第47話 踊る外交交渉

 青天の霹靂、これが奇襲であれば完全な奇襲。


 奇襲は受ける方に問題があると言うけれど、私は別にフィスル殿を口説いた事などない。


 まさか、そんな事とは無縁そうなフィスル殿が外交の為に私に嫁ぐなど言いだすとは……。


「待たれよ、将魔のフィスル。第二夫人とは? ロガ王に夫人はいないと聞くが」

「これは宰相。ロガ王には夫人はおらずとも婚約者はおりますればその順位は代えがたく」

「なれば、この婚姻は無用な横やりではあるまいか?」


 意見を言うのは宰相だけか……宰相はこの婚姻には反対なのかな?


「横やりなど百も承知。婚約者コーデリア殿には事前に話しを通しております、お父様」


 ……フィスル殿の返答を聞いて血反吐を吐きそう。


 コーディの許可って何さ?


 そして宰相であろうとも父親ならこんな外交だけの結婚なんて嫌がるに決まってんだろう……。


 いや、それが権力者に生まれた宿命であろうとも、もうちょっと相性とか考えるはずだ。


「第一夫人と第二夫人では扱いに差が出るのではないか?」


 そこかよ……。


「それはロガ王に問うてみるのが良いでしょう、宰相閣下」


 フィスル殿は慇懃無礼な事を父親に言いだすし……。


「ふむ。突然すまぬな、ロガ王。どうにも貴殿にはしっかり話が通っていない様子」

「初耳ですね」

「そうか。まさかフィスルがこの様な場で独断専行を行うとはな。戦場では華ではあれども、外交においては大きな問題」


 魔王は聊か困ったように私やフィスルを見やり声をかけて来た。


 先ほどまでの外交上の態度とは違い、こちらは素な様な気がする。


 気安さと言うとおこがましいが、何だか見えない壁がなくなったようにすら感じた。


 まあ、話の内容は重いんだけど。


 それはさておき、確かに独断専行って奴は戦ではよくあるが、勝利さえしてしまえばそれは命令違反ではなく勇気ある行動に変わる。


 だが、外交の場ではそうはいかない。


 って、独断専行は場合によっては重罪だぞ?


 フィスル殿はそれを知りながらこういう手段に打って出たのか?


 何故か分からないが、何だってそんな大きな賭けに出たんだ……。


「では、今問いかけましょう。ロガ王ベルシス様におかれましては第一夫人と第二夫人との間には大きな隔たりがあるものでしょうか?」


 そう問いかけてきたのはナイトランドの八部衆と思われる金髪の青年だった。


 いわゆる美形なんだが……何か癖が強そうに見える。


 と言うか、この場にいる奴みんなそうだけど。


「第一夫人であろうとも、第二夫人であろうとも政務に口を出させる気はありません。また、軍事においても同じこと。才あらば用いる事はありましょうが、それは文武百官と同じ扱いと言う事です。悪しき前例を目の当たりにしましたので、その辺りは厳格に行いたいと」


 私はギザイアを念頭に置いた発言を返す。


 つまり、結びつき以外は特にそちらにメリットは無いと言外に伝えた訳だ。


「それは権力的な話ですね、今回は第一夫人と第二夫人の間に差があるのかという問いかけですので」

「待遇に差は付けないと思われます。私がお仕えしていたゾス帝国の先帝バルハドリアは皇后様方への待遇に差は付けませんでしたので、妻を二人と娶る場合はその様な方向で行きたいと。内心の話となりますとそれは今後の話と言う事になりますので何とも」


 私の答えを聞き、質問者の青年はなるほどとほほ笑んで頷きを返すのみだった。


 こういうタイプは怖いんだよなぁ……。


「逆にナイトランドの方々にお伺いしますが、婚姻を結んでまで関係を強化する事情があるのでしょうか? ロガはゾス帝国より離反してできた新興国。関係の強化はこちらとしては大いに利益を受けられるとは思いますが、そちらに如何なる利益があるのか見えません」


 私が逆に問いかけると、魔王は頷きを返した。


「貴殿がそう思うのは当然の事。ましてやゾス帝国の重鎮であった貴殿であれば旨味だけちらつかされているような交渉に危険を感じるのは道理。こちらにはこちらの都合が当然存在している」


 それだけ告げて小さく息を吐き出すと、魔王エイルスルード八世は私をじっと見据えて言った。


「ロガ王、貴殿がオルキスグルブの毒が効かない数少ない王の一人だからよ。いかなる理由にせよ、貴殿にはオルキスグルブの毒は届かぬ。同盟相手としてこれほど心強い相手はいない。彼の国と戦うと言う時には」


 それはつまり、ナイトランドはいずれはオルキスグルブに対して戦を始めると言う事であろうか。


「貴殿が誘惑に屈せぬのは知っておる。多くの間者が失敗しておるとも、メルディス自身も跳ねつけられたとも。だが、オルキスグルブの巫女はどんな堅物でも蕩かす術を持っている。過去には魔族の中にも何人か篭絡された者がおる」


 魔王の言葉には苦々しさがこもっていた。


 メルディスの件は危うかったんだけど、とてもじゃないがそれを口に出せる様な空気じゃない。


「奴らは遂にガト大陸に手を伸ばし始めた。まさか、ゾスの皇帝が篭絡されるとは思わなんだが……おかげでこの地は戦乱が絶えぬようになった」

「ナイトランドはナイトランドで来たるべき戦いに際して信頼のおける同盟相手を探していたと?」

「そうだ。ロガ王ベルシス殿、貴殿の為人ひととなりやあり方を見ていたフィスルが是非に盟の相手にと推してきた。聞けば勇者コーデリア殿にも懐かれているという。ましてやオルキスグルブの巫女を歯牙にもかけなかったという事実が、貴殿に力を貸してきた理由であり同盟を求める理由だ」


 オルキスグルブへの危機感がこの一見すればアンバランスな同盟の推進の大元と言う訳か。


 オルキスグルブとは何れは事を構えると言う予感はあったが……。


 ともあれ、これで一応の納得できる。


「オルキスグルブへの危機感からフィスル殿の嫁ぐなどと言う発言が飛び出た訳ですね」

「それもあるけど、それだけじゃないよ」


 私の言葉を訂正するように発言したのは、何とコーディであった。


「それだけじゃない?」


 突然、何を言いだすのかとコーディに視線を向けると、彼女は自信満々に答える。


「フィスルと色々話したけど」

「コーデリア、今は止めてよ」


 コーディが話しかけた瞬間にフィスル殿が割って入って話を止める。


 何なんだと思う間もなく、メルディスが机をどんと叩いて吼えた。


「儂はどうして最初に色仕掛けなど用いようとしてしまったのじゃ!」


 ……知らんがな。


「何だかんだでデートだって重ねたじゃろに!」


 途端、女性陣から視線が集中した気がする。


 メルディスとデートなんてしてないと思うんだが!


「デ、デート?」


 思わず問いかけるとメルディスは私を見やって。


「色々と話し合ったじゃろが!」


 等と唾を飛ばさん勢いで告げた。


 それって、アレだよなぁ……。


「符丁で不穏な会話するのはデートじゃないと思うんだが!?」


 私の言葉に周囲は、あぁ……と納得した空気になった、ように感じる。


 あれは情報を扱う人間の情報交換でしかなかっただろうに、いきなりデートとか言われると心臓に悪い。


 言葉に詰まったメルディスを見やって、ジャックがカラカラと笑い声をあげた。


「将魔のフィスルが言うように、お主はやはり最初のアプローチを誤っておるのう、影魔のメルディス。最初はそのつもりも無かったのだろうから致し方ないわいな」

「ジャック殿の言われる通り。メルディス殿は初手を誤って修正が効かなかったのが敗因でしょうな」


 最後に私に質問していた金髪に青年が締めくくると、メルディスはその場で突っ伏してしまった。


 ……なんだよ、このカオスは。

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