったと言われる人型ゴーレムも知る事に繋がる。


 オルキスグルブ王国崩壊の頃に魂をゴーレムに移したと伝わるとある魔族にも。

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