第48話 一時休憩
カオスな状況に呆れたのか、魔王は一時休憩を申し出てくれたので私は一も二もなく同意した。
迎賓の間を出て、小さな客室に案内された私たちはそこで身を休めていた。
なお、コーディはフィスル殿と一緒に別室に向かった。
そこは正直ほっとした。
「ロガ王はオモてになりますね」
が、私のお供となっているアンジェリカ殿が呆れたような口調で言うものだから、私は軽く頭を左右に振って見せるしかなかった。
「今までモテた試しなどないんだがね」
「人生には一度、そう言う時期が来るそうな」
ドラン殿が可笑しげに告げるも、アンジェリカ殿は微かに眉根を寄せて。
「しかし、まさか、こうも早く二人目の妃が決まってしまうとは……。コーディの夫婦生活が味気ない物になったりしないでしょうか」
一応のフィアンセと言う体だったはずだが、アンジェリカ殿の中では私とコーディはもう結婚する事が決定している様子だった。
結婚とは両者の意思の疎通が不可欠だと思うのだが、現状私の意思はどの辺に介在しているのか問いたい。
でも、問うのも気が引ける、甲斐性なしと言われそうだから。
そりゃ、コーディからの好意は感じている。
それが友愛なのか男女間の好意なのか、一時の物か、そうでないのかは分からないけれど。
だからこそ、慎重に事を進めるべきなのだ。
王になった以上は下手な事を言えば単なる圧力になりかねない。
好意を向けてくれる相手に圧力など掛けたくはない。
しかし、好意……か。まさか、メルディスが私に好意を抱いているとは思いもしなかった。
情報を持つ者同士の意見交換くらいしかしていないのに……いや、待て。
これはメルディスの策かもしれないぞ。
同盟相手となるのだから、この程度の策は見破れというメッセージかも知れない。
確かにそう考えれば辻褄は合うか?
――合わないか。
メルディスについては好意を本当に向けられているのかも定かじゃないので、考えるだけ無駄だな。
全部演技の可能性だって多分にある奴だ。
それはフィスル殿にも言えるのだが……。
はっきり言って、彼女と何か互いの心が触れ合うような瞬間などあったか?
無かったぞ。
少なくとも私にはさっぱりだ。
「将魔のフィスル殿がなにゆえ私の妃になろうなどと……」
「コーデリアよりは分かり難かったけれど、フィスルのお気に入りだぜ、ロガ王は。そうでもなくば、ナイトランドの八部衆が戦場で露払いなんぞするかよ」
私の疑問にマークイが肩を竦めて答えた。
アルスターの戦いの際、確かに彼女はコーディと一緒に私の迫る敵を打ち倒してくれた。
そればかりか、ローデンからの援軍を迎え入れに行く際も知恵を貸してくれた。
それは観戦武官と言う名目を逸脱している行為なのは分かってはいたが……。
「まあ、お気に入りである男との結婚が国の為にもなるとなれば一石二鳥、将魔のフィスルならば気負いもなく結婚に踏み切るかもな」
「コーディを立ててくれているのは傍から見ても分かりますしね。正直、彼女であればまだ安心できます」
彼女であればと言う事は別の者をアンジェリカ殿は念頭に置いている様だ。
メルディスか?
「アーリー元将軍か? バルアド総督とテス商業連合の後ろ盾があるからバックボーンで言えばコーデリア嬢ちゃんが一番弱いな」
ドラン殿が予想外の言葉を投げかけて来た。
アーリー? あのアーリーが私の妃になどなる筈はないではないか。
「まだその性格などはっきりつかめていないですが、実はそこまで気に掛けるべき相手ではないでしょう。ロガ王は勿論、コーディに対しても敬意を持っていると感じていますから」
その名前が予想外だったのは私だけのようで、三人は普通に会話を続ける。
私は訳が分からず隻眼を彷徨わせて、最終的にはどうなっているんだとマークイに隻眼を向ける。
私の様子を察したマークイは、片手を上げて。
「ロガ王の認識と俺たちの認識に
そう呆れたように告げた。
それから私は、いかに女心に気付いていなかったのかというダメ出しを主にアンジェリカ殿から食らい続けることになった。
「どうして敵将の行動は読めて、好意を向けている相手の行動は推し量れないのですか!」
「そうは言うが、分からない物は分からないんだぞ!」
私とアンジェリカ殿のやり取りをマークイはゲラゲラと笑いながら見ているし、ドラン殿は顎髭をさすりながら。
「いや、才能ある方はどこか欠けるとは申しますが、ロガ王の朴念仁っぷりは中々の物ですな」
等と呆れているのか、面白がっているのかい曖昧な事を言う。
結局、そんなやり取りに終始していたら休憩時間は終わってしまった。
申し訳なさそうなノックの音と共にナイトランドの城勤めの侍女が声をかけて来た。
……ど、どうするんだよ。
真面目な外交交渉の場であった筈なのに、何だか私の婚姻話に終始してしまっていやしないか?
話し合う事は軍事から経済からと色々とある筈なのに。
そんな事を考えはするが、一方では成るようにしか成らんと言う一種のやけっぱちな気持ちすら湧きおこっていた。
※ ※
迎賓の間に入るとそこには八部衆の姿はなく、魔王と宰相のみが席についていた。
私はその様子から、ここから先は先ほどまでの混沌とは無縁の駆け引きの場となった事を認識し、連れ立っていた三人に別室で待機するように告げた。
「遅くなりました、陛下」
「いや、大分戸惑われていたようだが落ち着きましたかな?」
「ええ。この同盟、例えば将魔のフィスル殿の強引な推進の結果、ではないのですよね?」
「無論」
その言葉を聞き、私は大きく頷きを返して。
「それでは、腹を割ってお話せねばならない事がいくつもございます」
そう告げながら、まっすぐに魔王の双眸を見据えた。
魔王は宜しいと言わんばかりに悠然と頷きを返し、先ほどまでの喧騒じみた交渉ではなく実質的な交渉が始まった。
空気がひりつくような外交の場など、久方ぶりだ。
だが、実の所このくらいの方が私には居心地が良い。
……胃痛が友となりえるこの場の方が落ち着くと言うのも妙な話だが。
「ロガ王、何故に貴殿はゾス帝国において自分よりの領主を取り込まぬのか」
そして、魔王のその言葉が真の交渉の始まりを知らせる。
私は他領主を巻き込んでこなかった理由を問う魔王の視線には厳しさも垣間見えた。
当然のことだ、反皇帝と言う派閥を作れば危険な橋を渡らずとも済んだ可能性もあるのだから。
ここからは言葉の誤りは命取りになるな。
私はそう肝に命じながら答えを返す。
「さて、何処から説明いたしますか……」
私は他領主を巻き込まずに戦ってきた理由について語り始めた。
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