第49話 交渉の本格化
魔王との会談は本格的な物に変わった。
「私が他の領主を巻き込まなかったのは帝国を二分する争いに発展させることを恐れたと言うのはあります。一方でならばなぜ抗うのかと問われれば、このまま死ぬ訳にもいきませんので」
「それで他国とは通じると?」
どこか挑むような調子で魔王の傍らの宰相が問いかける。
ゆえに私は、一層冷静になるように心掛けながら言葉を紡ぐ。
交渉事で怒らせたいと言う事は、大きな反応を引き出したいと言う事だから。
「通じたとは言えども、元よりゾス帝国に敵視されていたカナトス王国、それに休戦条約を結んでいなかった貴国が相手です。同じくゾス帝国を敵としているのであれば結ぶことの方が双方に利益があると思いますが?」
「例えば我が方にはゾス帝国と休戦の用意があったとすれば?」
「私の耳に届かぬはずはありませんな」
そう断言すれば、宰相は白い髭を撫でやりながら天を仰ぐ。
「ゾスの将軍時代には、軍事的交渉はロガ王が統括しておりましたからな。確かに貴方の耳に入らぬ筈がない」
「そう言う事です。――正直に言えば、過分な力添えを頂いておりますのでこの交渉でどのような要求が来るのか戦々恐々としておりますよ」
私が本音を吐露すると、魔王も宰相も微かに笑った。
「国事に関しては恐れ知らずと見受けられるがな。まあ、女性に関しては奥手であることは分かったが」
「我が娘も今少し強引さがあれば宜しいのでしょうが」
……そっちの方向に話が行くのは止めて。
思わず引きつったであろう私の顔を見て魔王は豪快に笑った。
「王となれば血筋を残すのも役目となろう。嫌われておるよりはやりやすかろう。――さて、国事に関しては豪胆なロガ王にナイトランドの要求を伝える」
笑っていた表情を一変させて魔王は私に真っすぐ視線を向ける。
その視線に抗するように私も視線を返すと、魔王は微かに頷き告げた。
「ゾスには滅んでもらわねばならない。オルクスグルブの巫女を排斥するには、帝国上層部の一掃が必要不可欠だ」
「それは……皇帝の血筋にはすべて死んでもらうと?」
私はその言葉に一人の男の顔を思い浮かべた。
カルーザス、かつての友。
「問題はギザイアに抗しているカルーザス将軍、それに臥したままのレトゥルス殿下の事ですな」
宰相が口を開く。
そうだ、陛下の血筋はまだロスカーンを除いて二人宮中に残っているのだ。
彼らの血を欲すると言う事であろうか?
「ロスカーンの首級を挙げる事には同意しましょうが、カルーザス卿、それに毒で倒れられたレトゥルス殿下を討つ事には反対いたします。それよりは、ロスカーンやその取り巻き諸共ギザイア自身を討ち取り、オルキスグルブに備える方が賢明では?」
「ギザイア、か。無論、彼女は討たねばならんな。だが、ロガ王には皇帝の血筋を一掃する事に抵抗があるのか?」
「あります。帝国を攻め落としたとしても民は残るのです。悪しき連中を一掃するならば民も納得しましょうが、そうで無き者に累が及べば……民は仮想敵と変わってしまいますゆえ。カルーザス卿などには民のまとめ役となって貰うべきかと」
そう返答を返すと、やはり魔王は何やら頷きを返してきた。
先ほどの要求とやらはある種のブラフか?
私の返答を聞き、何か私の内面を探っているのだろうか?
「実の所、ロガ王がその勢力を拡大しつつも変わらぬと言う事が大事なのでな。とは言え、そろそろ他の領主にも立ち上がる様に訴えかけねばならない時期ではないかね? 三度も帝国の攻勢を退けたロガ王の言葉であれば、心あるものは立ち上がるであろう?」
変わらぬことが大事だと言うが、領主に立ち上がれと声を掛けろと言わんばかりの質問が続く。
無論、戦を終わらせるには領主たちにも立ち上がってもらわねばならない。
現状であれば半数は立ち上がるのではないかと踏んでいる。
魔王の言葉も最もだが、彼らの要求は変わらぬことだと言う。
何を基準に変わらぬと判断するのか分からない以上は、現状維持が欲しい答えと思うべきか。
しかし、今後の方針と
「戦を早期に終わらせるためには領主たちの力も必要でしょう。確かに今が頃合いでしょうね」
「宜しい」
さて、先方が望んでいた答えなのかは分からないが、私は私の方針を示した。
他国間の交渉と言うよりは、もっと柔らかな物でしかなかったが……。
だが、柔らかかったという印象で楽観視していると足元をすくわれる事も多い。
「おや、結構な時分が過ぎましたな。夜会の席など設けさせていただきますゆえ、客室の方で今暫しおくつろぎください」
宰相がそう告げて交渉の終わりを伝える。
さて、本当に同盟の締結が叶うのか、やはり無理となるのかは分からないがここまで来ればできる事はない。
まさか、ナイトランドとしてもこの場で暗殺など考えないだろうから今はお言葉に甘えて少し休ませてもらおう。
そう考えれば無駄な事はせずに、魔王に一礼して私は迎賓の間を出た。
先ほど通された客室の方へと向かうと、侍女が小走りにやって来て。
「ロガ王ベルシス陛下、寝室はこちらになりますので」
俯きがちにそう告げて案内してくれた侍女はメルディスと同じ狐耳が生えていた。
同族なのだろう。
「こちらです」
「ありがとう」
寝室の扉の前まで案内されれば、侍女に礼を述べて扉を開ける。
そこには……。
「おかえり、ベルちゃん」
「おかえり、アナタ」
コーディとフィスル殿がいた。
二人とも夜会用のドレスを纏っていて華やかでありながら、何処か色気すら感じた。
そんな二人から視線を外して、ふとベッドの方を見やると大きな大きなベッドがどんと存在を主張している。
それを見た瞬間にがっくりと力が抜けて膝から崩れ落ちそうになった。
「ロガ王ベルシス陛下」
背後で先ほどの侍女の声がする。
……マテ、この声は……。
「お主はもはや逃げられぬぞ」
その言葉遣い、その声……。
背後を振り向くとメルディスが侍女の服装を纏って立っていた。
「何してんだ、君は……」
「メルディスは先ほどの失態を恥じて八部衆を辞して私の侍女になったんだよ」
事も無げにフィスル殿が言葉を重ねる。
何か、深みに嵌ってしまった気がするのだけれども……。
「執念深いよねぇ」
「何とでも言え」
コーディの陽気な声とメルディスの決意滲む声を聞きながら、この先の生活に不安を抱えざる得なかった。
まずは今夜、夜会の後をどう切り抜けるか、だよなぁ……。
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